動乱の影編

第33話 妹の襲来

疲れるばかりだった舞踏会が終わって数日後、わたしの姿は皇家のわたしの部屋にあった。


「ん〜〜、コンビニスイーツ美味しい〜」


久々に完全な休暇なのでここぞとばかりに思いっきり羽根を伸ばしていた。

いやあ〜、ここのところずっと国内国外のことでドタバタしていて、ろくにこっちで家族と一緒に過ごす時間も取れなかった。

お祖父様はまだ帰ってきていないから、帰ってきたら向こうであったことを報告したりするつもりだ。色々あったせいでかなり濃い話になりそうだけどね。


「お嬢様、それは行儀が悪いですよ。それにその格好で出歩きませんようにと言いましたのに·····」


薫さんが困りますよといった目をわたしに向けながら、苦笑している。

わたしの姿からストレスが溜まっているのを察して、お小言を形式上だけ言うだけで済ましてくれているんだろう。普段やったら、説教2時間コースはまず確定だしね。


「薫さんも食べよう?これ新発売とかいうので今結構売れてるみたいなの」


「わたしはまだ職務中なのですがね?」


「別にいいでしょ?もう薫さん自分の仕事は終わってるみたいだし、わたしの暇つぶしに付き合ってほしいな〜って」


わたしがお願い!と頼み込むと仕方ありませんねと言いながら座った。

ふふふ、甘味は女の子にとっては最高の癒しだからね。薫さんも以前から甘いものは大好きだって言ってたし、気に入ってくれるはず。


「·····あら、これは結構いけますね」


「でしょう?この控えめの甘さと生地のモチモチ感が最高なんだよね〜」


二人で暫し甘味を楽しんでいると、メイドさんからお祖父様が帰ってきたことを知らされた。

残ったのは好きなだけ持ってっていいと薫さんに言い残して玄関に向かうと、ちょうどお祖父様が入ってきたところだった。


「おかえりなさい、お祖父様」


「ただいま、シオリ。準備ができたらすぐに向かうから、先にその服を着替えてから食堂で待ってなさい」


「うん。先に行っておくね」


自室に戻って、白のワンピースに着替えて食堂に向かう。

椅子に座って待っていると、すぐにお祖父様が来た。


「一緒に食事を摂るのも久しぶりだな。ココ最近は随分と忙しかったみたいだな」


「はい。色々と問題が重なって解決に少々時間がかかっちゃったから。今は事後処理だけだし、みんなに丸投げしてきたから結構暇になったし」


「それは良かったが、忙しさにかまけて倒れてはだめだぞ。そういうときはもっとたくさんの人間に頼ったほうがいい」


「たしかにそうだった。みんなに丸投げしたら山のようだった書類の山が辞書分ぐらいしかなくなったしね」


「だろう?上の人間は方針を示すだけでいいんだ」



わたしに教えられて嬉しいのか、お祖父様が頬を緩ませる。

官僚たちにあの書類をパスするまでは本当に地獄だったし、いくら決済しても同量以上がまた運ばれてくるのは悪夢だった。

思い出して若干気分が滅入ってしまったけど、気を取り直してフォルニアでの出来事を語った。

改めて振り返ってみると、かなりの過密スケジュールだった。


「————ということになりました」


一通り話し終わるとお祖父様が頭を撫でてくれた。


「よく頑張ったと思うぞ。それだけの決断と行動力は詩織、お前の強みだ」


「ありがとう!」


そこからは軽い雑談をしながら夕食を取る。

最近はこっちにいなかったから、わたしが話すことは必然的にフォルニアの話になった。途中から、若干わたしの仕事についての愚痴みたいになっていたけど、お祖父様はそれも嬉しそうに聞いてくれていた。


「それで詩織。こっちにはしばらくいるのか?」


「はい。あちらのことは一応一段落したところなので、少しの間はこっちに腰を落ち着けようかなって」


「そうか、なら静子と拓人にもちゃんと会いに行ってやりなさい。じっくりと話せるのは久しぶりだろう」


「もちろん分かってるよ!」


お父さんとお母さんを放置するのは後が怖すぎる。今回、ほとんど顔を出せなかった理由は、わたしが仕事にかまけて後回しにしていたということにもあるし、直ぐに会いに行かなかったのは完全に失敗だった。今頃怒り狂っている可能性まである。


「·····ちゃんと、謝らないと、ね」


「そうする方がいいと思うぞ。静子は怒らせると鬼になるからな」


お祖父様が、なんか凄い説得力のある実体験をしたような雰囲気を醸し出しながら、食後のお茶を飲んでいる。

わたしも貰おう。·······ズズッ。

うん、やっぱり食後には口直しとしてこの緑茶もどきは身体に染み渡るね。これ、向こうでつくれないかな。もしつくれたら国内の特産品になりそう。


「そういえば亜由美はどうしてるか知ってる?」


亜由美はわたしの2つ下の妹で、今は中三。この前いなかったのは、ちょうど海外に留学していたからだ。

だからちょうど入れ違いになってしまっていて、転移以来まだ会っていない。

わたしは結構万能型だって言われることがあったけど、亜由美の場合は、運動特化型。並のアスリートたちでも相手にならないほどの実力の持ち主で、わたしが高一のときには、もう負けていた。


「亜由美のやつならもう留学を終えて帰ってきてるぞ。もともと短期の留学だったからな。つい2日ほど前だったか」


「そうだったんだ」


帰ってきているならお父さんとお母さんに会うときに一緒に会えるか。明日には会いに行くかな~と考えているとお祖父様がいった。


「ちなみにさっきこっちに来ると連絡があったからもう来ると思うぞ」


「――――え‘‘?」


女の子にあるべからざる声が出た。

背中に冷たい汗がつたう。否、全身から冷や汗が吹き出た。

ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!

亜由美は容姿端麗、成績は普通だけどあれで頭は切れるし運動神経バツグン。クラスの人気者で後輩にも慕われる、理想の元気な女の子。

その唯一と言ってもいい欠点が、シスコン。それも超がつくほどのドシスコン。

つまり、相手はわたし。

以前3日離れ離れになっただけで、一週間家から出してもらえなかった。

ましては今回に至っては二ヶ月以上。どうなるのかなど想像もつかない。


「と、取り敢えず逃げないと······!」


血の気が引く音を聞きながら、ガタンッと椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、扉の方へ目を向けて凍りついた。


「どこに行くの?お姉ちゃん?」


「········えっと、せっかく亜由美が来てくれるんだし、ケーキでも買ってこようかな~って」


「わたしはお姉ちゃんと一緒だったら何でもいいんだよ?」


「「···············」」


無言になり、見つめ合うこと数秒。


「ーーーーッ!!」


「あ、お姉ちゃん!」


一瞬の隙きをついて窓に向かって駆け出す。ここは二階だけど今のわたしなら問題ないはず!

バッと身を躍らせて、〈身体強化〉を使って着陸する。これで一気にショートカットできたけど、まだ油断はできない。あらかじめ覚えておいたこの家の庭の地図を照らし合わせて、最短経路を割り出す。

外だから〈身体強化〉は人目に触れるのを避けるため使えないけど、これなら逃げ切れる!


「周囲に気配はない······これなら」


そのまま走り続ける。庭を数分で走破し門にたどりついたところで


「あ、やっと来たね。お姉ちゃん」


「う、嘘でしょ·······?」


門の前に人影が一つ。そこにいたのは亜由美だった。


「は、速すぎでしょ!?」


「お姉ちゃんも速かったけどちょっと足らなかったね」


わたしに遅いと言えるとか、普通はありえない。

魔竜王との戦いの後、わたしの五感は研ぎ澄まされ、第六感らしきものまで開花し、身体能力も〈身体強化〉の魔法なしでも上級の魔物の群れと戦えるほどに上昇している。つまりわたしを出し抜けるということは、わたしの純粋な身体能力を亜由美が素で上回っているということ。


「いくらなんでも人間離れしすぎでしょ······!?」


わたしみたいに魔力チートしてるわけでもないのにこれって·····。こんなのを天賦の才能っていうのかな。

慌てて踵を返そうとするけど、ここは完全に亜由美の射程圏内。


「はい、捕まえたよお姉ちゃん」


·········もはや私刑宣告にしか聞こえなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、亜由美、そろそろ許してくれないかな~って······」


「あれ?まだ半分ぐらいしか言ってないよ?」


「まだ!?」


夜の開けた・・・・・外を横目に、未だわたしは正座を続けさせられていた。

亜由美の責め方はどこで学んだのかひどく陰湿で、一晩中一切の反論を許すことなく怒こり続けるというものだ。

聞き流してもすぐにバレてしまうため大人しく聞き続けるしかない。

反論なんでしようもんなら反省文と称して原稿用紙十枚分をかかされる。下手な罰よりよっぽど効く。


「まあ今回は初犯だったからこのぐらいにしておくね」


「初犯もなにもわたし悪くないのに」


「なにか言った?」


「いや、何も言ってないよ!!」


一瞬、わたしのこぼした言葉に背筋が凍るような冷たい視線を向けられたが、すぐにいつものように明るく笑った。

ほぼ感覚のない足を崩し、ベットに入る。昨晩は全く寝てないから眠くて仕方ない。


「わたしも一緒に寝る!!」


「いいよ。ほら」


掛け布団を開けて亜由美を迎え入れる。


「ん·····」


ベッドに入ると同時に、ひしっとわたしに抱きついてきた。


「そんなに引っ付かなくてもどこにもいかないよ」


「ホントに?」


「ホントに」


上目遣いに心臓を撃ち抜かれる。

ちょっと小柄なのも相まって最強の破壊力になってる。

亜由美の行動基準は基本的にほぼ全てわたしだ。わたしが好きだからああやってものすごく怒るし、こうやって甘えてくれる。

わたしのためを思ってくれてるからって分かってるから、ああやってされても許せてしまう。

ウトウトとしている亜由美を見て唇に笑みを浮かべる。

流石に疲れ切ってしまったのか、すぐに寝息が聞こえ始めた。


「おやすみ、亜由美」


可愛い寝顔にくすりと笑いながら、亜由美の頭を撫でながらそのまま眠りに落ちた。

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