第10話 べじたぶるけーき

 強い雨が降り、道行く人々の足が速くなる中、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では雨仁と雨花が雨月の作業をジッと見ていた。


「後はこれで完成です」

「そうか……いつも雨月さんがなんて事ない感じでやってるように見えてる事でもやっぱり色々な工夫がなされてるんだな」

「そうですね。夕雨さんの時もそうでしたけど、色々な工夫があるからこそあんなに美味しい物を作る事が出来、お客様に喜んで頂けるんですね」

「商売をする者としてお客様に喜んで頂くのは大切な事ですからね。それに、私達自身も美味しい物をお互いに作りたいと考えているからこそ毎日のように研究を重ねているのです」

「お客様のためだけじゃなく相手のためでもある……やっぱりお二人の関係は素敵ですね」

「色々な奴に見習ってほしいもんだな」


 雨仁と雨花が頷き合っていると、雨月はクスリと笑った。


「お二人も同じような関係、もしくはそれ以上の関係になれるだけの可能性はありますよ。夕雨さんが仰っていたような人間と女神が恋人同士になるというのは私も別に悪い事だとは思いませんから」

「またその話を……まあ雨花がそんじょそこらのよくわからない奴に付きまとわれたり誰かと付き合って不幸な目に遭わされたりするのは癪にさわるだろうけどな」

「私もまだ出会って数日ですが、雨仁さんには幸せな毎日を送って頂きたいと思っています。でも、やっぱりまだ恋というものはわからないですし、この家族愛のような物が異性への愛に発展するかというと……」

「そこはお二人の今後次第ですね。何かきっかけがあれば親愛が恋愛に発展する事は多いですし、それは人間同士のみならず他の種族同士でも同じ事です。現に人間と別種族が恋に落ち、そのまま夫婦になったという事例を私は幾つも知っていますしね」

「お知り合いにそういう方がいらっしゃるんですか?」

「私の知り合いというわけではないのですが、祭神時代に神社を訪れてくれた他の神が世間話のような形で教えて下さったのです。私は祭神でしたからやむを得ない理由がない限りはあまり神社を離れる事も無かったので、私を視る事が出来る方や訪れて下さる方がいない限りは交遊関係も広がりませんでしたから」


 雨月が微笑みながら言い、雨仁と雨花が頷いていると、奥から夕雨が姿を見せた。


「掃除終わりましたよ、雨月さん」

「ありがとうございます。こちらも本日お教えする事は一通り終わり、雑談に興じているところでした」

「また俺達が恋に落ちたらみたいな話にもなったけどな。ただ、もしそうなったとしても人間と神様じゃ寿命もだいぶ違うだろうから夕雨さん達みたいに一体化したり俺が人間である事を捨てたりしないと長く一緒にいるなんて無理なんじゃないか?」

「あ、たしかに……」

「そうですね。人間の場合は長命な方でも100年と少し生きるのがやっとではありますし、お二人がそれ以上に長く共に生きていきたいと考えるならばそれなりの手段を考える必要があります」

「まあでもそれは後で考えても良いと思うよ。二人の人生はまだまだ長いんだし、その中でお互いに考えながら相談もし合って決めていけば良いんだしね」


 夕雨の言葉に雨仁と雨花が頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、朱色の傘を持った少女が中へと入ってきた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい……なんだかお洒落なカフェだけど、子供っぽい私には似つかわしくない程に大人っぽさもあるところだなぁ……」

「子供っぽいかどうかは問題じゃない。ここに来たという事は何らかの大きな悩みを抱えてるって事だからな」

「大きな悩み……?」

「ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた方達が雨によって導かれてくる場所なんです。だから、貴女も何か辛い気持ちを抱えてるんじゃないですか?」


 少女は少し考えた後、表情を曇らせながら頷き、傘を傘立てに置いてからカウンター席に座った。


「私は愛川あいかわ恋歌れんかといいます。今は冬休みですけど、近くの小学校に通ってます」

「恋歌ちゃんだね。それで、どんな悩みを抱えてるのかな? もしかして学校の事とか?」

「はい……実は私、クラスメートの男の子から嫌われたのか度々嫌がらせを受けていて……」

「嫌がらせを……因みにどのような嫌がらせなのですか?」

「えっと……私が話しかけようとするとこっちに来るなとか近寄られたくないとか言ってきたりかといって他の男の子と話してると不機嫌そうにわざと体をぶつけてきたりして……他にも色々な事をされてるんです」


 それを聞き、雨仁と雨花が心配そうな顔をする中、夕雨と雨月は顔を見合わせてからお互いに笑みを浮かべた。


「それは恐らく……ですよね?」

「はい、私もそう思います」

「え?」

「何かわかったんですか?」

「はい、一先ずは。ですがそれによって愛川さんが傷ついている事は間違いないのでそれについては考えないといけませんね」

「はい……」


 恋歌は表情を再び曇らせると、メニューをパラパラと捲り始めた。そしてある名前を見つけると、その手は静かに止まった。


「べじたぶるけーき……」

「はい。お野菜が苦手な方でも食べられるようにと夕雨さんが考案した物です。そちらになさいますか?」

「はい。私、結構野菜で食べられない物が多いので、ちょっとチャレンジしてみたいです。後は……ほっとここあをお願いします」

「畏まりました。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてその作業風景に恋歌が驚いていた時、雨花は雨仁に話しかけた。


「因みに、雨仁さんはどのような理由があったら異性に嫌がらせをしますか?」

「どんな理由があってもする気はないな。したってしょうがないし、それをして相手から嫌われるような事になったらどうしようもないからな」

「ですよね。それじゃあその男の子は嫌われたくてやっているんでしょうか」

「さてな。それかただ単に気を引き……」

「雨仁さん?」

「……はあ、なるほど。そういう事か」


 雨仁が呆れた様子でため息をつき、雨花と恋歌が顔を見合わせる中、夕雨と雨月は作業を続けた。そして十数分後、恋歌の目の前には綺麗にデコレーションされた一切れのケーキとホカホカと湯気を上げるココアが置かれた。


「べじたぶるけーき、そしてほっとここあ。お待たせ致しました」

「わあ、美味しそう……! これ、本当に野菜が入ってるんですよね?」

「うん、入ってるよ。因みに何種類か入ってるから何が入ってるか考えながら食べてみてね」

「はい! それじゃあ……いただきます!」


 恋歌は手を合わせながら言うと、添えられたフォークを手に取り、一口サイズに切り取ってからそのまま口に運んだ。


「……美味しい! 本当に野菜が入ってるのかわからないくらいちゃんと甘いけど、フルーティーな感じもして本当に美味しいです!」

「それはよかった。それで、どの野菜が入ってるかわかる?」

「えっと……たぶんスポンジの色が黄色いからカボチャは入ってて、ちょっと酸味があるからたぶんトマトもある……でも、後はわからないです」

「他にもニンジンとかホウレン草とかが入ってるね。本当はピーマンとかモロヘイヤみたいな栄養はあるけどあまり好まれない野菜を使ってみたいけど、これはまだまだ研究中だよ」

「いつも真剣に研究してらっしゃいますからね。さて、愛川さんのお悩みですが、これは雨仁さんがわかったようなので答え合わせも兼ねてお話しして頂きましょうか」


 雨月の言葉に対して雨仁は頷くと、恋歌の顔を見ながら口を開いた。


「……愛川、その男子はお前が好きだからこそそんな子供っぽい事をしてるんだと思う」

「え?」

「好きだからこそ……ですか?」

「ああ。世間ではそういう奴も普通にいるみたいで、照れ隠しとか気を引きたいがためにそういう事をするみたいだ。因みに他の男子と話しててぶつかってくるのは単なる嫉妬だな」

「少し前まで普通に話してくれてたのにいきなりそんな事をしてきたのはそういう理由があったからなんだ……」

「ああ、たぶんな。けど、俺は本当に子供っぽいと思う。照れ隠しだったとしても相手が傷ついてそれが将来的なトラウマになる可能性を一切考えてないし、ぶつかった時にうっかり転倒させてそれが一生ものの怪我になる可能性すらも考えてないように感じた。まあまだ精神が幼いからと言えばそこまでだけど、俺だったら照れ隠しだったとしても相手が傷つくような事はしたくない。それが相手を愛するって事だろうからな」


 雨仁が恋歌を見つめていると、恋歌の頬はほんのり赤くなり、そのまま軽く俯いた。


「私、その子とちゃんと話してみます。そして本当にその子が私の事を好きなんだとしたらしっかりと答えを出そうと思います」

「それが良いだろうな。とりあえず頑張ってみろ、愛川」

「はい……」


 恋歌の顔がすっかり赤くなっていると、それを見ていた雨花が夕雨に話しかけた。


「夕雨さん」

「なに?」

「私……病気なんでしょうか。雨仁さんを見てると胸の奥が熱くなるのに愛川さんを見るとなんだか胸の奥がモヤモヤするんです」

「……そっか。まあ風邪みたいな病気ではないし、モヤモヤはあまりいい気分ではないと思うけど、それも含めて大切にしてほしいかな」

「大切に……ですか?」

「そうですね。その答えを私達は知っていますが、それは雨花さん自身が見つける事で初めて意味を成しますから」

「……わかりました」


 雨花が頷いた後、夕雨と雨月は雨花と雨仁を見ながら微笑ましそうな顔をした。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』では恋歌が積極的に雨仁に話しかけ、それを雨仁が面倒臭そうに答えて、雨花が少し不安そうに見守る中で夕雨と雨月は後片付けをしながら三人の様子をニコニコ笑いながら見ていた。

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