第40話 決着

—Side——————


「全員いるか!!」


「欠員なし!全員退避完了しております!」


ウルガが全員の無事を確認する。一人戦場に残った己の主からの命令。必ず完遂しなければならない。

ズンッ、と地面から振動が伝わってくる。その原因など考えるまでもない。


「己の弱さが憎いですな。肝心なときに姫王様を守るどころか守られるなど·······」


エゴールが魔法同士の衝突の衝撃を浴びながら言う。


「ああ。主を守れなくして何が騎士か」


凄まじい魔力と魔力のぶつかり合い。今すぐにでも駆けつけて援護だけでも行いたいが、同時に、自分では傷一つつけられないであろうことも理解していた。

そして、己の存在が枷になってしまうことも。


「もっと、強くならなければ」


ギュッと握りしめた拳から血が滲む。エゴールも強くうなずいた。


「最低限、背中ぐらいは守って差し上げれるようになりたいですな」


「······随分とエゴールにしては大きく出たな」


「それぐらいにはなりませんと。このまま守られる側のままでは終われないでしょう?」


「そうだな」


激しい戦闘が行われているのを見ながら頷く。


「報告します!五時の方向より魔物の混成の大群を確認。数はおよそ千!!」


「来ましたな」


「ああ。姫王様のところに通すわけにはいかない」 


ウルガが腰の剣を引き抜く。


「迎え撃つぞ!一匹たりとも姫王様のところに通すな!!」


「「「「「「「「「「「「「「「おオオオォォォオォォォォ!!!!!!皇国万歳!姫王様万歳!我らが神聖旗に栄光あれ!!!!」」」」」」」」」」」」」」」


姫王様のために戦えるというのは、この国の騎士にとって最高の栄誉。さっき逃されたことで無力を痛感していた騎士たちにとっては最高の名誉挽回の場だった。自らの主の背を守るという名誉に震えないものはいなかった。


「丁度いいな。オレのうさ晴らしに付き合ってもらおう」


「わたしの踏み台になってもらいましょうか」


二人の強者も魔物たちに牙を剥く。

シオリとガエンの戦場から離れた森の一角で騎士たちの戦いが始まった。



———————————————————



さっきまでとは違って、明確な殺意を込めた刀をガエンに向ける。


「っハハッ。すごいなお前さん。こっちも切り札を切ろう」


一瞬気圧されるようにわたしから下がりながら、それでも剣を向けている。

なおも揺るがない闘気に———


「<|解放(リリース)>」


———ただ、わたしも闘気を叩きつけることで答えた。

噴き上がる魔力をそのまま刀と魔法に注ぎ込む。


「———<雷閃>」


無音の斬撃が凄まじい魔力を秘めて走る。


「———ッッ!?!?」


ガエンの反応すら許さずに、その体が一文字に斬撃で斬り裂かれた。

吹き上がる血飛沫に飛び込むように<風盾>を蹴り、風を纏わせ、切れ味を上げた刀を振るう。黒剣を切り裂いた感覚だけを残して、手応えが消失した。普通ならここで見失うんだろうけど————


「——見えてるから」


背後から現れた剣をあらかじめ展開しておいた<雷刃>で迎撃する。


「グゥ······!?馬鹿な······!!」


予想外に受け止められたことで一瞬動きを止めたガエンに一太刀を浴びせる。


「ならば·······!!!」


次々に様々な方向から唐突に剣が現れてはわたしを襲い、消えてはまた現れては消えるを繰り返す。普通だったら気づく前に殺されるのが当然のような、|見えず、気づけないソレ(・・・・・・・・・・・)。でも———ソレがわたしの体に当たることはない。


「魔力も気配も完全に隠していたはず!なぜ当たらない!?」


次々に繰り出される剣撃はなるほど、確かに魔力も気配も完全に溶け込んでいて、どこから来るのか全くわからない。攻撃されているときですらぼんやりとした感覚のまま。移動もほぼ何も感じないから動いているかどうかも知ることができない。


「<風盾>」


「—————ッッ!!!!」


知覚できない斬撃。こんな有様じゃとてもじゃないけど、他の者じゃ太刀打ちできないと思う。切り札にするだけはあって強力極まりない。

でもわたしの雷属性魔法だと電気を感知できる。


「生物は動くときに微量の静電気が走るの。これを消すことはほぼ不可能。そもそも本人が確認できないし、制御できるものでもないしね」


いくら魔力と気配を消そうとも、微量の静電気までは気が回らないのだろうし、隠せない。

なら———見える。雷はわたしの体の一部とも言えるほどに馴染んでいる故にかはわからないけど。


「は、はははははっ!!!」


「あなたがいくらやっても無駄だっていうことわかった?」


制限していた能力すべてを<|解放(リリース)>で解除した今のわたしに勝つにはガエンが今のは3倍は強くないと話にもならない。


「いや、最高の死合だと思うぞ」


「わたしにはわからないものだね」


戦いの中に楽しみを見出すということは、死が身近にあるということなのに。ソレを楽しめるということ自体に理解が出来ない。

派手に魔法が衝突し、その死角からまた刃が迫る。その都度に叩き斬っているけど、動揺は最初のようにはなく、存在感自体を薄れられた攻撃は、いくら知覚できるといっても緊張を強いられる。魔法的な感知能力以外の五感を筆頭とした感覚すべてを頼らずに駆け引きをしなければならないから。

ほぼ密着状態での斬り合いでも周囲では魔法の応酬はやまない。あの魔法の一つでも撃ち落とし損ねたら、一気に形成が傾きかねない。


「オラァァァ!!」


「ッ———!!」


ガエンの渾身の一撃に、ガアァンッという轟音とともに刀を持つ右腕が大きく弾かれる。


「もらった————!!」


慌てて右手を引き戻すわたしよりも早くガエンが黒剣を振り————水晶のような剣に受け止められた。


「なに!?」


鋼程度の硬度のものならまとめてわたしもろとも切れる自信があったのだろうけど、生憎この剣はダイヤモンドを超圧縮して魔力で強化したもの。世界最硬度の鉱物を加工したものなのだからその硬度はお察しのものだ。


「フッ———」


引き戻した刀を使って次はわたしがガエンを体ごと後方に弾き飛ばす。

とっさに踏みとどまっているけど、この場合ではわたしにとっては最高、彼にとっては最悪手だ。


「<大地操作>」


剣戟の中、地面に描かれた魔法陣が突然出現する。もちろんわたしの仕込みだ。

戦いながら地面の中に魔法陣を書き、ガエンをそこに誘導し、完成したそれに被せていた土をどけただけ。

でもその効果は抜群だ。予想外の場所に現れた魔法陣にガエンが慌てる。わたしが地属性魔法を使わなかったから完全に不意打ちになっていた。

魔法陣に魔力を流す。


「禁呪魔法<天地破却>」


踏みとどまっていたせいで体勢がまだ整っていなかった。回避行動を取っているけど不完全な体勢じゃ間に合うことはない。


「おおおおぉぉぉぉおぉぉぉ!!!!」


ドンッと光の柱が立ち、ガエンを飲み込んだ。

禁呪と言われるだけあって、膨大な魔力と繊細な魔力操作を要求される代物。その代わり、威力は絶大だった。上空の雲を吹き飛ばし、消し飛ばし、光柱は天と地を繋ぐ。


「·····これでも駄目か〜」


スウっと光柱が細くなり、消えた場所を見ながら呟いた。

かなり弱まった魔力反応を見るにかなりのダメージは受けているんだと思うけど、絶命までは遠い。


「はは、———いつの間に仕込んでたんだ?まさか、たった一人で·······禁呪まで使えるなんてな······」


「超一流の戦士は切り札を複数持っていて、使うべきときに使えるもの。強力な手札は多いほうがいいし、使わないと意味ないでしょ?」


切り札を手札のようにたくさん持っていて、なおかつそれを切ることにためらいのないものは強いに決まっている。だからわたしも、誰も知らない切り札をいくつも隠し持っている。


「なるほど。その強さの理由の一つはそれか········」


切れる手札の質が優れているというわけだな、とガエンがつぶやく。


「これ以上引き伸ばしても意味はないな。ならば———」


ガエンが黒剣を大上段に掲げる。

これでもかという程の瘴気が剣に集っていく。

——この一撃にすべてを載せる

そんな強い意思が感じられる。

別にわたしが乗る理由はない。大振りのその攻撃を躱してからカウンターで一撃を入れたら勝ちだ。次の攻撃に耐えられるだけのものはもう残ってないはず。

でも————


「来なさい」


戦士の覚悟を無視するほど野暮なことはしない。挑戦を受けたなら、きっちりと受け止めてやるぐらいはする。わたしだって戦士の端くれだしね。

刀に纏っている雷の量が爆発的に増え、なおかつ圧縮されていく。あまりのエネルギーの収束に大気が軋む。

あらゆる感覚を、精神をも研ぎ澄まし、この一撃に必要ない視界の色、嗅覚、味覚を切り捨て、体内の魔力の循環すらも制御下におく。

雷そのものを鞘に見立てて納刀。刀に<雷刃>を付与する。

ガエンの剣も光を一切跳ね返さない漆黒の禍々しい大剣とかしたそれに、力を込める。

わたしがガエンを見ると視線がぶつかる。


「「—————」」


言葉のない言葉で同時に踏み込んだ。


「————<雷閃>!!!!」


「————<邪王剣>!!!!!」


黄金の雷の剣と黒の大剣が衝突し、衝撃波と強力な魔力波で周囲一帯が吹き飛び、木々は根こそぎなぎ倒された。

昼の明るさすら生まれた閃光が塗り潰し、轟音は森を揺るがした。

交錯は一瞬。


「み、ごと······だ」


「あなたの、方も·····ね」


わたしの前には半身を失ったガエンが倒れていた。流石に再生はできないみたい。

わたしもなんとか体を起こしフラフラで立ち上がった。


「はは、めちゃくちゃやるじゃない·······」


わたしもガエンのように致命傷ではないけど、体中に焼けたような傷と細かい切り傷が無数に出来ていた。体のいたるところが黒ずんでいるのは瘴気に汚染されたのだと思う。


「嫁入り前の娘にこんな傷をつけるなんて」


「クククッ、すまんな。だがお前ほどの戦士に傷をつけれたのはいい土産話になるだろうな」


少し楽しそうに笑うガエンを見て、やっぱり殺し合いを楽しめるというのはわからないと再認識した。


「俺に勝ったことに、敬意を····評して、一つ忠告だ·····」


「忠告?」


一体何のかと首をかしげるわたしにいう。


「これから世界は、動乱の時代になる。変革期、転換期だ。これを止めることは出来ない。できるのはどうこの動乱の時代を勝ち抜き、生き残るかだけだ。」


動乱の時代。まさにそれは予言のようにすんなりと頭に入ってきた。


「選択を誤るな。その過ちはお前だけでなく、従う者、守るべきもの、大切なものでさえ死に誘うぞ」


「······肝に銘じておくよ。今更だけどね」


「ならば·····いい」


スルッと力がガエンから抜ける。


「良い死合だった————」


スッと痛む体を引きずりながら踵を返し、わたしは騎士団のところに合流に向かう。

西の森の戦いは邪人の消滅とともに終わりを告げた。

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