第3話 くろまめせんべい

 雨がしとしと降り、地面が濡れていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』は多くの客で賑わっており、その様子に天雨創地はふぅと息をついた。


「……大盛況だな。一昨日おととい昨日と多くのお客さんは来てくれたが、ここまでの盛況ぶりはワシが店をやっていた時でも見た事がない。それだけ夕雨と雨月が人の心を癒し続けてきたからなんだろうな」


 店内を見回しながら嬉しそうに言うと、カウンター席に座っていた晴れ着姿の晴田大空は静かに笑った。


「夕雨達、雨の日にお店を開く以外にも色々な事をしてくれてますからね」

「お店を使って料理教室を開いてくれたりお祭りの時には出張店舗みたいなのを作ってくれたりしてますしね」

「だからこそ俺達も度々こうしてお店に来たくなるんです。今日は年始の挨拶で留守だったみたいですけどね」

「昨夜、突然連絡があったからなぁ。まあ今日留守な分、ワシがしっかりもてなすとしよう。二人ほどの速度では提供出来ないがな」

「いやいや、十分なスピードだと思いますよ?」

「たしかにな……一人でここまでの人数を捌き、それでいて提供スピードも遅いとは感じない程。流石はここの元店主だな……」


 雨宮黒羽の言葉を肯定するように時雨間白が頷くと、創地は大きな口を開けて笑った。


「はっはっは! ワシもまだまだ現役という事だ! まあ、雨月のように様々な雑学までは話せないからそこはアイツらならではのサービスと言えるだろうな」

「祭神だった頃から様々な本を読んで知識を得て、今でも色々な知識を求めているみたいですからね。いつでもためになる話を聞く事が出来ていますし、今度は自分の話のネタにも出来るので結構助かってますよ」

「雨月さんもそうだけど、夕雨さんもスゴいよなぁ……お菓子を始めとした料理を色々作れる上にオルガンやピアノも弾けて、加えて裁縫なんかも出来るってこの前聞いたからそれを聞いて雨月さんとは本当に相性ピッタリだと思ったよ」

「夕雨さん、学生の頃は数字を書いた鉛筆が相棒だって言ってましたからね。その代わり、音楽や家庭科はいつも成績が良かったみたいですし、もしかしてそういう選択教科なら他のも得意だったりするのかな?」

「それは本人に聞いてみないとわからんな。さて、そろそろ他の作業も……」


 そう言いながら創地が作業に移ろうとしたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、伊邪那岐命を含めた五人の男女が中へと入ってきた。


「いらっしゃ……ほう、雨月や年神と同じような力の気配を感じるが、お前さん達も神の類いか?」

「いかにも。私の名は伊邪那岐命、国産みをした神だ」

「い、伊邪那岐命……!?」

「雨月さんよりも明らかに位が高い上に神話で名前をよく聞くような神様じゃないか!?」


 伊邪那岐命達の来店に常連達が驚く中、創地だけは面白そうに笑みを浮かべた。


「一昨日、夕雨がワシの料理を食べたい客がいると言っていたが、お前さん達がそうか?」

「そうだが……私達が来ても驚かないのだな」

「はっはっは! 人間だろうと神様だろうと店に食べに来てくれたなら等しくお客だ。それに、神としての位こそ違えど神様の客なら初めて来た時の雨月や年神で慣れたからな。ワシの料理を食べたいと言うなら、喜んで作るとも」

「かたじけない」

「構わんさ。ところで、何かリクエストはあるのか? 一応、あの二人が考えたメニューなら全て作れるが、それ以外でもイメージがつくものなら作る事は出来るぞ?」

「そうだな……伊邪那美命達はどうしたい?」


 伊邪那岐命の問いかけに伊邪那美命達は思い思いの言葉を口にした。


「色々な場面でお酒を飲む機会が多かったから少し胃に優しい物が良いかしらね」

「俺はアンタにとって自信がある一品をお願いしたいな」

「私はそこまでこういった場所に来た経験がないのでオススメがあればそれをお願いしたいです」

「私は……せっかくお正月なのでお餅を使った物が良いですね」

「くくっ、全員が見事にバラバラな感じだな。伊邪那岐命、お前さんはどうする?」


 創地からの問いかけに伊邪那岐命は少し考えてから答えた。


「私は酒に合いそうな物が良いか。未成年がいる中でそういう物をここで注文するのは少し気が引けるけれどな」

「食べたい物があるなら好きに食べたら良い。夕雨達からも聞いているが、神々の新年会だの参拝客への加護だので色々疲れてるんだろう? だったら、飲みすぎなければ別に構わんさ」

「……感謝する。では、よろしく頼む」

「ああ、任された。さて……全力で臨むとするか」


 創地は袖を捲り直すと作業に取り掛かり始めた。その作業のスピードこそ夕雨と雨月に劣っていたものの、作業の丁寧さや技術は二人以上であり、その光景に店内にいた誰もが息を漏らした。


「これはスゴいな……」

「夕雨さん達の作業も丁寧だけど、それ以上に丁寧にしながらも他の事も同時にやってるし、そもそも行動自体に無駄がない……」

「なるほど、これがあの二人の師の実力か。どうだ? 神々の宴会に来て、その腕を振るう気はないか?」

「くくっ、それも面白そうだな。褒美や名声には興味はないが、神々に腕を振るえる機会なんて普通なら一生に一度もないからな。スケジュールを組めるように考えておこう」

「ふふ、楽しみだな」


 伊邪那岐命が楽しそうに言う中、創地は作業を続けた。そして数十分後、伊邪那岐命達の目の前にはそれぞれの注文に沿った物が置かれた。


「くりむしぱんにるいぼすてぃー、まっちゃだいふくにりょくちゃ、ぷりんぱふぇにほっとこーひー、ふるーつぜんざいにあまざけ、そしてくろまめせんべいと……にほんしゅのりょくちゃわり。おまちどおさま」

「明確な名前を出していないのに全員分がこんなにもすぐに……」

「この実力、たしかなようだな。そしてわざわざ酒まで出してもらってすまないな」

「良いさ。ワシも仕事が終わったら一杯やる予定で仕込んでいたものだからな。そこの少年……雨宮、といったか。お前さんのとこの日本酒を使わせてもらった。夕雨達も感謝はしたと思うが、後で親御さん達に礼を言っておいてくれ。美味い酒を分けてくれて本当にありがとうとな」


 その言葉で黒羽に視線が向くと、黒羽は一瞬驚いてから少し照れた様子でふんと鼻を鳴らした。


「……ウチの両親だって日頃から酒造りのために血の滲むような努力をしてきてるからな。だが、僕が後を継いだらそれよりも美味い酒を作るつもりだ。それも提供はするから、それまで長生きしてもらわないと困るぞ?」

「当然だ。それじゃあ食べてみてくれ」

「ああ。それでは……」

『いただきます』


 伊邪那岐命達は揃って手を合わせながら言うと、それぞれの目の前に置かれた物を食べ始めた。


「……本当に美味しいわ。蒸しパン? というのは食べた事が無かったけれど、ふわふわとしている中で栗の風味がじんわりと広がっていくし、このルイボスティーというお茶も優しい味で私は好きよ」

「このまっちゃだいふくも本当に美味いな! 苦味の中にしっかりとした甘さもあって、生地もちゃんともちもちとしてるから食べてて心地良いぜ!」

「私もこのプリンやパフェという食べ物は初めてですが、和菓子ともまた違った美味しさがありますし、こちらの紅茶との相性も実に良いですね」

「ふるーつぜんざい……ただのぜんざいではなく果物も入っている事でより豪華な物になっていて得した気分になりますし、甘酒も実に美味しいです」

「日本酒を緑茶で割るというのも中々美味いな。そしてこの黒豆煎餅もしっかりとした歯応えがある上にとても味わい深い。これは実力を認めざるを得ないな。そなた、名前は何という?」

「天雨創地、この『かふぇ・れいん』の前身となった『Cafe 天雨』の元店主で今は老人ホームの食事担当をしているただのジジイだ」


 創地の言葉に伊邪那岐命はふふっと笑う。


「ただの、というには実力がありすぎると思うがな。だが、名前は覚えたぞ。今後もその味を楽しみたくなったら訪ねても良いか? 創地よ」

「ああ、いつでも来てくれ。だが、ワシがまだ料理出来る内に来てくれよ? ワシもただの人間だからいつ体にガタが来て料理どころか日常生活すらまともに出来なくなるかわからないからな」

「もちろんそうしよう。創地よ、美味い物を作ってくれて本当にありがとう」

「どういたしまして。さあ他のみんなも食べたい物があるならじゃんじゃん言ってくれ。もちろんその分の代金は貰うがな」


 創地がニヤリと笑いながら言った後、常連客達は緊張がほどけた様子で大きく頷き、メニューを見ながら様々な物を注文し始めた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では常連客達が自分達のグループや伊邪那岐命達と賑やかに話す声で満ちており、創地はそれを満足そうに見ながら寄せられた注文を次々に捌いていった。

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