第39話 邪人との戦い

「邪人·······!?」


ありえない!!!

邪人は三百年前に勇者と女神が封印したはず。当代の勇者が命をかけて、女神の力を借りてかけた封印から逃れることなんてできるはずがない。

でも、あの魔竜王に迫る魔力量に身に纏う濃密な瘴気は間違いなくただの魔獣ではないことを示しているし、赤い目に黒い白目は邪人のみが持つ特徴。

なぜここにこんなものが···········!!


「邪人·······ハハ、笑えない冗談だ」


「かのような存在がよもや今に存在していたとは」


ウルガとエゴールは既に臨戦態勢。他の騎士たちも各各魔法を唱え、剣を向けている。唯一構えていないのはわたしだけ。


「おーおー。これは随分と盛大な歓迎だなぁ!」


「···············」


まるでふざけたような態度と言動。その姿は一見隙だらけのように見えて隙きが全く無い。いつでもこちらの攻撃に対応できるように全員を視野にいれている。

ソレに気づいているのはわたしを含めてウルガとエゴールの二人だけ。アレに気づいている事自体があの邪人と戦える最低限の実力を持っていることを示している。


「·······なかなかに練度の高い奴らだなぁ。下級や最下級の奴らなら殺れるかもな。三百年前でもなかなかお目にかかれないレベルだ。誇るといーーーー」


ドンッと火の魔法が邪人に炸裂する。恐らくは上級魔法。並の相手なら死にはせずとも重症ぐらいは負わせられたはずの威力。


「お、おいおいおいおい·········!?なんの冗談だそれは······!?!?」


「これは······なんという」


現れた邪人は、無傷。


「ハハハハハッ!!いい不意打ちだ!だが些か威力が足らんなあ!?」


「き、貴様ぁ!!!」


魔法を撃ったのだろう騎士がその言われように激高する。たしかにあの言い方に苛立つのはわかるけどこの状況と実力差でそれは不味い!ヤツの言うとおりだと少なくともヤツ自身の強さは中級以上。少なくとも弱いなんてことはありえない!


「返礼だ。存分に食らうといいぞっ!!!!」


直後に現れた瘴気の塊のような魔法。

アレが文献に書かれていた<瘴魔魔法>!?

不味い!アレは人が耐えられる瘴気の量の限界を超えてる。常人ならかするだけで即死というふざけたようなもの。


「ではなぁ!!!!!」


凄まじいスピードで飛来した瘴気の玉は騎士の目前で消し飛ばされた。


「······ほう?」


「ひ、姫王様!!」


「下がって。これはあなた達が相手にできる代物じゃない」


抜き放った<天祗>の切っ先を邪人に向けて騎士にーーーーいや、騎士たちに戦力外通告を言い渡す。流石に傷つくだろうけど勝ち目のない相手と戦って死ぬよりはマシでしょう。


「なるほど、<超越者>か。この時代にもいたとはな。とうに腑抜けて消え去ったと思っていたが······人間も捨てたものではないらしい」


<超越者>

恐らくはわたしの持つ神性を見ていっているのだと思う。わたしは何も超越した覚えはないんだけど。

まあ、<超越者>というぐらいだから邪人を倒すことぐらいはできるはず。


「面白い、名を聞かせてくれ」


「名前を尋ねるなら自分から名乗るのが礼儀だと思うけど」


わたしがそう言うと、邪人は一瞬キョトンとしたような顔になって笑いだした。


「何がおかしいの?」


「いや、済まない。俺は上級邪人ガエンだ。お前は?」


「シオリ・スメラギ・フィン・シルトフォード。見知りおく必要はないよ」


「クククッ俺を前にそこまで言った人間はおまえが初めてだよ」


笑う邪人ーーーガエンを前に更に悪い情報が入ったわたしは嘆息しそうになるのを抑える。

中級どころか上級邪人。あまりどころか考えつく限りで最悪に近い状況だし!!!この世界の運命様はわたしになにか恨みでもあるの!?

思わず運命を呪いそうになるけどそんなことをしても状況は何も変わらない。どうにかしてこの状況を切り抜けないといけない。


「フウ────」


選択肢としては騎士たちを守りながら逃げることと、あの邪人、ガエンを倒すの二択しか取れそうなものはない。前者はいくらなんでも騎士たちを守りながら戦って勝つことは、不可能極まりない。実力的に相手を凌駕しているならともかく、拮抗に近い状況では自殺行為にしかならない。

と、なると取れる選択肢は戦って勝つことだけ。正直勝率は6:4でわたしのほうが有利だと思う。だけどそれは未知の<瘴魔魔法>がどのぐらいの強さなのかによって覆ってしまうほどの差でしかない。まったくもって余裕のない戦い。ほんとに嫌になる。


「まったく······もっと楽な戦いがよかったなぁ」


こんなことを言っていても始まらない。ぐっと気合いを入れ直す。勝つにはまず騎士たちからこいつを引き離さないと。


「ふ、ふふふっ、いい殺気だな」


「<雷速><雷纏鎧>ーーーーーー<転移>」


「ーーーーむっ!?」


一瞬の間に姿がかき消えたわたしにガエンがほんの僅かに動揺する。コンマ一秒ほどの隙きでしかないそれは、しかし一撃を与えるのには十分な時間になる。


「<|天雷神槍(グングニル)>!!!」


「なーーーーーー!?!?」


転移完了と同時に放たれた雷の槍は、正確にガエンを穿ち、離れた森の一角まで引きずり飛ばした。


「ウルガ!!今すぐに騎士団をまとめて森を出て!!」


「っ、御意!!」


わたしの言葉にぐっ、と顔を悔しげに歪めながらも、ウルガは直ぐに騎士団に指示を出し始める。


「<|電磁加速(アクセラレーション)>」


速度は三千メートル毎秒。全力での<身体強化>をしなければ耐えられない加速度による圧力と、その速さに耐えられるほどの思考速度と情報伝達速度が要求されるこの乱暴極まりない移動方法は本来なら絶対に行使できないもの。わたしはそれを桁違いの魔法の行使で実現させているだけで、無理があるのは当然。でも直線の移動なら、圧倒的に早い。


「ーーー<雷閃>」


こちらの速度は四千メートル毎秒。溜めがないから本来の威力には届かないけど、自身の加速もそのまま速度として刀に乗せればーーーーーーーその速度は七千メートル毎秒に達する。わたしの人外の領域にある速度の抜刀術を────しかしガエンはギリギリのところでモヤを纏った黒の剣を割り込ませることで防いだ。


「っ!!おおお!!!!」


「化け物か········!!」


思わず呻きながら、返す刀で剣に纏わせた雷を叩きつけながら不可視にした<風刃>で、三方向から襲わせる。


「<瘴刃>!」


ガエンがとっさに唱えた瘴気の刃は、わたしの<風刃>が、いくつかの<瘴刃>を道連れにさせることで抑え込んだ。


「·······いまのを受けきれるの?」


「今のは流石に冷やってしたよ」


ガエンの額から汗が一筋流れる。緊張するというのは本当らしい。でもより脅威を感じているのはわたしの方。あれで直撃しないなんて·········。

一旦仕切り直しとして十メートルほどの距離を開ける。とはいってもこんな距離は一歩の踏み込みで消える程度の距離。実質的には意味はあまりない。


「ーーーーシィッ!!」


<風盾>を足場にして、間合いをコンマ一秒にも満たない時間で踏み潰して斬りかかる。


「あめえ!!」


ガアン!!と剣がぶつかり合う音が響き渡る。


「〈瘴炎槍〉」


「〈雷槍〉!〈天堕〉!」


暗い槍と雷の槍が衝突し、地属性の重力操作と風属性のダウンバーストの合わせ技の〈天堕〉はガエンに距離を取ることで回避される。


「なら───〈白雷砲〉」


十の雷の光砲はガエンに殺到し────生み出された瘴気の壁に阻まれる。


「シッ───!!」


一瞬、視界が遮られた隙に背後に回り込み、全力の魔力を注ぎ込んだ刀を振り落とす。


「なに!?!?」


刀に秘められた膨大な魔力に目を剥き、即座にその危険性に気づいたらしく、すぐさま黒剣を軌道上にさしだした。

一瞬で黒剣は両断されたけどその隙にガエンはギリギリのところで回避を成功させ、眼下の森が代わりに両断される。


「返礼だ!!」


再び生み出された黒剣に込められた恐ろしい程の瘴気にわたしは思いっきり顔を引き攣らせる。

ちょっとそれは洒落にならないやつ!!

ほぼ勘と本能的な感覚のままに回避行動を取る。


「|〈電磁加速〉(アクセラレーション)!!!!」


ゴウッ、と本能的な嫌悪感を覚える瘴気の刃がわたしの髪を数本巻き込みながら顔のすぐそばを通り、森を消し去る。


「っ!これだから種族的能力差ってやつは!!」


アイツも溜めは一瞬だったはずなのに込められた瘴気の量がわたしが込めた魔力を上回っていた。

回避の勢いを使って斬りかかる。


「ハアアァぁぁぁ!!」


互いに細かい切り傷を負っているけど、すぐに治癒してしまうから長期戦は埒が明かない。一撃威力ではわたしが不利。手数とスピードで補えるけど短期決戦では不利に働いてしまう。

刀と剣、瘴気と雷がぶつかり合う中で視線が交錯する。楽しげなその目はわたしをしっかりと捉えていた。


「〈雷刃〉───〈雷華〉!」


「ッ〈瘴壁〉!」


瘴気壁を叩き斬り、〈雷華〉を叩き込む。

竜種でも落ちかねないその雷はガエンの身体の表面を焼き焦がすにとどまっている。


「|多重展開(カノン)〈雷槍〉」


数千の〈雷槍〉がわたしを起点に展開される。


「|多重展開(カノン)〈瘴槍〉」


対抗するように〈瘴槍〉が展開される。


「「〈|発動(バースト)〉ッッ!!!」」


空中に閃光と轟音が乱舞し、魔力波が吹き荒れる。

ガエンを見ると楽しげに笑っていた。

舐められてあるわけじゃない。コイツは根っこからの武人でもあるのだと、刀と剣を合わせるごとに伝わってくる。


「おらアァ!!」


「フウッ!!」


でも、だからといって手心を加えることも、共感することもない。

彼にとって戦いが楽しむものであるのと同じく、わたしにとって戦いは何かを得るためのもの。わたしはガエンを倒さないと勝利を得られない。

おおきく互いに弾かれ、距離ができる。


「死んで?わたしの勝利のために」


目的のためなら、それを躊躇う理由は──────なにもなかった。

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