第58話 ちょこれーとさんど
強い雨が降り続け、肌や服を濡らしていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』では時雨間白と雨宮黒羽の二人がカウンター席に座って外の様子を眺めていた。
「雨、強いね。ここに来られるのは嬉しいけど、靴もべちゃべちゃになっちゃうのはちょっと困るなぁ……」
「おまけに身体も冷えるからな。間白、風邪には気を付けるんだぞ? 看病くらいは……まあしに行っても良いが、苦しそうな間白の姿は見たいわけじゃないからな」
「うん、ありがとう。黒羽君も気を付けてね? あと、もし風邪を引いたらすぐに報せてほしいな。その時はちゃんとお見舞いに行くし、看病もするからね」
「……ああ、その時は頼む」
黒羽が軽く頬を染めながら言い、間白がニコニコ笑っていると、その様子を見ていた夕雨はクスリと笑った。
「今日も二人は仲良しさんだね」
「はい」
「間白の言葉は裏が一切ないからな。安心して聞いていられるんだ」
「ふふ、そうですか。さて、そろそろ今年も終わりですが、お二人は新年はどのようにお過ごしになる予定ですか?」
雨月の問いかけに間白は笑みを浮かべながら答える。
「黒羽君達と初詣に行きますし、黒羽君のお祖父さんお祖母さんが私達と会ってみたいと言ってくれてるみたいなので会いにも行ってくる予定です」
「間白と会うまでは特に誰かと仲良くするつもりは無かったからな。そんな僕が仲良くしているとなれば、興味が湧くのも当然だろうな」
「そうなんだね。初詣かぁ……私達は人が空いてきた頃に雨月さんが祭神をしてた神社に行くからいつも通りのんびりになるかな」
「今度からは夕雨さんのご実家にも新年のご挨拶に伺いますしね」
「そうなんですね。あ、そういえば……初詣って三が日の間に行くのが一般的なイメージがありますけど、やっぱりいつまでに行かないといけないみたいなのってあるんですか?」
間白の問いかけに雨月は微笑みながら答える。
「そうですね。初詣は一般的には松の内までには行った方がいいとされていますよ。松の内というのはお正月になるといらっしゃる年神様の依り代となる松を飾っておく期間の事で、その地域によって松の内の期間は異なるようです」
「この前も年神様がここにはいらっしゃったんだけどね。あれは驚いたなぁ」
「ここくらいなものだろうな、年神が松の内以外にも来て、何かを飲み食いしていくのは。それで、その松の内には何かルールみたいなのはあるのか?」
「これといったものはありませんが、強いて言うならば年神様がいらしている期間なのでお正月だからといってただのんびりするのではなく年神様と共に過ごしているという気持ちを持つ事ですね。お正月だからこそのんびりしたいという気持ちはわかりますが、一年の計は元旦にありという言葉もありますし、元旦から気を引き締めていきたいですね」
「年神様にも笑われちゃいますしね」
「そうですね。年神様がお笑いになるのは悪い事ではないですが、笑わせるならばまた別の事にしたいですからね」
雨月の言葉に三人が頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、白い傘を持った一人の少女が中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「あ、はい……って、雨宮君!?」
「ん……ああ、雲原か」
「黒羽君、友達?」
「ただのクラスメートだ。だが、ここに来たという事は……雲原、お前も悩みを抱えているんだな」
「な、悩み……?」
雲原と呼ばれた少女が傘を傘立てに置いてから不思議そうにしていると、間白は頷いてからそれに答えた。
「ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨に導かれてくるカフェなんだよ。ところで、貴女の名前は?」
「く、雲原……
「灰音ちゃんだね。私は時雨間白だよ、よろしくね」
「よ、よろしく……あの、雨宮君……この子ってもしかして噂になってる雨宮君の彼女さん?」
灰音がカウンター席に座りながら聞くと、黒羽は大きくため息をつく。
「……そんな噂が流れてるのか」
「う、うん……前まで誰も寄せ付けないような雰囲気を出してた雨宮君の雰囲気が柔らかくなったから彼女でも出来たんじゃないかって噂が流れてるの」
「あはは、私は黒羽君の彼女じゃないよ。今は、ね」
「そうだな。だが、大切な友人で大切にしたい相手なのは変わらない。このカフェに導かれて救われたのは間違いないが、それ以上に間白にも救われた。だからこそ、間白は大切にしたい相手なんだ」
黒羽が真っ直ぐな目をしながら言い、間白が嬉しそうに笑っていると、それを見た灰音はポツリと呟いた。
「……良いなぁ。私にもそこまで言えるだけの勇気があったら……」
「勇気……それがお前の悩みか?」
「うん……私、好きな人がいるの。でも、その人は学校でもすごい人気があって、地味で目立たない私なんて絶対見てもらえないと思うの……」
「地味で目立たない、か……間白、お前の目から見て雲原はどう見える?」
「スゴく可愛い女の子だよ。もう抱き締めちゃいたいくらい」
「そ、そこまで言う程じゃ無いと思うけど……」
灰音が少し照れながら言うと、黒羽は小さくため息をついた。
「……間白の言葉には裏も打算もない。思ったままの事を言っているだけだ。だから、雲原が他人から好かれるだけの容姿をしているのは間違いない。そこは誇って良いと思うぞ」
「で、でも……」
「そこまで自信がないなら仕方ないな。夕雨さん、何か恋の後押しになりそうな物はないか?」
「そうだね……灰斗君の時もそうだったけど、やっぱりチョコレートかな。他にも適切そうなのはあるだろうけど、恋に関するお菓子といえばやっぱりチョコレートってイメージはあるし、前も少し話したけどチョコレートには恋の媚薬って呼ばれるフェニルエチルアミンっていう成分が入ってるから甘いのが苦手じゃなかったら良いと思うよ」
「なら、今回もそれを三人分と合いそうな飲み物も三人分頼む。代金は僕が払うからな」
黒羽の言葉を聞き、灰音は驚きながら首を横に振る。
「そ、そんな良いよ……」
「遠慮はしなくて良い。これはあくまでも僕からの応援みたいな物だからな。だから、まずはそいつに声だけでもかけてみろ。何かしなければ何も始まらないからな」
「雨宮君……」
黒羽を見ながら灰音が軽く頬を赤く染めていると、間白は黒羽を見ながらクスリと笑った。
「ふふっ、黒羽君。カッコいいよ」
「そ、そうか……まあそれはさておき、夕雨さん、雨月さん、頼む」
「畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。そしてその光景を見て灰音は口をぽっかりと開けた。
「す、スゴい……」
「僕達にとってはもう見慣れた物だが、初めて見るとやはり驚くな」
「そうだね。ここまでの事は私達には中々難しいけど、二人みたいな仲良しさんにはなりたいね」
「そうだな」
黒羽が静かに頷く中、夕雨と雨月は作業を続けた。そして作業開始から数分後、三人の目の前にはチョコが間に挟まれたビスケットが何枚も載せられた皿とマシュマロが浮かべられた飲み物が注がれたカップが置かれた。
「ちょこれーとさんど、そしてほっとちょこれーと。お待たせ致しました」
「わあ……マシュマロが浮いててスゴく可愛い!」
「ほう、これは女子ウケが良さそうだな。ちょこれーとさんども手軽に食べられそうだ」
「ふふ。では、どうぞごゆっくり」
「はい。それじゃあ……」
『いただきます』
三人は声を揃えて言うと、ちょこれーとさんどを手に取り、そのまま口へと運んだ。
「……うん、スッゴく美味しい! ビスケットにチョコレートが挟まってるだけなのにチョコレートの甘さが引き立ってる感じがしてとっても美味しい!」
「この感じは……ただのビスケットじゃないな」
「うん。これはクラッカーっていう物で、イーストや酵素で発酵させた塩味のビスケットって言えばわかりやすいかな」
「クラッカー……お父さんがお酒のおつまみで食べてるのは見た事があったけど、チョコレートとも合うんだ。あ、ほっとちょこれーとも優しい味わいでスゴく落ち着く……」
「喜んで頂けて良かったです。さて、雲原さんのお悩みですが、雨宮さんの言う通りでまずは行動してみるべきだと思います。恋する相手に対して声をかけようとするのはとても勇気のいる事だと思いますが、その一歩はきっと貴女の力になりますから」
「一歩が私の力に……」
灰音が呟いていると、黒羽は静かに頷いた。
「雨月さんの言う通りだな。勇気を出して一歩を踏み出してみるのは決して悪い事じゃなく、むしろ他の奴が中々出来ない事だ。だから、まずは一歩踏み出してソイツに話しかけてみろ。そしてうまくいってもいかなくてもここに来たら話くらいは聞いてやる。ここで会ったのも何かの縁だからな」
「そうだよ、灰音ちゃん。一緒に頑張っていこう」
「二人とも……うん、私頑張ってみるね。こんなに背中を押されてるのに何もしないのはよくないし、私も頑張ってみたいって思えたから」
灰音が微笑み、黒羽と間白が揃って頷く姿を夕雨と雨月は静かに見ていた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では黒羽達三人が仲良く話をし、その様子を夕雨と雨月が優しい眼差しで見守っていた。
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