第4話 れもんぱい

 強い雨が降り、肌寒い風と雨の冷たさに人々が頭を悩ませるある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では夕雨達が掃除をしていた。


「今日も雨だけど……やっぱり暖冬だからなんですかね?」

「そうですね。だからか他の雨を司る神々も冬や雪を司る神々と話し合いをする毎日なのだそうです。新年会でもそのお話をしていたそうですし、雨や雪、霙といった天気がしばらくは多くなるかもしれませんね」

「それだと人間の皆さんは大変そうですね……雨仁君は大丈夫ですか? お店の中は暖かいですけど……」

「これが冬だからな。このくらいで音を上げるわけにはいかないだろ。夕雨さん、ここはこんな感じで良いのか?」

「どれどれ……うん、バッチリだよ。雨花ちゃんの方はどう?」

「こっちも大体は終わった……と思います」


 それを聞いた夕雨が見に行く中、雨月はその様子に対して微笑ましそうな視線を向けた。


「まるで年の離れた姉妹のようですね。お互いにもう少し年が離れていれば親子のようだったと思いますが、その場合は雨音さんや灯雨さんのお子さんのような年齢の方が自然ですね」

「雨仁君も小学生の中学年くらいで、雨花ちゃんも見た目はそのくらいですからね。なので、四月には雨花さんも同じ学年として編入をするわけですが、時雨さん達と同じ学校だと聞いた時には驚きましたね」

「あはは、そうでしたね。でも、だからこそ安心出来ますよ。事情を知っている人がいる安心感というのはやっぱり良いものですから。二人も新年に会ったけど、間白ちゃんは良い子だと思うでしょ?」

「あ、はい。無理無く距離を詰めてくれたのでとても話しやすかったです」

「まあやりやすいというのは間違いないか。それにしても編入か……こういう時によく聞くのは転校だけど、転校と転入と編入はどんな違いがあるんだろうな……」


 雨仁が不思議そうに言うと、雨月は微笑みながらそれに答えた。


「どれも似たような意味に思えますが、転校と転入は同じような意味で通っていた学校から別の学校に移る事であり、編入は通っていた学校を一度退学して別の学校に再入学する事を指します。なので、雨仁さんは転校または転入、雨花さんは形式的には編入が正しい事になりますね」

「再入学……でも、それだと同じ学年にはなれないんじゃないんですか?」

「それなのですが、年神様によれば外国からの帰国子女という事にするようで、その場合は原則としてその年齢に応じて小学校や中学校、もしくは義務教育学校の相当学年に編入学する事になっています。そして雨花さんは幼いながらも女神なので人間の年齢とは異なりますが、夕雨さんが先程仰ったように見た目は小学生の中学年に見えますし、雨仁さんや時雨さんと同学年として編入をしても違和感はないと思います。実際、夕雨さんのご実家に年始の挨拶に伺った際もどなたも初めは人間の女の子だと思ったようですしね」

「たしかにそうだったな……」

「なので、問題はないと思いますよ。時雨さんを含めてここにいらして下さった事がある方は事情を知っていて下さいますし、雨花さん自身も初めての方が相手でも問題なく話す事が出来るようでしたしね。ですが、何か不安な事があれば遠慮なく仰って下さい。もちろん、雨仁さんも」


 雨花が大きく頷き、雨仁が仕方ないといった様子で頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、水色の傘を持った少年が中へと入ってきた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「は、はい……こんなに大人っぽさがあるカフェに入っても良かったのかな……」

「もちろん、構わないよ。君と同じくらいの年齢の子も普通に来てくれるし、ここに来られたって事は君も悩みを抱えている筈だからね」

「悩み……?」

「まだ少し信じきれてないけれど、ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた奴らが雨によって導かれるカフェらしいからな。夕雨さんが言ったようにお前も何か辛くなる程の悩みを抱えているんじゃないのか?」


 雨仁の問いかけに少年は少し考えた後、小さくため息をつき、傘を傘立てに置いてからカウンター席に座った。


「……僕は転石ころびしまなぶといいます。近くの小学校に今度から通う事になっているんですけど、それが本当に不安で……」

「つまり転校生ってわけだね。私はそういう経験がないけど、やっぱり本人からすれば不安でいっぱいだよね」

「俺は別に不安はないけどな。強いて言うなら、転校生だから興味本位で近づいてくる奴らがいるだろうと思って憂鬱になってるくらいだ」

「私は四月からではありますが、少し不安かもしれませんね……ところで、その学校というのは?」


 雨花が聞くと、学は照れた様子で軽く顔を赤くしながら学校の名前を答えた。そしてそれを聞いた夕雨は嬉しそうに笑った。


「そこはこの二人が今度から通う学校だよ。こっちの雨仁君は冬休み明けで、こっちの雨花ちゃんは四月からだけどね」

「あ、そうなんですね……でも、僕は馴染めるのかな……」

「ふむ……まだ不安はあるようですね」

「はい……」


 学は小さくため息をつくと、メニューをパラパラと捲った。そしてあるページを見ると、その手はゆっくりと止まった。


「れもんぱい……」

「はい。酸味と甘味の調整も出来ますがそちらになさいますか?」

「あ、はい……あとはこうちゃをお願いします」

「畏まりました。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてそのスピードとコンビネーションに学が驚く中、雨花は羨ましそうな顔をした。


「本当にお二人が協力をして作業をしている姿は美しいですよね……あそこまでの速度も欲しいですが、あんな風に誰かと協力しながら作業が出来るようになりたいです」

「なりたいと思うだけなら誰だって出来る。後はそうなるためには何をすれば良いか考えるべきだろ」

「何をすれば良いか……」

「転石……だったか。お前も不安を感じるだけじゃなく、どうすれば学校の連中に馴染めるか考えてみたらどうだ? もちろん、流されるだけだと馴染んでいる事にはならない。ちゃんと自分という物を持った状態で友達を作り、学校生活を楽しいものにしていけるか考えないと卒業をしても同じような事にしかならないぞ」

「どうすれば馴染めるか……」


 学が考え込む中、それを聞いていた夕雨と雨月は作業をしながら嬉しそうに笑い合った。そして先程開始から十数分後、学の目の前にはホカホカと湯気を上げるレモンパイが載せられた皿と紅茶が注がれたカップが置かれた。


「れもんぱい、そしてこうちゃ。お待たせ致しました」

「わあ、美味しそう……」

「香りも良いですし、こんがりと焼けた見た目も食欲をそそりますね」

「ふふ、ではごゆっくりどうぞ」

「はい。それじゃあ……いただきます」


 学は手を合わせながら言うと、添えられたフォークを手に取り、サクサクと音を立てながら一口サイズに切り取ってからそれを口に運んだ。


「……美味しいです! レモンの爽やかさとサクサクとした食感も気持ちが良いですし、甘味と酸味も程よくて食べていて幸せな気持ちになります。そういえば、甘味と酸味は調整が出来るんですよね?」

「うん。今回は特にそういうのが無かったみたいだったけど、もう少し酸っぱくとか甘くとか言ってくれたらそういう事も出来るよ」

「そうなんですね……! なんだか色々試してみたくなりました!」

「ふふ、またいらして頂いた時には色々試してみて下さい。さて、転石さんのお悩みですが……これは雨仁さんが仰っていた事が正しいと思いますよ」

「どうすれば馴染めるか考える、という事ですよね……」


 学の言葉に対して雨月は微笑みながら頷く。


「はい。中には積極的に話しかけていける方や自然と周囲の人々を惹き付ける方もいます。ですが、それはあくまでもその方の特性のような物であり、そうではない方は転石さんのように不安を感じたり何か手段はないかと考えたりすると思います。なので、転石さんもどうすれば同じクラスの方や同学年の方とまずは馴染んでいけるかを考えるのが一番だと私は思います」

「それを足掛かりにって事ですよね……」

「そういう事だね。ちょうど良いし、雨仁君が学君のこっちでの最初の友達になってあげたら? 雨仁君はあまり不安は無さそうだけど、ここで出会ったのも何かの縁だと思うしね」

「夕雨さん……はあ、まあ良いか。転石、夕雨さんの提案だからとりあえずこっちでの最初の友達になる。だけど、すぐに俺以外の友達も作れ。俺がいるからと甘い考えを持ち続けているとすぐに縁を切るぞ。良いな?」

「うん! こうして助言も元気も貰えたし頑張ってみるよ! 雨仁君、雨花ちゃん、これからよろしくね」


 嬉しそうな学の言葉に雨仁と雨花が頷いていると、それを見ていた夕雨と雨月は安心したように笑い合った。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』では学が雨仁と雨花に嬉しそうに話しかけ、夕雨と雨月は保護者としての嬉しさを感じながらその様子を静かに見ていた。

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