第64話 あんころもち

 少し強い雨が降り注ぎ、雨に濡れまいとする人々が足早に歩いていく大晦日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では珍しい客が穏やかな時間を過ごしていた。


「ふう……美味いな。以前も我が子に持ってこさせたが、これは他の神々も話題にし、中には足繁く通う者も出るわけだ」

「そうね。年神もここの事をよく話していたから興味はあったけれど、これなら定期的に来るのも良いかもしれないわ。けれど、貴方達以上の味を出す人もいるのでしょう? それならそれも味わってみたいわね」

「ふふ、近い内にいらっしゃる予定なのでまたお越し下さい。“伊邪那岐命いざなぎのみこと様”、“伊邪那美命いざなみのみこと”様」


 雨月が微笑みながら言うと、伊邪那岐命は静かに頷いた。


「ああ、そうしよう。その時には須佐之男命すさのおのみこと天照あまてらす、月読命も連れてくるとするか。今回は三人とも別用で来られなかったが、来たがってはいたからな」

「あはは……その時には流石に緊張しちゃいそうです。そういえば、今まであまり疑問に思いませんでしたけど、お二人は今でも仲がよろしいんですね。伊邪那岐命様と伊邪那美命様は伊邪那美命様が亡くなられた後に伊邪那岐命様が約束を守らなかった事で伊邪那美命様がお怒りになってそれ以来会う機会がなかったイメージなんですが……」

「ああ、黄泉よみの国での出来事か。人間達に伝わっている神話には書かれていないが、あの後に私もしっかりと反省をして、伊邪那美命に謝りに行ったんだ。伊邪那美命は妹でもあるが、大切な妻でもあるからな」

「私もすぐに許す気はなかったけれど、何度門前払いにしても来るものだから根負けしたの。因みに、黄泉よも竈食へぐいを食べてもこうして現世に来られているのは、どうにかこちら側でも行動出来る器を作ってそれに宿っているからよ。そうじゃなきゃ黄泉の国からは出られないからね」

「伊邪那岐命様と伊邪那美命様の和解には多くの神々が安心したようですよ。特に伊邪那美命様が亡くなられたきっかけとなった火を司る神で火之迦具土神ひのかぐつちのかみさんは涙を流して喜ばれたそうで、伊邪那岐命様も伊邪那美命様との和解の後に火之迦具土神さんに謝罪をなさったそうです」

「伊邪那美命を亡くした悲しみに暮れていたとはいえ、私の勝手な都合で我が子である火之迦具土神を手にかけたからな。それくらいは当然の事だ」

「私達の場合、何かのきっかけですぐに子供が産まれるからそういう事も起きかねないのよね。もっとも、火之迦具土神の件は特殊ではあったし、みんなを悲しませてしまった事は私も申し訳ないと思っているの。貴方達も日頃から自分の命には気を付けなさいね? ここにお客としてくる人間のみならず家族や友人、他にもここに来るのを楽しみにしている神々すらも悲しむ事になるのだから。もちろん、私達もね」


 伊邪那美命の言葉に夕雨と雨月は揃って頷く。


「もちろんです。私達に何かがあった際に後を継いで下さる方を探してはいますが、私達自身も身の安全や健康にはしっかり気を付けていますから」

「私達を支えてくれている人達にはいつも笑顔でいて欲しいですからね。そのためにも私達がいつだって元気でいなきゃ」

「そうですね。さて、お二人にもう少し私達の味を楽しんで頂きましょうか。お二人も新年は大忙しでしょうから」

「ですね。よーし、やりましょう、雨月さん」

「はい、夕雨さん」


 二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてその人並外れた速度と連携力を見た二柱の神々は面白そうに笑みを浮かべた。


「先程も見せてもらったが、その速度と連携力は本当に見事だな。以前も辺りに言われているかもしれないが、神々が集まる酒宴でそれを披露したら宝物などの褒美を多く貰えるかもしれないぞ?」

「他には加護とかかしらね。中には安産に関する加護を与えようとする神もいるでしょうけど、二人は結婚や子宝には興味ないのだったわね」

「そうですね。雨月さんとの結婚生活は面白そうですし、子供がいたら大変な代わりに生活がまた違った意味で楽しくなると思いますけど、そういう願望は無いですね」

「同感です。夕雨さんがその生活を望むならば私もその生活を受け入れますが、望まないのならば他人から何を言われてもそういった生活にはしません。夕雨さんは一人の女性としても一人の人間としても素敵だと思いますけどね」

「私も雨月さんは男性としても神様としても素敵だと思ってますよ。さて、そろそろ仕上げていきましょうか」

「はい」


 雨月が頷いた後、二人は作業を続けた。そして作業開始から数分後、伊邪那岐命達の目の前には餡ころ餅が数個載せられた皿と緑茶が注がれたカップが置かれた。


「あんころもち、そしてりょくちゃ。お待たせ致しました」

「ほう、餡ころ餅か。一口分の大きさになっていて食べやすそうだが、さて味はどうだろうな」

「ふふ、それはお食べになってからのお楽しみです」

「なら、そうさせてもらおうかしらね」

「はい、そうしてください。それでは、どうぞごゆっくり」

「ああ。それでは……」

「「いただきます」」


 二柱の神々は声を揃えて言うと、添えられた箸を手に取り、餡ころ餅を掴むとそのまま口へと運んだ。


「……うむ、美味いな。餅もしっかりとした歯応えがあり、あんこの甘さも心地よいな」

「表面のあんこで一瞬気づけなかったけど、餅の中に別の味もするわね」

「はい。ただの餡ころ餅だと面白くないかなと思って、中には抹茶や胡桃の餡を丸くした物を芯にしてるんです」

「どれもお餅には合うものですし、あくまでもあんことお餅が主役なのでそれらは引き立て役程度にしています」

「なるほど、これは中々だな」

「お茶も美味しいしね。はあ……気持ちがより穏やかになっていくわ」


 伊邪那美命が安らいだ様子で言っていると、伊邪那岐命はそれを見ながら満足そうに頷いた。


「やはりここに誘って良かったな。黄泉の国は現世より娯楽や美味が多くはないからたまにはこうして穏やかな時間を過ごして欲しかったんだ」

「黄泉の国には黄泉の国ならではの物もあるけれどね。でも、その気持ちは嬉しいし、ここに来て良かったと思うわ。二人も本当にありがとう」

「喜んで頂けて良かったです。お二人もよい新年を迎えてくださいね」

「ああ、もちろんそのつもりだ。神々の新年会や初詣に来た人の子達の出迎えなど様々やらないといけない事はあるが、ここで良いものを食べられた分、その気力は存分に沸いてきたからな。それらが済んだらまたここに来るとしよう」

「今度は子供達も連れてね。その時はまた美味しい物を食べさせてもらえると嬉しいわ」

「はい、もちろんです」

「私達も楽しみにしていますね」


 夕雨達が答えると、伊邪那岐命達は静かに頷いた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』では伊邪那岐命と伊邪那美命が楽しそうに話をしながら甘味を味わい、夕雨と雨月はその姿を静かに見ていた。

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