第63話 こーひーぷりん

 雨が静かに降り続け、地面が濡れていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内には豊与世司尊ほうよせいじのみこと地恵芽生尊じけいがせいのみことの姿があった。



「もう今年も終わりだなぁ……夕雨さんと雨導月絆尊のおかげで参拝者の数は確実に増えてるし、これは元日が大忙しかな」

「雨導月絆尊に代わって祭神となったのだ。それは仕方ない事だろう」

「ただ神頼みをするのではなく、しっかりと頑張っている方に加護を与えるというお仕事がありますしね。私も祭神だった頃はやっていましたが、この時期や受験シーズンなどには適したご利益を与えられる神々は本当に忙しいですからね」

「年末に忙しいのは人間も神様も同じなんですね。まあ、私達に仕事納めなんてないので私達は天気次第では毎年忙しいんですけどね」

「そうですね。ですが、一度来て下さった方が後日またいらして下さるのは本当に嬉しいですし、これからも様々な方のお力になれるように頑張っていきましょう、夕雨さん」

「そうですね。これからもはりきっていきますよ」


 夕雨が笑みを浮かべながら答えていると、それを見ていた豊与世司尊は軽く頬杖をつきながら二人の様子を微笑ましそうに見た。


「やっぱり二人は仲良しだね。あの子もそんな感じになれる相手を見つけられたら良いんだけど……」

「あの子って……もしかして小花ちゃんですか? 豊与世司尊さんがしばらく面倒を見る事になったってお話しされてた」

「そう。あれからあの子を連れてここに来る機会は無かったけど、あの子は今は他の幼神おさなかみ達と一緒に修行に励んでいるんだ。自分が司る物を見つけるための修行にね。ただ、あの子にはそれが結構辛いみたいで、前に様子を見に行った時には暗い顔をしてたから、いっそ僕が引き取って神社の次期祭神にしようかなと思ってるんだ。僕の加護である豊穣とかを身につけてもらった上でね」

「だが、一柱のみ特別扱いというわけにもいかない。そして、豊与世司尊の後を継いで祭神になる道を選んだとしてもやはり修行から逃げるようでは祭神としての役目からも逃げ出す可能性は十分にある。今の神々はそういった修行の果てに一人前の神として認められるのだからな」

「私達もそうでしたからね。まだしっかりとした名もなく司る物もなかった頃は本当に懐かしいです」

「私達人間にも小さかった頃があるように雨月さん達新しい神様達にもそういう時期があったわけですからね。それにしても、後任かぁ……私達も探さないとって話をしてましたけど、どうしましょうね」


 夕雨の言葉に雨月が頷いていると、豊与世司尊は頷いてから口を開いた。


「その話か……僕も聞いたけど、たしかにゆっくり探す事にしても良いと思うよ。そんなに急ぐ話ではないんだよね?」

「はい。あくまでも私達が何かを理由にここで働けなくなった際に後を継いで下さる方を探しておこうという話ですので、今すぐに私達がここで働く事を止めるわけではありません」

「けど、人生何が起きるかなんてわかりませんし、雨月さんと一体化した事で半神半人になったとはいえ、病気や怪我をしないわけでも無いですからね」

「そのための後任、というわけか。探すのは別に構わないと思うが、それにばかり固執していても仕方ない。そして探すならばしっかりと相手を見定めるのだぞ?」

「はい、もちろんです。さて、せっかく来て頂きましたし、新しいめにゅーでもどうですか?」


 雨月が微笑みながら問いかけると、豊与世司尊は静かに笑った。


「新しいメニュー……興味はあるけど、抹茶のシュークリームを超えられる程の味なのかな?」

「お前はあれが一番のお気に入りのようだからな。だが、私もコーヒーあんみつを超えられる程の物があるのか疑問に感じている。その期待を超えられる程の物だと思って期待しても良いのだな?」

「ええ、構いませんよ。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合うと、作業を始めた。二人が手早く作業をする中、それを見た豊与世司尊はクスリと笑った。


「やっぱりいつ見てもこの速度と連携力は大したものだね。後任が見つかったとしてもここまでの事を求められたらやっていく自信を無くすんじゃないかな?」

「流石にここまでは求めませんし、ある程度ここでのやり方を覚えてもらったらその後はその後任の方に色々お任せするつもりですよ」

「せっかく来てくれたなら働きやすい環境にしたいですしね。でも、何か目を惹くような物は欲しいような……」

「何か一芸に秀でていて、それを披露出来るような者が来ればそれも可能だろうがな」

「そうですね。では、そろそろ仕上げていきましょうか」

「はい」


 夕雨が頷いた後、二人はそのスピードを保ったままで作業を続けた。そして数分後、豊与世司尊達の目の前には皿に載ったプリンとカップに注がれた紅茶が置かれた。


「こーひーぷりん、そしてこうちゃ。お待たせ致しました」

「こーひーぷりん……なるほど、その名の通り、コーヒー味のプリンというわけか」

「はい、その通りです」

「甘い香りがスゴく漂ってくるね。これは本当に美味しそうだ。それじゃあいただきます」

「……いただきます」


 豊与世司尊達はそれぞれのタイミングでいただきますと言うと、添えられたスプーンを手に持ち、プリンを一口分掬ってそれを口へと運んだ。


「……へえ、中々美味しいね。上にかかってるカラメルが少し焦がしぎみだからかほんのりとした苦味もあってプリンのコーヒー味ととても合ってる感じがするよ」

「そうだな。個人的にはコーヒーあんみつの方がやはり好みだが、こういった甘味も悪くないな。舌触りも滑らかで飲み込んだ瞬間の喉ごしも気持ちが良いからな」

「あはは、たしかにね。これなら新メニューとしても出してもすぐに人気になると思うよ」

「ありがとうございます」

「まだまだ調整はするつもりですけどね。あと、同じような感じで抹茶のプリンやこれと他の味のプリンを一緒に載せたプリンの盛り合わせみたいなのも出来たら良いなと思ってますよ」

「美味しそうだけど、中々贅沢な食べ方だね。さて、ここの後任か……因みに、どういう人が良いみたいな希望はあるのかな?」


 豊与世司尊の問いかけに対して夕雨は頷いてから答えた。


「人間だろうと神様だろうとそこはべつに構わないです。ただ、これまで私達がやってきたようにここに来てくれるお客さん達にとって憩いの場にし続けてくれる人が良いなと思います」

「それと、天雨さんから受け継いだこのお店をいつまでも大切にして下さる方が良いですね。やむを得ずに手放す事になるのは仕方ありませんが、理由もなく途中でここで働く事を辞めたりお店を悪用したりするような方は望ましくないです」

「なるほど……神様でも良いならちょっと考えがあるかな。とりあえず新年辺りになったらまた来るよ。その時には良い報せを持ってこられるだろうしね」

「豊与世司尊、お前まさか……」

「まあそれの答え合わせはその時にしようよ。今はこの美味しい物を食べたり飲んだりしながらゆっくりさせてもらおう、地恵芽生尊」

「……そうだな。本来は視察の途中に立ち寄っただけだが、それもたまには悪くないからな」


 地恵芽生尊の言葉に豊与世司尊が微笑む中、夕雨と雨月も同じように嬉しそうな笑みを浮かべた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では穏やかな時間が流れ続け、楽しそうな声で満ちていた。

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