第2話 くろまめぷりん

 強い雨が降り続け、地面に大きな水溜まりが次々と出来ていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では夕雨が雨仁と雨花に対して店の中の説明をしていた。


「それで、ここに食器類があって、食材は種類に応じて保存方法を変えてるよ」

「な、なるほど……」

「当然ではあるけど、食材も常に新鮮なんだな。さっき軽く掃除はしていたけど、常日頃から掃除をしてるような感じもするし……」

「ここに来てくれるお客さんにはいつも気持ちよく食事をしてもらいたいからね。まあ抜き打ちで天雨さんがチェックをしに来るから気を抜けないっていうのもあるんだけどね」


 夕雨が苦笑しながら言うと、奥から雨月と創地が姿を見せた。


「当然だ。ここはワシにとっても大切な場所なのだからな」

「そうですよね。なので、これからもしっかりと管理をしていきますよ」

「そうですね。雨仁さん、雨花さん、ここに来て一日が経ちましたが、やっていけそうですか?」

「まだお仕事のお手伝いを出来ていないのでハッキリとはわかりません。でも、ここに置いてもらえる分、私はちゃんとお二人のお手伝いをするつもりです」

「しないわけにもいかないからな。まあ昨日は結局ここに来た客達から質問責めにあって手伝い云々の話まではいかなかったけどな」

「後任の件は皆さんからも心配はして頂いていましたからね。さて、近日中にお二人用のエプロンや前掛けを用意しないといけませんね。夕雨さん、裁縫はお願いしても良いですか?」


 雨月の言葉に夕雨は微笑みながら頷いた。


「はい、任せてください」

「え、夕雨さんってお裁縫も出来るんですか?」

「昔、お母さんから教わってたし、お姉ちゃんや妹にも色々編んであげたりしてたからね。色々工夫されてる洋服なんかは流石に時間がかかるだろうけど、簡単にだったらエプロンや前掛けくらいは作ってあげられるよ」

「楽器の演奏も出来てお裁縫も出来、お菓子を始めとした様々な料理も作る事が出来る。やはり夕雨さんはスゴいですね」

「そんなことないですよ。あ、そうだ……近い内に私の実家に年始の挨拶に行くんだけど、その時に二人にも来て欲しいんだ」

「え、良いんですか?」


 雨花が驚く中、夕雨は頷きながら答える。


「もちろん。ウチにこんなに可愛い子やカッコいい子が来てくれたんだよって見せに行きたいからね」

「か、可愛いって……」

「お世辞だろ。まあ少なくとも前の学校にいた女子よりは容姿は整ってると思うけど」

「おや、そうなのですか?」


 雨月の言葉に雨仁は静かに頷く。


「男子人気が高い女子は普通にいたけど、俺から見れば別に大したことないと思ったからな。それに比べたら雨花はまだ容姿は整ってるし、色々頑張ろうとしてる。そこは評価出来ると思ってる」

「そ、そんな事……でも、ありがとうございます。雨仁さん、一緒に頑張っていきましょうね」

「……ほどほどにな。ところで、客はまだ来ないんだな。昨日結構来てたからしょっちゅう来るもんだと思ったんだけど」

「そうですね。まだ皆さんがいらっしゃる時間帯ではないようです。ですが、ちょっと変わったお客様なら今からいらっしゃるようですよ?」

「え?」


 雨花が不思議そうな顔をしていると、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、豊与世司尊ほうよせいじのみこと地恵芽生尊じけいがせいのみことの二人が中へと入ってきた。


「小花!」

「豊与世司尊様……」

「ああ、お二人だったんですね。たしかにちょっと変わったお客様ではありますね」

「……誰だ? 雨花の知り合いのようだけど……」

「豊与世司尊さんは私が祭神をしていた神社の現祭神で、地恵芽生尊さんはあらゆる神々の監視役をしてらっしゃる方。お二人とも私とは同時期に神として生まれた方ですよ」


 雨月が説明をする中、豊与世司尊は雨花を見ながら安心したように微笑んだ。


「元気そうでよかった……年神様に呼ばれて修行を取り止めたようだったと昨日聞いて心配していたし、ここに来てから初詣に来てくれた人からここの手伝いを始めたみたいだと聞いていたから人がまだ来ない内に様子を見に来ようと思ってたんだ」

「昨日の内に豊与世司尊から一緒にここへ行って欲しいと連絡が入ったから私も来たのだが、あまり心配はいらなかったようだな」

「うん、そうだね。小花……いや、今は雨花だったね。君もわかっているようにこの二人は本当に良い人だし、ここにお客さんで来る人達だってみんなが良い人だ。だから、安心してここでの手伝いをしてくれて大丈夫だからね。あと、少し落ち着いたら僕のところに様子を教えに来てほしいな。短い間だったけど、君の世話係をしてたからこそ色々心配になるからね」

「豊与世司尊様……はい、もちろんです。良い報告が出来るように無理ない程度に頑張りますね」

「うん。はあ……安心したらちょっとお腹が空いちゃったな。夕雨さん、雨導月絆尊、申し訳ないけど何か出してもらう事って大丈夫かな?」


 豊与世司尊の言葉に雨月は微笑みながら頷いた。


「はい、大丈夫ですよ。地恵芽生尊さんもご一緒にどうですか?」

「……安心したのは私も同じだからな。せっかくだから食べていくか」

「わかりました。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合うと、そのまま作業に取り掛かった。そして豊与世司尊と地恵芽生尊が揃ってカウンター席に座る中、雨月は作業をしながら雨花達に話しかけた。


「雨花さん達も席に座ってください。一緒に作ってしまいますので」

「え、良いんですか?」

「みんなで食べた方が楽しいだろうしね。豊与世司尊さん達もそうですよね?」

「そうだね」

「なら、その言葉に甘えるとするか」

「……そうだな」


 創地達も席に座る中、夕雨と雨月は作業を続けた。そして十数分後、五人の目の前にはガラスのグラスに盛られた黒いプリンと湯呑み茶碗に注がれた緑茶が置かれた。


「くろまめぷりん、そしてりょくちゃ。お待たせ致しました」

「くろまめぷりん……また変わった物を出してきたね」

「黒いプリンならば黒ごまプリンがあるが、これは正月によさそうなプリンだな」

「黒豆自体も表面に載せてますし、煮汁を使って作ったものなので無駄のないものに仕上がってますよ。もっとも、ネットで見つけた物を更に私流にアレンジしたものなんですけどね」

「それでもしっかりとした物に仕上がっているように見えるぞ。では……」

『いただきます』


 五人は声を揃えて言うと、添えられたスプーンを手に取り、それぞれのペースで食べ始めた。


「……美味しいです! 黒豆の味もしっかりとしますけど、甘さも程よくて舌触りも滑らかなのでとっても食べやすいです!」

「黒豆もプリンになるんだな……」

「工夫次第で料理など幾らでも出来るんだからな。それにしても、この味ならもう少し工夫が出来そうだな……後でレシピを見せてみろ。ワシも自分なりに工夫をしてみたいからな」


 ニヤリと笑う創地の姿に夕雨は苦笑いを浮かべる。


「あはは……その調子だとこの味も今日の内に超えられそうですね。さてと、これで豊与世司尊さんも一安心ですね」

「そうだね。雨花、君は自分が司れる物が見つからなくて焦っているだろうけど、そんなに焦る必要はないよ。君は生まれてまだそんなに経っていない幼子なんだから色々な物を見て学んで成長していって。その内に自分がやってみたい事や得意な事は見つかっていくはずだからさ」

「司る物ってそんな簡単に決めて良いのか? イメージとして自分よりも上位の存在に授けられる物だと思ってたんだけど」

「いや、自分で司りたい物をまずは見つけ、それに向けて力をつけていくのが一般的なやり方だ。中には生まれつき強大な力を持っているがためにそれに応じた物を司る神もいるが、私達も昔はそうだった」

「やはり、ワシらのような人間にはわからない神々の世界ならではのルールややり方というのはあるんだな。まあ豊与世司尊が言うようにゆっくり探していけば良い。雨月は知識が抱負で、夕雨は多くの人間を惹き付けるだけの力があるから、二人から学べる事は多いだろうからな」

「はい。色々大変だと思いますが、私も精いっぱい頑張ってみます。もちろん、雨仁君と一緒に」

「……まあこうなった以上は手伝ってやるか。雨花、とりあえず無理だけはするな。こんなにも心配してくれる奴がいるんだからな」

「はい、もちろんです!」


 雨花が嬉しそうに言い、夕雨達は安心したように笑った。そして雨が少し弱まる中、『かふぇ・れいん』の店内では豊与世司尊達が楽しそうに話し、その後も初詣や各々の用事を多くの客が訪れた事で店内は更に賑やかな物になった。

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