第57話 れいんけーき

 雨がザアザアと降り、その激しさの中で人々が足早に街を歩いていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では夕雨の父親である虹林雨彦あめひこがコーヒーを啜りながらカウンター席に座っていた。


「……これは美味いな。日本酒のケーキを出してもらった時にも飲んだが、改めて飲むとこのコーヒーの美味さがしっかりとわかる気がするよ」

「お褒め頂きありがとうございます」

「もう……突然来るから驚いたよ。お母さんにはちゃんと言ったんだよね?」

「当然だ。本当は雨衣ういも来たがっていたが、アイツには別の用事があったからな。それと雨音あまね灯雨ひあめにもここに来る途中で連絡をしたんだが、夕雨と雨月君によろしくと言っていた」

「雨音お姉ちゃんと灯雨もまた来たがってたからね。とりあえず新年になったら一回は帰るから、お母さん達とはその時かな」

「そうだな。俺もいつかは夕雨達にこの店を譲ってくれたという天雨さんにご挨拶をしたい。大切な娘がお世話になったからな」


 雨彦が父親らしい顔で夕雨を見る中、雨月はクスクス笑った。


「お会い出来たら天雨さんもお喜びになると思いますよ。そういえば、夕雨さんのご家族は皆さんが雨という漢字が名前に入っているのですね」

「はい。私も最近まで忘れてたんですけど、ご先祖様が雨に助けられた事があったそうで、その恩から代々雨に関する名前か雨を名前に入れるようにって言っていたみたいですよ」

「まあ雨衣に関しては偶然だったけれどな。ただ、その先祖も雨の神に会ったという話だが……まさかウチの娘も同じように雨の神に助けられる形になるとは縁とは本当に不思議な物だな」

「雨の神に……夕雨さん、そのご先祖様のお名前はわかりますか?」

「え? 祈る雨と書いて祈雨きうですけど……もしかして、その出会った雨の神様っていうのは祭神だった頃の雨月さんですか?」

「恐らくそうですね。以前、雨が降らなくて困っていた人間の女性と出会ったのですが、その方のお名前が祈雨さんだったので」


 雨月の言葉に夕雨と雨彦が驚く中、雨月は懐かしそうな顔をした。


「お会いしたのはあの神社が出来た直後で祈雨さんは旅の途中だったそうです。その頃の私はまだ今よりも力は弱かったですが、一日雨を降らしたり他人との縁を結んだりする程度なら出来たのでその力を活かしてこの地域の方々の縁を色々結んでいました」

「その頃から色々な人の出会いを見て来たんですね」

「そうですね。そんなある日、旅の途中だった祈雨さんが神社に偶然いらしたのですが、出会ったのが夏だったのでその暑さにだいぶ参っていて、お水でもご用意しようかと思った時に声をお掛けしたのが始まりでした」

「ご先祖様、本当に驚いたでしょうね」


 雨月は当時を懐かしむような表情で頷いた。


「ええ、突然私が現れたので驚いてはいましたが、すぐにそれを受け止めると私に挨拶をして下さいましたよ。それでお話を聞いたところ、暑さに参っていたのもそうですがしばらく体も洗っていなくて困っていたとの事だったので私が雨を降らしてそれで水浴びをして頂いて、その日は本殿の中に泊まって頂きました。食事もお供え物があったのでそれをお出しして、祈雨さんが眠ってしまわれるまで色々なお話を聞かせて頂いたのでそれはそれは楽しい夜でしたよ」

「でも、どうしてご先祖様は旅なんかに?」

「許嫁が気に入らなかったためにご自身で結婚相手を探す旅をしていたようでした。お話を聞く限りではその許嫁は別に悪い方では無かったようですが、ご自身でしっかりとお相手を見つけたかったのでしょうね」

「その縁結びの手伝いはしたんですか?」

「はい。祈雨さんにお似合いの方の波動を感じたのでその方との縁を結び、そちらに行ってみるように旅立ちの前に言いましたよ。祈雨さんはその相手が私でも良かったと仰っていましたが、あの頃の私は一柱の祭神に過ぎませんし、神社をほっぽりだして旅について行く事は出来ませんでしたからお断りをさせて頂きました」

「けれど、雨月君の立場が違えば我が家の家系図にその名前が載った可能性があったのか」


 雨月は頷いた後に軽く天井を見上げた。


「一日だけの出来事ではありましたが、祈雨さんの聡明さや心の強さなどはしっかりとわかりましたし、私が一柱の神ではなく一人の人間の男性であれば恋心を抱いてもおかしくはなかったと思います。夕雨さん達もそうですが、とてもお綺麗な方でしたしね」

「ご先祖様と雨月さんにそんな関係が……それじゃあ子孫である私が雨月さんと出会ったのもその時の縁があったからなのかもしれませんね」

「そうですね。もちろん、夕雨さんの運もあったとは思いますが、知らぬ内に私と夕雨さんのお家との間には時を超えた縁が結ばれていたのだと思います。だからというわけではないですが、今後も夕雨さんの傍におり、その生活の手助けはさせて頂きます。祈雨さんの子孫だと聞いて、手助けをしたいという気持ちがより強くなりましたから」

「私もご先祖様が助けられた恩と縁がありますし、これからも雨月さんの手助けをしますよ。雨月さんがご先祖様を助けて、ご先祖様にピッタリな相手との縁を結んでくれたから今の私達があるわけですしね」


 雨月と夕雨が笑い合っていると、それを見た雨彦はフッと小さく笑った。


「……二人が一体化出来たのはそのご先祖様との縁があったからなのかもな」

「そうかもしれませんね。さて、他のお客様もまだいらっしゃらないようですし、お父様に何かお出ししましょうか」

「そうですね。よっし……それじゃあやりましょう、雨月さん」

「はい、夕雨さん」


 二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてより速度を上げて作業をしていると、それを見た雨彦は小さく拍手をした。


「本当に見事だな。ご先祖様もこの光景を見たらきっと驚くと同時に楽しいと思うだろうな」

「ふふ、そうかもしれませんね。祈雨さんも夕雨さんと同じで活発的な方ではありましたからとても楽しんで頂けたと思います」

「因みに、どんな見た目だったんですか?」

「背丈は少々低かったですが、短い黒髪がよくお似合いでしたし、疲労している中でも血色は良かったですから異性からの人気は高かったと思いますよ」

「雨月さんも自分が人間だったら惚れていたかもって言う程ですしね。さあ、ここから仕上げていきますよ」

「はい」


 雨月が頷いた後、二人はスピードを落とすこと無く作業を続けた。そして作業開始から十数分後、雨彦の目の前には水色の飴細工が載せられたケーキと雲のラテアートが描かれたコーヒーが置かれた。


「れいんけーき、そしてあまぐもかふぇ。おまちどおさま、お父さん」

「れいんけーきにあまぐもかふぇ……なるほど、本当にこの店独自のメニューだな」

「前にこれの前身のあめのひけーきとあめのひかふぇっていうのを作ったんだけど、それから味も見た目も改良したから名前も少し変えた新しいメニューにしたんだ。まだまだこれでも工夫出来るところはあると思ってるけどね」

「なるほどな。それでは……いただきます」


 雨彦は手を合わせながら言うと、添えられたフォークを手に持ち、れいんけーきを一口サイズに切り取ってそのまま口に運んだ。


「……ほう、この薄い水色のクリームはほんのりチーズの味がするんだな」

「うん。生クリームとクリームチーズを合わせた物に水色の着色料を入れてて、甘味と塩味を同時に味わってもらおうとしてるんだ。今回はあめのひけーきと同じで雨の雫をイメージした飴細工を載せてるけど、私も飴細工を作る技術が上がったから小さなカタツムリやカエルも選んで載せられる形にしていくつもりだよ」

「甘味と塩味のバランスもよくコクもあって本当に美味いな。そしてこのあまぐもかふぇも苦味と甘味が絶妙で飲みやすい。二人のこれまでの努力の成果がここに現れていると思うぞ」

「お褒め頂きありがとうございます」

「私達、もっと頑張っていくから見守っててね、お父さん」

「ああ、もちろんだ。雨月君、娘をここまで支えてくれて本当にありがとう。君も今となってはウチの家族のようなものだから何かあれば俺達に遠慮無く相談をしてくれ。ご先祖様がお世話になった分、俺達も恩を返していきたいしな」


 雨月は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、お父様。今後ともよろしくお願い致します」

「こちらこそよろしく頼む。夕雨、わかってるとは思うが、雨月君をあまり困らせるんじゃないぞ?」

「うん、もちろん。私だって雨月さんが困ってたら嫌だし、これからも仲良くやっていくつもりだからね」

「それなら良い。二人とも、年末年始やお盆以外にも時間を取れそうならいつでもウチに帰ってきてくれ。その時には俺達も精いっぱいもてなすからな」


 雨彦の言葉に夕雨と雨月は揃って頷いた。そして雨が強く降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では夕雨達が談笑する声が響き続けた。

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