第35話 不可解なものの影

これは夢だ。

破壊された街を見下ろしながら、わたしはすぐにそれを知覚できた。


「ここは·····高校?」


見覚えのある屋上からの景色に当たりをつける。

ここから見える景色は殆どが破壊され、崩落した建物ばかり。まるで戦争の空襲にでもあったかのよう。遠くには火の手も見える。


「まるで世界の終わりみたい」


校舎の中に入ると床も壁もおぞましいほどの血で染まっていた。

一つ一つ教室を見ていっても、これほどの血が広がっていながら、たった一つの死体も見当たらない。


「持ち去られたのか······魔物なら食べられたのかな?」


嫌な最後だな、と思いながら校舎をひと通り見て、グラウンドにたどり着いてーーーーーーーゾワリ、と背筋に悪寒が走った。


「これ····は····」


そこにあったのは無数の死体。屋上から死角になっていたこの場所に、地獄を具現化したかのような光景が広がっていた。


「あ·····」


その血河死山の真ん中にーーーーーーー1人の男がいた。

「おまえも来い」

そういった口の動きが見えた。



「お前は!!」



天井が見えた。

身体がぐっしょりと濡れている。


「ふ〜〜。·······夢、か」


まだ落ち着かない心臓を鎮めるため、幾度か深呼吸を繰り返す。


「気持ち悪い······」


寝汗でびっしょりになった薄手のネグリジェワンピースを脱いで軽くシャワーをあびようと滅多に使わない備え付けのシャワールームに入る。


「······あれは、一体·····」


血河死山の中に佇む男。

恐ろしいと思った。おぞましいとも思った。けれどそれ以上に底知れないと感じた。

サァーと冷ための温水を浴びながら体の熱を冷ます。火照った身体にはとても気持ちいい。

ふ〜〜と緊張でこわばっていた身体から力を抜きながらコツン、と額を壁に当てながら夢を思う。


「正夢にならないといいんだけれどな」


こんなはっきりした夢なんて今まで見たことがなかったし、これはあまりいい予感がしない。

キュッとシャワーを止める。


「·····まあ、気をつけておけばいいかな」


どのみちこっちでわたしに単体戦力として敵う相手はいないのだから、わたしに防げなかったら誰がやっても同じだろうし。それにーーーーー


「どんな相手でもわたしの大切なものは奪わせない」


これだけの力を持っているのにそんなのもできなかったら、わたしがわたしを一生の笑いものにしてやる。

改めて気を引き締め直しながらシャワールームの扉に手をかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お姉ちゃん、大丈夫?」


「えっ?い、いきなりどうしたの」


「なんか、その、悲しそう·····?」


「なんでそこ自信なさげなの」


そんなに顔に出ていただろうか、と顔を擦る。


「まあ、大丈夫かな。少し夢見心地が悪かっただけだから」


「·····それならいいけど」


そう言いながらまだ亜由美の顔は気遣わし気なままだった。

心配をかけたままなのはと思い、笑顔を作って亜由美の頭を撫でる。

えへへっとたちまち顔が緩み、顔から影が薄まる。


「ごちそうさま」


「ごちそうさま!」


今日はなにもする予定はないからと、自室で亜由美と一緒にゲームをすることにした。


「ちょ、お姉ちゃん!それずるいでしょ!!」


「ルールには抵触していないからなんの問題もなし。多少卑怯だと言われようと、勝てば官軍負ければ賊軍なのだ!!!」


「それ、ルール無用って意味じゃないよ!?」


くっそ〜〜〜!!と悔しがる亜由美を横目にオレンジジュースを飲む。


「対戦中にジュース飲むとか随分余裕なんだねっ!!!」


「実際超余裕」


「ぐぬぬぬぬ!!」


現在の戦績、46勝5敗。見ての通りわたしの圧勝だった。と、いうか亜由美が弱すぎる。むしろなぜわたしとしては、正々堂々と正面から戦って勝てると思ったのだろうか。しかも敗因の半分以上は自爆だし。


「強すぎ〜〜〜。ゲームバランス崩壊してるでしょこれ〜」


バタンと後ろに倒れ、亜由美がコントローラーを手放す。

しばらくそのまま寝転んでいたけれど、唐突に起き上がった。


「ねえ、お姉ちゃん」


「なに?」


「この頃この近辺でおばけとか、怪物を見たっていう人が何人も出たんだって」


「ーーー!!??」


怪物。

それを聞いて最も早くに思い至ったのは馴染みの深いものたちーーーーーー魔物のことだった。

なんとか口の中のジュースを飲み込み、吹き出しそうになるのを耐える。


「それってどんなの?」


わたしの問いに亜由美はうーんと首をかしげる。


「確か、緑色の小人とか、一つ目の巨人とか、あとは空を飛ぶ竜もあったかな」


「へ、へえ~」


どう考えてもゴブリン、サイクロプス、最後のはおそらくワイバーン。竜種、古龍種ではないと思いたい。あれらは災害そのものだからできる限り戦いたくないんだよね。もしそうなったら街が消えかねないのもあるし。


「お姉ちゃん心当たりありそうだね?」


「な、なんでわかる!?」


「顔」


そんなに分かりやすかったの!?とあわてて笑顔を張り付ける。


「嘘臭いね」


「ぐっ!?」


う、嘘臭い········

地味にダメージを受けて落ち込むわたしに頓着せずにそのまま話している。


「お姉ちゃんの様子から見るに、あれが魔物って奴なんでしょ?こっちに出てるのを今ので知ったと」


「·······」


「まあ、言いたくないなら|まだ(・・)聞かないよ」


でもーーーと続ける。


「巻き込まれたら教えてもらうからね。言い逃れはなしで」


「·····分かってるよ。その時はちゃんと巻き込み切ってみせる」


「·····なんか不安になってきた」


まだ亜由美には両親もお祖父様も話してない。話したら好奇心と勢いで飛び込みそうだし、第一危険だからみんなで話し合って決めた。


「まあ、何があっても大丈夫だよ。絶対に、ね」


わたしがさせないから。

わたしの大切なものを奪うと言うなら、その前に奪ってしまえばいいんだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「|〈探知〉(サーチ)」


夜。

わたしはコッソリと家を出て、街に出ていた。

もちろん亜由美の言っていた怪物の正体を確かめに来た。

ただの幻覚とかそういうオチならいいんだけどまあまずそうはならないだろう。


「やっぱりいたね」


視線の先には四つの小さな影。


「ゴブリンだね·······」


山に近い場所で見つけたゴブリンたちは特に何かをするわけもなくうろうろするだけで、あまり移動しようとしない。


「仕留めるか」


〈身体強化〉を発動し、こちらに気づく前に距離を詰める。


「フゥ!!」


一刀で四匹を輪切りにし、血飛沫が飛ぶ。


「他にはーーーまだまだいるね·······」


|〈探知〉(サーチ)にかかったのはパッと数えただけで百以上。この範囲内に百以上はフォルニアでの魔物の森と同レベルの密集度ということになる。

いくらなんでも異常すぎでしょ。


「大物はーーーーやっぱりワイバーンか。こんなのがいることに嘆けばいいのか、この程度で喜べばいいのか······判断に迷うなぁ~~」


面倒なことにならないうちに倒さないと騒ぎになってしまう。ああ、その前に街が消えちゃうかな?

山の頂上に向かうと、眠っているところを見つけた。

近付いていくと、五十メートルぐらいのところで ワイバーンが首を上げた。


「グアアアァァァァ!!!!」


わたしの姿を認めたワイバーンが咆哮をあげる。ブレスの予備動作の顋に魔力が収束していくーーーーーが


「〈身体強化〉〈雷速〉」


地面を蹴り砕いて加速し、ものの一歩でワイバーンまでの間合いを踏破し、首の背後に回る。


「遅い」


ブレスが収束しきる前に雷を纏った刀を振りきった。亜竜の鱗も、魔力の鎧も関係なく両断し、首を落とした。

ドスンと首が地面に落ちる。頭部からブレスの魔力が拡散していく。

これ、地球に悪影響とかないよね·······?

空に消えていく魔力を見ながら変な生物とか生まれませんようにと願いながら死体を|収納庫(ストレージ)に入れて、証拠を隠滅する。周囲に監視カメラとかはなかったから何が起こったかは分かんないだろうけど、違和感を覚えるような品は残さないように気を付けないと。


「あとは小物ばっかりね」


とはいってもわたしの基準だから騎士たちじゃ苦戦するぐらいの奴もいる。連携を取ればいけそうだけどね。


「またゴブリン·······」


また一匹斬殺し、収納しながら魔物の発生原因のひとつの魔力溜まりを探す。

涌き出ていた魔物を倒しながら山を一周したけどどこにも感じられない。代わりに見つけたのは


「空間が歪んでる·····?」


巧妙に隠蔽されているけど同じ笑顔転移魔法を使えるわたしには見破れた。


「どう見ても自然にできたものじゃない······」


空間が魔力の過剰集中によって割けて別次元に繋がることもあるらしいけどこの痕跡は綺麗すぎる。

取り敢えず隠蔽を解除し、痕跡も残らないレベルで修復し直す。


「この魔力は、人じゃないな······」


明らかに瘴気が混じっている。瘴気が適合できるのは魔物と魔物のちからを取り込んだものだけ。耐性の無いものはその濃度によっては即死してしまう。


「これは·····嫌な感じがするなぁ」


どう考えても知性を持った個体がいるはず。統率者のいる群れの脅威度はいないときを大きく上回る。策を労してくると言うのへそれだけでも厄介だから。


「今度戻ったときに調査させておかないと·····」


再び|探知(サーチ)を使い周囲を探る。

五十以上は狩った筈なのに未だ三桁は下らない。


「まあ、考える前に取り敢えずこれ、狩り尽くさないとね」


久しぶりの狩りに少し高揚しながらわたしは|殲滅(・・)を開始した。

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