第10話
事件は、美里との会話が物別れに終わってからすぐに起こった。
雨が降る前触れなのか、流れの速い雲はマシュマロをばら撒いたみたいに空をどんどん埋め尽くし、夕焼け色の雲から差し込む光は蒸し暑く、遠い海の香りをたっぷりと含んでいる。オレンジジュースのように甘く色づいた
――自宅のそばに、パトカーが停まっていた。
よく目を
気づいた途端に血の気が引いて、スーパーの袋を落としかけた。菊次が倒れた日に淳美を襲った不安の塊が、呼吸を刹那
駆けつけた淳美を迎えたのは、庭に立った
「あっちゃん……」
浩哉は、初めて昼食をご馳走した時と同じスーツ姿だった。血の気の失せた無表情で、足元の縁石には鞄が投げ出されている。そのすぐそばには
それから――もう一人。淳美は、固い声で言った。
「
浩哉の鞄に寄り添うように、菊次が縁石に腰かけていた。藍色のポロシャツは今朝の散歩の際に身に着けていたものと同じで、淳美を見上げた表情の
「それじゃあ、おじいちゃん。今日は、お話を聞かせてもらったということで、このまま帰らせてもらいますね」
「ああ、はい。それで
警察官は、淳美の両親とさほど年齢が変わらないように見える男性で、はきはきと一字一句をしっかり区切った喋り方をしていたが、語り口は朗らかだった。応じる菊次も温厚で、恐縮して頭を何度も下げる佳奈子のほうが、この光景から浮いて見える。間違いであればいいと、喉の奥がからからになった淳美は一人、沈黙を守りながら願っていた。佳奈子がこんなふうに頭を下げている現実が、何かの間違いであればいい。だが、
「……じーちゃん。家に入ろう。蚊に刺されるよ」
浩哉が菊次の腕を取ろうとしたが、菊次は笑顔を引っ込めて、唇を真一文字に結んだ。突然にむずがる子どものような態度で黙られて、浩哉が困ったように眉を下げる。だがそれは一瞬で「家に入ろうって。ほら、もうすぐ夕飯だよ」と、普段より数段ポジティブな調子で言い募った。浩哉は本当に昔から、強がり方が下手くそだ。佳奈子が、顔を伏せてすすり泣き始めた。
「佳奈子さん……」
淳美は駆け寄り、佳奈子のほつれた茶髪が見ていられなくて、伸ばした手を宙に彷徨わせた。浩哉はまだ、明るい声を無理に出して、菊次の説得に当たっている。暑さでべたつく重い風が、枯れた
「菊次おじちゃん」
全員が、淳美を振り向いた。どの顔にも、表情も色も何もなかった。息を大きく吸い込んだ淳美は、浩哉に比べれば断然
「私と、少し散歩しない?」
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