第61話 ちょこれーとけーき
霙が降り注ぎ、傘を差した人々が街の中を行き交うある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』には夕雨の姉妹である
「ふう……やっぱり夕雨の作るお菓子と雨月さんが淹れてくれる飲み物は格別だね。あの時のにほんしゅけーき、レシピを貰ったから家で頑張って作ってみたけど、あの味にはならなかったから」
「私もやってみたけどたしかにならなかったよね。やっぱり夕雨お姉ちゃん達の腕には敵わないなぁ……」
「ふふん、小さい頃から色々作ってきたからね。並の努力じゃ私は超えられないよ、二人とも」
「それはたしかに。それにしても本当にごめんね? 二家族揃って泊まりに来ちゃって」
「前々から夕雨お姉ちゃんのところに泊まりに来たかったんだけど、それを話したら偶然雨音お姉ちゃんのとこも同じこと考えてたから一緒に押しかけちゃったけどやっぱり迷惑じゃなかった?」
「そんなことないよ。雨月さんもそうですよね?」
「はい。とても賑やかになりますし、色々なお話を聞かせて頂けるのは本当に楽しみですよ」
雨月が答えると、雨竜と雨響は揃って息をついた。
「はあ……やっぱり雨月さんって本当に見た目も中身もカッコいいよな」
「ほんとほんと。灯雨達が他の男の話でキャーキャー言ってるのはちょっとムカつくけど、雨月さんについて話して嬉しそうにしてるのは不思議とムカつかないし、そういう反応をしてても仕方ないなってなるんだよな……」
「わかるなぁ。元祭神だからっていう事じゃなく、雨月さんは雰囲気や物腰自体が柔らかいし器も大きいから嫉妬心すら沸かないんだろうな」
「それだな。でも、俺達だって負けてられないし、これからもお互いに努力をしていこうな。雨月さんレベルまでとはいかなくとも妻や子供に誇れる父親になりたいしさ」
「だな。それにしても……隅にあるオルガンもそうだけど、クリスマスローズまであると本当にクリスマスっぽいな」
雨響が店内を見回していると、美雨は床に届かない足をパタパタさせながら夕雨に話しかけた。
「夕雨おばちゃん、後でオルガン聞きたいな」
「うん、良いよ。色々弾けるから聞かせてあげるね」
「わーい! お母さん、楽しみだね!」
「そうだね。それにしても、クリスマスローズなんて初めて見たなぁ……このために買ってきたの?」
「うん。飾りつけとかはしてないからもう少しクリスマスらしさが欲しいなと思ってね。因みに、クリスマスローズの花言葉は“いたわり”や“慰め”、“私を忘れないで”や“追憶”みたいだよ」
「中世のヨーロッパでは冬場に戦場へ向かう兵士が恋人にクリスマスローズを贈ったという逸話もあるので、その花言葉はピッタリだと思いますよ」
話を聞いていた雨音と灯雨は顔を見合わせて同時に笑みを浮かべた。
「流石は夕雨達だね。息が本当にピッタリだ」
「うんうん。本当に羨ましいくらいだよね」
「お姉ちゃんも灯雨もそうなれるよ。お互いに信頼し合えばね」
「信頼、か……してるつもりだけど、たしかにもう少し色々任せるのも良いかもね」
「だね。そういえば話は変わるんだけど、ここの後任って見つかったの? だいぶ気の早い話だとは思ってたけど、ちょっと気になってて……」
灯雨が心配そうに言うと、夕雨は笑みを浮かべながら首を横に振った。
「まだ見つかってないけど、天雨さんや年神様が探してくれてるよ。それに、この前天雨さんが少し心当たりがあるって言ってたし、近い内に紹介されるんじゃないかな」
「そうですね。さて……今日はまだ他のお客様もいらっしゃらないようですし、皆さんにもう少し何かお出ししましょうか」
「ですね。よーし、それじゃあやりましょうか、雨月さん」
「はい、夕雨さん」
二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてその姿に美雨は目を輝かせた。
「わぁ……! 夕雨おばちゃん達、本当にスゴーい!」
「このスピードとコンビネーション、やっぱり真似出来ないなぁ……」
「うん……これは夕雨お姉ちゃん達だからこそ出来る事だしね。そういえば雨絃は……うん、まだ眠ってるね。まだ喋れないし食べられる物も少ないけど、もっと大きくなったらこの子もこの光景を見て嬉しそうにするのかな」
「そうかもな。まあ本当にもっと後の話だけど、雨絃もお互いに信頼し合える相手に出会えると良いな」
「もちろん、美雨もだな。ただ、その時にはしっかり審査をするけどな」
「その時は俺も付き合おうか?」
「ああ、一緒に審査してくれ」
雨竜と雨響が笑い合い、その様子を見た雨音と灯雨がやれやれといった様子でため息をつく中、夕雨と雨月は作業を続けた。そして十数分後、雨音達の目の前には五等分になったチョコレートケーキと紅茶が注がれたカップが置かれた。
「ちょこれーとけーき、そしてこうちゃ。お待たせ致しました」
「わあ、美味しそう! これ、もしかして用意してくれてたの?」
「そう。因みに、夕ごはんの後のデザートは別に用意してあるよ」
「夕雨さんはとてもはりきって作っていましたよ。では、どうぞごゆっくり」
「はい、それじゃあ……」
『いただきます』
五人は声を揃えて言うと、添えられたフォークを手に取り、一口サイズに切り取ると、ちょこれーとけーきを口に運んだ。
「はあ……美味しい。チョコレートが少しビターではあるけど、苦すぎない上に甘すぎもしないからスゴく食べやすい」
「口溶けも良いしね。これなら雨絃も食べられそうだし、ちょっとだけあげるね」
「ああ。ここまで美味いケーキをこんなに小さい頃から食べられるなんて本当に幸せ者だな」
「私も幸せだよ。お菓子でこんなに幸せになれるなら私も大きくなったらお菓子屋さんになろうかな……」
「良いんじゃないか? 人を幸せにするお菓子を作ってそれを売るお菓子屋さんなんて素敵だと思うしな」
「そうですね。その時は私達もお客さんとして伺いましょうか」
「ですね。さてと……さっき約束したし、そろそろオルガンを弾こうかな」
夕雨は軽く手を洗うと、オルガンに近づいた。そして椅子に静かに座ると、鍵盤に指を置き、ゆっくりオルガンを弾き始めた。
「……やはり素晴らしい音色ですね。このオルガンはお父様達も手入れをなさっていたようですが、送られてきてからは夕雨さんが毎日しっかり調律をしていますし、ここまでの音色を奏でるのは夕雨さんの真心あっての事ですね」
「夕雨は昔から物を大切にする子ですからね」
「このオルガンも含めて持ってたもの全部長い間使ってたからね。お母さん達もその物持ちの良さには驚いてたし、このオルガンも夕雨お姉ちゃんが大事にし続けたら付喪神になるんじゃないかな?」
「付喪神?」
「付喪神というのは長い年月を経た道具が命を持ったモノで、中には人間の姿を持つ者や会話をする事が出来る者もいるんですよ」
「そうなんだぁ……! きっとオルガンさんが付喪神になったら、夕雨おばちゃんみたいな美人さんになるよね」
美雨の言葉に雨音は頷きながら美雨の髪を撫でた。
「そうだね。まあそれまでは本当に長い時間がかかるけど、それは見てみたいかな」
「たしかに。だから、その時まで私達も長生きしないとね」
「そうだな。最近は寒くて風邪引きそうだけど、健康管理もしっかりとしてその時にはまたこうやって集まれるようにしよう」
「ああ。その時はお義父さん達も招きたいし、お義父さん達にも長生きしてもらうか」
「ふふ、そうですね。私もその時が来るのを楽しみにしていますよ」
夕雨が奏でるオルガンの音色を聴きながら雨月達は楽しげに笑った。そして外で霙が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内にはBGM代わりの夕雨のオルガンの音色が響き、雨音達がそれを聴きながらケーキや紅茶に舌鼓を打つ姿を雨月は微笑みながら見ていた。
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