第36話 嵐の前は平穏を呼ぶ

「98923ーー98924ーー98925ーー」


久々の魔物との戦いから数日たち、わたしは庭で刀を振っていた。

この前の狩りで、思ったよりも体が鈍っていたことに気づいたから。ここのところずっと書類仕事とか、交渉事とかあまり体を動かさないことばかりだったせいだと思う。

思った通りに身体がなかなか付いて来ず、ゴブリン程度にかすり傷を負ってしまった。いくら数十に囲まれていたとはいえ言い訳にもならない。

そういうことで鍛え直してるわけだけど、やっぱり体力は結構落ちてしまっていた。10万回も振らないうちに息が切れてきてしまった。


「99998ーー99999ーー100000ーーーーっはあ〜〜〜〜!!」


振り切ると同時に刀を放り出して庭にそのまま倒れ込む。


「やっぱり、すごくーーはあっ、体力が、落ちてるーーー」


「私からすればとんでもなく体力化け物であることは変わらないと思うよ」


10万回振れるだけでも十分凄いよ、と言いながら冷たい水が入ったコップを持ってきてくれた。十万回振れても死にかけるのが異世界だからね。元のコンディションに戻しておかないと魔竜王クラスが相手の場合敗北しかねない。

わたしのことなのにこんな朝早くから付き合ってくれてくれる亜由美には感謝しかない。


*午前5:57


剣や魔法の腕を鍛えるのは頭を酷使する書類仕事よりは遥かにやりがいを感じられる。

体を動かすのはやっぱり気持ちいい。


「というかお姉ちゃんっていつから起きてるの?」


「4:30ぐらいかなあ。日が出るまでは流石に暗いからできることは限られちゃうし」


「11:00に寝て4:30起きって5時間半ぐらいしか寝てないよ?本当に身体は大丈夫なの?」


「ん〜〜、なんか平気。特に不調も出てないし、今までと同じ睡眠時間だとむしろ寝過ぎなぐらいだったから」


むしろ体調を崩しそうになったぐらいだし。


「私は先に戻っとくね」


「うん、忘れ物がないようにしないとね。土曜授業だからいつもとちがうでしょ?」


「小学生じゃないんだから·····」


「ハハハ、ごめんごめん」


パタパタとこの東屋から本邸に戻っていく亜由美を見送る。


「よし、次は魔法の方を鍛えよう」


体力と違って魔力はまだまだあり余ってるし、丁度いい休息にもなるからね。まさに一石二鳥ってものだ。

そうしてこれは、亜由美が呼びに来るまで続いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「む〜ん、これも当たりかあ」


亜由美が学校に行ってしまった後、暇つぶしに紐を引っ張って景品をもらうやつ(なんていうか忘れた)をしていた。


「こっちはーーーーあ、当たり」


「ーーーーー!?!?!?」


屋台のおじちゃんの顔が完全に引きつってしまっている。まあ、文字どうり根こそぎ景品を奪われていっているのだから、そうなるのは当然というものだと元凶のわたしでも思う。

流石に可哀想になってきたから、持ち歩いていた百万円の札束を一つ置いて景品を持って逃げるように去った。


「これどうしようかな」


ノリと勢いで取ってしまった景品たちだけど正直こんなにいらない。

あ、スイッチだけもらっとこう。これは数はあったほうがいいし予備にもなる。

ひとまず両手と袋いっぱいの景品群を置いて公園のベンチに座り込む。なんかお金を無駄遣いしただけのような気がする。

しばらくそのまま公園で遊ぶ小学生ぐらいの子たちを見ていると、女の子が近づいてきた。


「お姉ちゃんも一緒に遊ぶ?」


「え」


「ひとりボッチなんでしょ?一緒に遊ぼう」


「え?あ、ちょ、まっ」


小さな子をまさか振りほどく事もできず、なされるがままに小さい子たちの輪にいれられた。


「わたしはひなたっていうの。お姉ちゃんは?」


「あ、詩織」


「じゃあしおりお姉ちゃん!こっち来て!」


手を引かれてきてみるとひなたちゃんと同じぐらいの子どもたちがいた。


「あ、ひなた。どこいってたの?」


「その姉ちゃん誰だ?」


「しおりお姉ちゃんなの。寂しそうにしてたから誘ったの。だめだった?」


「俺は全然いいと思うぞ」


「ひなたちゃんがいいならいいよ〜」


「賛成〜!」


ワイワイと早速騒ぎ始めたキッズたちに巻き込まれ、質問攻めにされながら”楽しい”と思った。この子たちの明るさを見ているとさっきまで悩んでいたことがバカらしいもののように思える。


「かくれんぼにする?」


「え〜、鬼ごっこがいいよ」


「木登りでもしてみる?」


「サルか何かか?」


「しおりお姉ちゃんは何がいい?」


ニコニコと見ていただけだったわたしにひなたちゃんが振ってくる。

さっきから見ているとどうやらこのグループではひなたちゃんがリーダー格みたい。うまく意見をまとめたり、公平に意見を聞こうとするところとか性格からしてそうなんだろうな。

取り敢えず一番賛成が多かった鬼ごっこに賛成する。


「じゃあ鬼ごっこをしましょ。じゃんけんで負けたら鬼ね」


そうして決まった最初の鬼は活発そうな男の子だった。


「10数えるぞ」


みんなで公園に散り散りに散る。

なかなか慣れているみたいで、木の高いところに登ってやり過ごそうとしている子もいた。


「ーーー10!!」


数え終わると同時に真っ先にまだ近くにいたひなたが狙われた。


「よっしまずはひなただ!」


「わたしばっかりずるいよ〜〜」


「一番捕まえやすいから!!」


そうして賑やかな鬼ごっこが始まった。





30分後。


「し、しおり姉ちゃん、速すぎじゃん····」


「ははは、まあこれでも鍛えてるからね。早々捕まえられないよ」


「むむむむむ。次こそは·····!!」


やばいやばい。

最初は小さな子を相手に本気を出すというのは大人気ないと思って、手を抜いて捕まりそうで捕まらないような感じで相手をしていたけれど、そうして油断していたら遊具の上から奇襲され鬼にされてしまった。

見事に自信というかプライドを打ち砕かれたわたしは、汚名を返上するために|本気(ガチ)でやることにして、ヘトヘトになるまでひたすら追いかけまくった。

我ながら子供相手に本気になるのはちょっと大人気なかったと少し反省している。


「じゃあゲームしない?わたしはいっぱい持ってるんだ。今日は一緒に遊ぶ相手もいないからね」


「いいよ」


「どんなゲーム?RPG?」


「みんなでできて楽しめるものって言ったらスマOラでしょ。ほら、一人一つ持った?」


「お〜、オレはマOオにしよう」


「じゃあわたしはパルOナにする!」


「僕はマOスで」


「私はーーー」


「ーーーーーー」





一時間後。


「ちょ、ちょっと待っ!?」


「待たないよ〜」


「く、マOスのかたきぃ!!!」


「甘いね!」


「う、嘘だぁぁ!!??」


「わたしに勝つなんて10年早いよ。わたしはスOブラ歴七年だし、それでビギナー相手にキルられるのは恥になっちゃうよ」


そもそもの経験値が違いすぎて、これでもし負けるなんてことになったら立ち直れる気がしない。今までのゲームへの時間が無駄だと証明されるところだった。


「あ、そろそろお昼かな。わたしは帰らないと」


「え〜帰っちゃうの?」


「しおりお姉ちゃん、もうちょっと遊ぼうよ」


「そうしたいんだけど、家でみんなが待っているからね。待たせるのは良くないし。また遊びに来るよ。その時はまた遊ぼう」


「むぅ······」


少々不満そうにしながらしぶしぶ「わかった·····」と言う。


「あ、その今持ってるSwitchは持ってっていいよ。家にもまだあるしみんなで仲良く使ってね」


「え?でも······」


「いいから。わたしはまだあるから遠慮いらないよ」


使い道のない粗大ごみーーーーーーーゴホン、不必要品を受け取ってくれるのは正直とてもありがたい。誰かに使ってくれるんならその方がいい。


「じゃあまたね〜〜」


取り敢えず言いたいことだけ言い切って近くの細い路地に入って<転移>を使う。このままだとどうやってもお昼ごはんには間に合わないし、また薫さんにあの長大なお小言を聞かされることになってしまう。


「ただいま~」


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「お嬢様じゃないっていつも言ってるのに·····」


別にお祖父様の会社に勤める気は今のところ無いし、別に積極的に将来お祖父様の会社も継ぐつもりはないし。

だからお嬢様って言われるのはわたしには合わない。でもそれよりもとてもとても恥ずかしい。

公共の場でもそう呼ばれたことがあったとき以来、半分黒歴史みたいになってしまっている。

·········いや、異世界やら魔法やら言ってる時点でもうなんか思いっきり黒歴史を現在進行形で作り出し続けているのかな?


「それで、今日のご飯は何?天ぷら?唐揚げ?蕎麦?」


「今日は鮭の塩焼きと玉子焼きと味噌汁ですよ。お嬢様ってシンプルなものが好きなんですね。料理長がどう美しく見せられるかで頭を悩ませてるみたいよ。まあ、たまには悩まされるのもいいと思うのだけれど····」


困った子ねぇといった感じで、薫さんが右側の頬に添える。

薫さんと料理長はいとこ同士で普段から薫さんによく頼っているから頭が上がらないみたいでよく料理長を叱っているところを見かけたりする。


「料理長の料理はどれも美味しいからね。まあ、そんなふうに悩むのもいいことだとわたしも思うし。まずは考えないと何事も始まらないしね」


それに、と継ぎ足す。


「もっと美味しくなったら嬉しいからね。今でもとても美味しいけど」


「ありがとうございます。アレにも伝えておきますね」


「そうして。それじゃあ食べよう。もうお腹ぺこぺこなの」


「すぐに持ってきます」


今日もまた表向きは平穏無事のまま過ぎ去っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



Said???


「もうすぐ·····もうすぐだ」


どこかにあり、どこにもない場所で暗き闇をまとうナニカが嗤う。

黒い玉座に座るソレは外にいる目から生贄に最適なモノを探す。


「もう少しで力が戻る····忌々しい光共はもういない。あのお方も戻られる」


歓喜と狂気と憎悪をにじませてまるでそこに何かがいるかのように前の虚空を睨みつけながら身体に巻き付く白い鎖を掴む。

シュゥーーと掴んだ手のひらから白い煙が立つ。


「待っていろ。今度こそ必ず、混沌に作り変えてみせよう。全てはヴォルゲリクス様のためにーーーーー」


どこか、壊れたかのような笑みを浮かべながら暗黒の城に哄笑が響き渡った。

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