最終話 そばなぽりたん

 強い雨が降り注ぎ、地面が水浸しになっていく大晦日。『かふぇ・れいん』で夕雨達が伊邪那岐命達と共に穏やかな時間を過ごしている中、とある地方にある老人ホームのキッチンでは天雨あまう創地そうちが料理を作っていた。


「今日も雨が強いな……あの二人にとっては開店をする良い日ではあるが、普通の人間達にとっては歳末にこの雨は困るだろうな」

「まあそうだろうな。ところで、何を作っているのだ?」

「それは出来てからのお楽しみだ。さて、“二人とも”。そろそろ話をしてやろうか」


 手を止めてから創地が背後を振り返ると、そこには年神の他に暗い目をした少年と和装の少女の姿があり、少年は軽く俯きながら創地を睨みつけた。


「……俺に構うな、そう言った筈なんだけどな」

「構うなと言われても構わないわけにはいかないんだ。そんな歳で天涯孤独てんがいこどくになったんだから素直に大人に頼っておけ。家族と言えるのが亡くなったあの人だけだったんだからな」

「うるさいな……年寄りは説教をしないと気が済まないのか?」

「ジジイになると説教臭くなるもんだ。さて、それじゃあ話すが……お前達二人には明日からある二人の元で暮らしてもらう」


 作業を再開しながら創地が静かに言うと、和装の少女は不安そうな顔をした。


「あ、あの……その二人というのは……」

「安心しろ、少なくともお前さんにとっては知ってる二人だ」

「そ、それって……!」

「……ふん、俺にとっては知らない相手なんだけどな。そもそも俺とコイツはその二人にとってどういう立場になるんだ?」

「お前達二人は居候兼店の手伝いだ。雨仁あまとはウチの息子夫婦の養子になってもらっているが、明日からはワシが信頼している二人のところに住みながら学校に通ってもらう。因みに、転校届はもう出してあるからな」

「本人の了承も得ずにやるなんて大人のやる事じゃないと思うけどな」

「だが、通っていた学校でもそんなに馴染めていなかったんだろう? 親無しという事でからかわれたり嫌がらせを受けたりしていたとお前のお祖父さんである神原かんばらさんから聞いていたしな。それなら環境を変えるのは別に悪くないと思うが?」


 創地の言葉に神原雨仁は目に怒りの炎を宿す中、その様子に和装の少女が怯えたような顔をしていると、年神はその頭を優しく撫でた。


「安心しろ、雨花うか。たとえ小僧が怒りに任せて暴力に走ったところでワシが止めるからな」

「は、はい……それにしても、この雨花という名前は中々慣れないですね……」

「以前の自分からの脱却として改名をしたばかりだからな。慣れないのも仕方ない。これから呼ばれなれるようにしておけ」

「はい……ところで、私は学校という物に通わなくて良いのでしょうか?」


 雨花が不安そうに聞くと、年神はふむと言ってから顎に手を当てた。


「そうだな……戸籍も俺の伝手を使えば作る事は出来、編入という形で学校に通わせる事は出来るが、雨花はどうしたい?」

「……何かのために行っておきたいです。もしかしたら何かの役に立つかもしれませんから」

「わかった。春には通えるように取り計らおう」

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。さて創地、そろそろ出来る頃か?」

「ああ、出来た。今盛るから少し待ってくれ」


 創地は皿やフォークなどをテーブルの上に手早く準備すると、出来上がった料理を慣れた様子で盛り始めた。そしてそれが終わると、達成感に満ち溢れた様子で額の汗を軽く拭った。


「そばなぽりたん、そしてそばちゃ。おまちどおさま」

「ほう、そばなぽりたんとは中々変わった名前だが、その名の通り、これは蕎麦で作っているのか?」

「そうだ。そば粉を使ったパスタというのもあるが、今日は大晦日だからな。年越し蕎麦代わりにこれを作る事にしたんだ」

「美味しそう……」

「……まあ、匂いや見た目は悪くないか」

「素直じゃないな。さて、ゆっくり食べてくれ」

「ああ。それでは、いただきます」


 年神に続いて雨仁と雨花は手を合わせながら言うと、フォークを手に持ってそばなぽりたんを一口分巻き取り、そのまま口に運んだ。


「……お、美味しい! どんな味なんだろうって思っていましたけど、とても美味しいです!」

「……悪くない、な」

「蕎麦は蕎麦つゆで食べた方が美味いと思っていたが、これもまた違った味わいで美味いな。この食べ方は一般的なのか?」

「人によるだろうが、これもまた蕎麦の味わい方の一つというわけだ。良い機会だから向こうに着いたらあの二人にも振る舞ってやるのも悪くないな」

「はっはっは、そうだな。さて、これを食べたら出発するとしよう。ここからあの街まではだいぶ距離があるのだからな」

「ああ、そのつもりだ。そのために今の内に息子夫婦に二人の荷物を用意させていたんだからな」


 創地がニッと笑いながら言うと、雨仁は創地をジロリと見た。


「ムカつくくらいに用意周到だな」

「飲食店の営業をしていたんだ。このくらいの手際の良さは嫌でも身に付く。そしてお前達にもいずれはそうなってもらうぞ」

「勝手な事を……まあここまで裏で手を回されているなら諦めた方が良いんだろうな」

「ああ、そうしておけ。とりあえずゆっくり食べていて良いぞ。その方が明日から頑張るための活力になるからな」

「は、はい……!」


 雨花は少し緊張した様子で答えると、そばなぽりたんを再び食べ始め、雨仁も同様にそばなぽりたんを食べ始めると、創地は満足そうに頷いた。


「子供はしっかりと食べてしっかりと眠って成長するのが仕事だ。お前達、種類こそ違えど二人とも色々な物を抱えているが、素直に大人や周りの奴らに頼っておけ。一人で抱え込んだところで意味はないからな」

「創地の言う通りだ。抱え込んだ後、それが爆発して取り返しのつかない事になる可能性もあるのだからな」

「取り返しのつかない事……」

「なったらその時はその時だ。それで、俺達が行かないといけないのはどこなんだ?」


 雨仁が警戒した様子で聞くと、創地は年神と頷き合ってからそれに答えた。


「お前達がこれから世話になるのは雨の日限定で開店をし、押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた者達が雨によって導かれてくるカフェ、『かふぇ・れいん』。そしてお前達の保護者となるのは、虹林夕雨と虹林雨月の二人だ」

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