第53話 ほわいとてぃー
雨がポツポツと降り、雨の滴と冷たい風が身体を冷やしていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では四海巧と石山直純の二人がマグカップを片手にのんびりとしていた。
「ふう……以前来て以来だが、ここは本当に落ち着くな」
「同感です。ここにはまだ手で数えられる回数しか来てないですけど、自宅と同じくらい落ち着きますからね」
「だからこうして仕事終わりにお邪魔させてもらっているわけだが……四海君は最近どうだ? デンタルクリニックは順調かね?」
「はい。まあ我々医者は商売が順調なのは嬉しい反面少し心配になるんですけどね」
「そうでしょうね。病気に罹る人が少ないに越した事はありませんが、いないとなれば商売上がったりではありますから」
「まったくです。ところで、お二人は風邪などは引かないのですか?」
直純がマグカップの中のコーヒーを啜ってから聞くと、夕雨は微笑みながら答えた。
「そうですね。雨月さんと出会う前は不摂生をしてると流石に引きましたけど、今は普通の人よりも体が丈夫になったので病気とは無縁の生活をしてます」
「普段からお互いに気を付けるようにもしていますしね」
「なるほど……」
「ところで、先程口にしていた風邪ですが、病気は“かかる”というのに対して風邪は何故“ひく”というのかご存じですか?」
「いえ、知らないですね……」
「普段から使う言葉なのに言われてみるまで疑問にも思わなかったな……」
巧と直純が揃って顎に手を当てる中、雨月は静かに話し始めた。
「その理由なのですが、風邪が昔は病気の一つだと考えられていなかった事が理由だそうです」
「病気じゃないならなんなんですか?」
「風邪は漢字では
「そういえば、大昔はウイルスのような病原体ではなく病魔という存在が引き起こしてると考えられていたんだったか」
「そして“罹”という漢字は病気や災害が身に及ぶ事やふりかかる事だという意味があり、引という漢字は自分の体に受け入れるという意味があります。なので、邪気を引き込む事でなってしまう風邪は引くと言い、病魔が引き起こす病気は罹ると言うのだそうです」
「邪気を自分の体に受け入れるから風邪を引く、そして病気という病魔による災厄がふりかかるから病気に罹ると言うのか……これは勉強になるな」
直純が唸ると、巧は静かに頷いた。
「そうですね。ここに来ると美味しいものを食べながら色々な事が学べるので本当に助かりますよ」
「お褒め頂きありがとうございます。私がお話し出来るのは日常生活では中々使わない知識ではありますが、こうして喜んで頂けるのは本当に嬉しいですね」
「けど、こういう雑談のネタにはなるわけですし、やっぱり雨月さんの知識の吸収率はスゴいなと思いますよ」
「今もですが祭神だった頃は本当に本の虫でしたからね。四海さん達も日常生活で気になった事は少し調べてみると良いかもしれませんよ。その知識が使える場面は限られるかもしれませんが、知る事で得られるものはきっと知識以外にもあるはずですから」
巧と直純が揃って頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、黒い傘を持った短い茶髪の少女が中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「は、はい……」
「……あれ? 初めましてのはずなのにどこかで聞いた事ある声な気がする……?」
「そ、そうですか……?」
「うん。どこで聞いたんだったかな……」
少女が傘を傘立てに置いている間、夕雨は額に指を当てながら考えていたが、すぐにハッとすると、目を輝かせながら少女に話しかけた。
「もしかして、
「そ、そうですけど……」
「やっぱり! 最近VTuberが人気だってここに来る子達から聞いたから、どんなものかなと調べてた中に貴女がいたんだ。そっか、だから聞き覚えがあったんだ」
「ご、ご視聴ありがとうございます……でも、私なんて本当に大したことないですよ。私なんて本当に……」
「……どうやら何かお悩みのようですね。良ければお話を聞かせて頂けませんか?」
「……はい」
少女は静かに頷くと、巧から一つ離した席に座った。
「……私、本名は
「なるほど。それで、どうしてVTuberを?」
「……私は小さい頃からあまり体が丈夫じゃなくて、学校を休む事もしばしばだったんです。そんな時に見かけたのがVTuberで、トークやリアクションだけでここまで人を楽しませられるんだと思うと同時に私もやってみたいと思って、すぐに環境を整えて自分でキャラクターのデザインも考えてVTuberとして活動を始めたんです。でも、観に来る人は本当に少なく、来たとしてもなんだか変な人ばかりで段々辛くなってきたんです……」
「ネットって変な人が多いらしいしね」
「それで、VTuberを辞めようかなと思いながら気分転換にお散歩をしていたらここに着いていたんですけど……ここってカフェなんですよね?」
「そうだよ。ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨に導かれて来るカフェ。だから、未希ちゃんもそんな感じで導かれてきたんだよ」
「そう、なんですね……」
未希は未だ信じられないといった表情をしていたが、やがてメニューを手に取ると、パラパラとめくり始めた。そしてその手はあるページで止まった。
「ほわいとてぃー……?」
「はい。中国の福建省で生産されているお茶の一つで、美容茶として人気の高い物です。そちらになさいますか?」
「あ、はい。後は……このげっぺいっていうのもお願いします」
「畏まりました。石山さん達はいかがなさいますか?」
雨月の問いかけに直純達は微笑みながら頷いた。
「私達も頂きます」
「そのほわいとてぃーがどんな物か気になりますしね」
「畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、そのまま作業に取りかかった。そしてその速度とコンビネーションに未希が驚いていると、その姿に直純と巧はクスクス笑った。
「やはり驚くようだね」
「そうですね。私達もそうでしたし、それがここの当たり前みたいな物なのかもしれないですね」
「そうだな」
夕雨達の姿を目を輝かせながら見る未希の姿を直純達が微笑ましそうに見る中、夕雨達は作業を続けた。そして十数分後、三人の目の前にはホワイトティーが注がれたマグカップと月餅が幾つか載せられた皿が置かれた。
「ほわいとてぃー、そしてげっぺい。お待たせ致しました」
「これがほわいとてぃー……色は綺麗なシャンパンゴールドでなんだか草原の中にいるみたいな優しい香りがしますね」
「味も優しい感じだよ。それじゃあどうぞごゆっくり」
「はい。それじゃあ……」
『いただきます』
三人は声を揃えて言うと、それぞれホワイトティーと月餅を手に取り、それを口にした。
「……美味しい。優しい感じの甘味がありますし、風味も爽やかな感じで飲んでいてホッとします」
「月餅も美味しいですね。初めて食べましたけど、中にアンコが入っているからか焼き菓子風の饅頭を食べてる感じでなんだか懐かしい感じがします」
「そしてホワイトティーとの相性だって悪いわけじゃない。これはまた良い出会いに恵まれたな」
「喜んで頂けたようで何よりです。さて、天海さんのお悩みですが、天海さんは活動を観て頂ける方を増やすのが一番の目標ですか?」
「え……いえ、視聴者は欲しいですけど、それよりも前の私みたいに事情があって辛い人達を癒せるような配信や動画を観てもらいたいと思ってます」
「それなら……ねえ、コラボって興味ある?」
夕雨の言葉に未希は驚きながらも頷く。
「は、はい。でも、私とコラボしてくれる人なんて……」
「私達の知り合いでここのお客さんの中にご当地アイドルの子がいるんだけど、たぶんその子なら喜んでコラボしてくれると思うよ」
「そ、そうなんですか?」
「私もそう思います。色々な方々に活動を観て頂くためにはまずは名前を広く知ってもらわないといけません。なので、その方とまずは交流してみて、そこから何かを得てみるというのもありだと思いますよ」
「私も同感ですね。その分、変な視聴者も増えるかもしれないけれど、それも乗り越えた先にはきっと天海さんが求める物があると思うよ」
「やりたい事をとことん突き詰めるのも人生ださらね」
雨月達の言葉を聞き、未希は静かに頷いた。
「そうですね。怖がったり不安がったりするよりもまずはその人とのコラボに挑戦してみようと思います。あの、連絡先とかって……」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
「え?」
「ええ。どうやらこの後にいらっしゃるようなのでその時にお願いする事にしましょうか」
「……なんだかまだよくわからないですけど、よろしくお願いします。そして本当にありがとうございます」
未希が嬉しそうな笑みを浮かべると、夕雨達も安心したように笑った。そして雨が少し弱くなる中、『かふぇ・れいん』の店内では未希がVTuberについて話をし、それを夕雨達は時折相づちを打ちながら微笑ましそうに見ていた。
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