第27話 きゃらめるれあちーずけーき

 全国的に大粒の雨が降り、それによって体感的に気温が低くなるある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では夕雨達が雨の音を聴きながら一休みをしていた。


「今日も雨が強いですね。まあ雨が増えてきたという事は春が近いって事ですし、暖かくなるのは嬉しいですね」

「花達も咲き誇り、冬眠から動物達も目覚め始めますからね。様々な方にとって過ごしやすい季節になりますが、これから気を付けないといけないのは花粉ですね」

「花粉症の奴からすればだいぶキツいだろうしな。花粉症は花粉が体内に入る事でアレルギー反応が起きる事って前に聞いた事があるけど、スギ花粉くらいしか花粉症って聞いた事はないな」

「たしかにそうですね。花粉症の話題の中で一番聞くのがそれだと思います」

「代表的な物ではありますからね。しかし、花粉症の原因となる植物はそれだけではなく、イネ科やキク科、ヒノキにシラカンバ、他にもヨモギなどもあるようですよ」

「ヨモギにイネ科……ヨモギやお米は店でもたまに扱いますし、それは気を付けないといけませんね」


 雨月は深く頷く。


「花粉症に罹患している方はそれに応じた食物でも反応を示してしまうようですからね。ヨモギの花粉症の方であれば草餅やヨモギの天ぷら、イネ科であれば米粉の食べ物やお米自体が対象になりますし、それをうっかりお出しした結果、という事も起こりうる話ですから」

「まあその辺りは張り紙かなんかで事前申告を頼めば良いな。けど、花粉症になった事でそれのアレルギーになるなんて結構可哀想な話だな」

「はい。軽いものであれば、口腔や咽頭、口唇粘膜への刺激感や痒みなどですが、まれに消化器系統の異常も起こり、最悪の場合、アナフィラキシーショックが起こった事で死に至る場合もあります。蕎麦や小麦などその種類は様々ですが、鶏卵や牛乳、木の実などが症例として多いそうです。以前よりもいらっしゃるお客様の数も増えましたし、雨仁さんが仰ったように張り紙などで事前申告のお願いをしたりそういった食材を使わない物の考案などをこれからより進めていかないといけませんね」


 雨月の言葉に夕雨達は頷く。その時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、紅色の傘を持った赤く短い髪の女性が中へと入ってきた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい……あの、ものすごく面倒な注文をしても大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。因みに、どのようなご注文ですか?」


 夕雨の問いかけに女性は傘を置いてから申し訳なさそうに答えた。


「……小麦粉も卵も使わないケーキって作れますか?」

「小麦粉も卵も……もしかしてアレルギーですか?」

「はい……」


 女性は暗い表情で答えるとカウンター席に座り、小さくため息をついてからポツリポツリと話し始めた。


「……私の名前は麦原らんといいます。私は生まれつき小麦と鶏卵のアレルギー持ちで、これまでもずっと苦労してきました」

「そうでしょうね。ちょうど先程もアレルギーや花粉症について話をしていましたが、実際にそれらによって悩まされている方の苦労は計り知れないと思っています」

「世の中には小麦や鶏卵を使った食べ物や飲み物は色々あるのでそれを避けないといけませんでしたし、アレルギーについて理解されない時もありました。アレルギーなんて甘えだとか好き嫌いを誤魔化そうとしてるだけだとかそれはもう色々な事を言われてきました」

「そういう奴らに限ってアレルギーが原因でその人が倒れたりしたら知らなかったとか止めたのに食べただけだとか言うんだろうな。自分達の保身に走るだけで何も学ぼうともしないそんな愚か者達だろうしな」

「今は理解してくれる友達ばかりだから助かってるけどね。でも、そんな中でも一番困ってるし悲しいのが私だけケーキを食べた事がない事なんです……」

「まあ一般的に卵や小麦粉は使いますからね」


 蘭は哀しそうな様子で頷く。


「……誕生日が来る度に辛かったんです。みんながケーキを美味しく食べられる中、私だけは食べられずに悔しく悲しい思いをしてきましたし、誕生日が近くなるとそれを思い出して辛くなるんです……」

「ふむ、なるほど……因みに、牛乳はアレルギーではないですよね?」

「はい、それは大丈夫です。まああまり得意ではないですけど……」

「わかりました。よし……それじゃあ、雨月さん」

「はい、夕雨さん」


 二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。作業中、その姿に蘭が目を奪われていると、雨花は不安そうに雨仁に話しかけた。


「本当に大丈夫でしょうか……」

「何か考えはあるんだろう。俺達はただ見守っていればいい」

「そう、ですね……」


 雨仁達が見守る事数十分、蘭の目の前には二層になったレアチーズケーキが載せられた皿と薄いオレンジ色の飲み物が注がれたカップが置かれた。


「きゃらめるれあちーずけーき、そしてるいぼすみるくてぃー。お待たせいたしました」

「わあ……これが私でも食べられるケーキなんですね。るいぼすみるくてぃーもどんな味なのか気になるかも……」

「ふふ、それではどうぞごゆっくり」

「はい。それじゃあ……いただきます」


 蘭は手を合わせる。そして添えられたフォークを手に取り、きゃらめるれあちーずけーきの上の層を軽く切り取ると、それを口へと運んだ。


「……美味しい。キャラメルの甘さと生地の爽やかさが心地よくて食べててホッとする。るいぼすみるくてぃーも……うん、牛乳の味わいがルイボスティーの味わいとうまく組み合わさっていて本当に美味しい。これがいつもみんなが味わっていたような幸せなんだ……」

「中には甘いもの自体が苦手でケーキを食べる機会がない人もいますけどね。因みに、ご家族もご友人も本当はレアチーズケーキには辿り着いていたと思いますよ。牛乳があまり得意じゃないという蘭さんの事を考えて口には出せなかっただけで」

「……私、みんなに気を遣わせていたんですね」

「そういう事にはなるかもしれません。ですが、多少他の味が混ざっているとはいえ、麦原さんは牛乳が入っているお菓子もお茶も味わう事が出来ている。なので、それはお話をしてみて下さい。その情報だけでもとても嬉しく思うはずですから」

「そうですね。それに、私だってみんなとこういう美味しさや楽しさを共有したいですし、帰ったら話してみます。皆さん、本当にありがとうございます」


 蘭は頭を下げた後、幸せそうに微笑んだ。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』では夕雨達との会話を楽しみながら蘭が幸せと共にきゃらめるれあちーずけーきを噛み締めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る