第51話 ふたごまんじゅう
空から霙がゆっくりと降り、地面を白く染めていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では青澄海花と豊島陸菜はそれぞれの飲み物を飲みながら外の様子を眺めていた。
「今日も寒いね……」
「ねー。雨の日が多い分、去年よりは暖かいんだろうけど、やっぱり寒いものは寒いよ」
「その分、私達もここに来られるんだけどね。夕雨と話したり雨月さんに会えたりするし」
海花が嬉しそうに言うと、夕雨は呆れたような顔をした。
「もう、そんな事言ってると彼氏さんに愛想つかされるよ?」
「そう思うでしょ? それがウチも陸菜のとこの彼氏も雨月さんに負けたくないと思って色々な事を始めてるし、男性として本当に憧れだって言ってるんだ」
「あれ、そうなの?」
「うん。私の彼氏ってちょっと子供っぽいところがあったんだけど、この前偶然夕雨達と外で会った時に雨月さんと話してもっと大人っぽい男性になりたいって思うようになったみたい」
「ウチもそんな感じ。ちょっと頼りないなぁって思うところがあったんだけど、頼れる男性としては雨月さんが理想像だったみたいであんな風に色々な人から頼られるようになって私の事を守れるようになりたいって言ってくれたんだ」
「そうなんだ。雨月さんからすればやっぱりこう言われるのは嬉しいんじゃないですか?」
夕雨の問いかけに雨月は微笑みながら頷いた。
「そうですね。意識的に何かをしているわけではないですが、私の存在が誰かの励みになっているならばそれはやはり嬉しい事です」
「はあ……やっぱりそういうとこもイケメンだわ」
「ただ謙虚だったり威張ったりするのだと感じ悪く見られるけど、素直にそう言う辺り本当にポイント高いなぁ。ここに来るお客さんで雨月さんが好きって人はいないの?」
「恋愛的な意味ではいないかな。ここに来る人達はみんなが何かしらの形で新しい出会いを見つけるし、私と雨月さんがニコイチだからかそういう感じにはならないのかもしれないね」
「一体化したわけだからまさにニコイチだしね。そういえば、ニコイチって言葉はよく聞くけど、これも誰かが言い出した事なのかな?」
陸菜が首を傾げると、雨月は頷いてから話し始めた。
「そうですね。ニコイチは人間関係において二人で一人という意味で使われる俗語として知られていますが、他にも自動車用語や不動産用語としてもニコイチという言葉はあるんですよ」
「え、そうなんですか?」
「はい。自動車用語としてのニコイチは、二台の中古自動車から使える部品だけを取り、それらを組み合わせて一台の自動車を作る事を差していて、漢字で書くと“二個一”となるようです。因みに、三台だと
「なんかそのままですね。不動産用語だとどういう意味で使われてるんですか?」
「不動産用語だと二つの家屋が繋がって一つの建物になっている住宅を差していて、長屋やテラスハウスとも言いますね。因みに、こちらも数が増える毎に呼び名が三戸一、四戸一になっていきますよ」
雨月の説明を聞いた海花と陸菜は驚くと同時に息を漏らした。
「はあー……テラスハウスって不動産用語的にはニコイチなんだ」
「名前だけは知ってたけど、そういう感じだったんだね」
「そのようです。私と夕雨さんは男女として交際もせずにこのままで関係を続けるつもりですが、お二人はいずれご結婚をなされると思うのでお相手の男性とはしっかりと話し合いをしながら生活をしていって下さい。言葉を交わし、気持ちを通じ合わせる事で誰にも負けないニコイチな二人になれるはずですから」
雨月の言葉に二人が頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、同じ顔をした二人の少女がお揃いの赤い傘を持って中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「あ、はい……」
「引き寄せられる感じでここに入っちゃったけど、なんかスゴい大人っぽいね」
「そんなに緊張しなくて良いよ。二人はもしかしなくても双子?」
「はい。私が姉の
「初めまして。あの……ここってどんなカフェなんですか?」
善子が問いかけると、夕雨は微笑みながら答えた。
「ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨に導かれてくるカフェだよ。もっとも、その後にも来てくれる人はいっぱいいるんだけどね」
「辛い気持ち……善子、この人達になら話せるんじゃない?」
「そうだね、良子。あの、私達の悩みを聞いてもらう事って大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ」
「それで、悩みって?」
夕雨の問いかけに良子は暗い表情で話し始めた。
「……周りが私達をまったく見分けようとしないんです」
「見分けようとしない? 見分けられないじゃなく?」
「はい……私達は周りに見分けてもらうために髪型を変えたりアクセサリーをつけたりして色々工夫してるんです。でも、クラスメートや他の人達は姉妹の姉の方とか妹の方とかで呼びますし、クラスの男子の一部に至ってはどっちも“よしこ”って読めるからどっちでも同じだという始末で……」
「うわ……それは酷いね」
「ほんとだよ。それで、二人で悩んでるんだね?」
良子と善子は揃って頷く。
「お父さんとお母さんは私達をちゃんと区別してくれます。でも……」
「この先の人生で同じように私達を一括りにしないでちゃんと区別して見てくれる人がいるのかなと思ったらスゴく辛くなって……」
「それで二人でどうしようって話しながら歩いていたらここに着いていたんです」
「なるほど……でも、それなら大丈夫だよ」
「そうそう。ここで何か食べたり話を聞いてたりしたらすぐに解決するから。ねっ、夕雨」
「あはは……全部解決出来るわけじゃないけどね。二人は何か食べたい物ある?」
良子と善子はパラパラとメニューを捲ると、あるページでその手を止め、揃って一つの名前を指差した。
「「これが良いです」」
「どれどれ……ふたごまんじゅう、だね」
「そんなお誂え向きな名前のメニューもあったんだね」
「ここで頑張ってると色々なアイデアが浮かぶからね。飲み物はどうする?」
「「りょくちゃでお願いします」」
「畏まりました。お二人はいかがいたしますか?」
海花と陸菜は顔を見合わせると、どちらともなくニコっと笑ってから頷き合った。
「私達も頂こうかな」
「だね。夕雨、雨月さん、お願いしてもいいかな?」
「オッケー。それじゃあ、雨月さん」
「はい、夕雨さん」
二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。そして四人の目の前で素早い動きと連携を見せると、良子と善子は揃って目を丸くした。
「スゴい……私達もコンビネーションは良いと思ってたけど、それより遥かにスゴい……」
「羨ましいくらいにスゴい……」
「二人は一体化した存在だからね」
「それに、二人はお互いを信頼し合ってるみたいだからコンビネーションもその速度も並みじゃないみたいだよ」
「なるほど……」
「それはたしかに勝てないね……」
良子と善子が揃って頷く中、夕雨と雨月は作業を続けた。そしてそれから数分後、四人の目の前には白い饅頭が二つ乗った皿と緑茶が注がれた湯呑み茶碗が置かれた。
「ふたごまんじゅう、そしてりょくちゃ。お待たせ致しました」
「わあ、美味しそう。でも、どうして双子なの? たしかに見た目は同じだから双子っぽいけど」
「ふふ、それは食べてからのお楽しみ。さあ、どうぞごゆっくり」
「うん。それじゃあ……」
『いただきます』
四人は声を揃えて言うと、ふたごまんじゅうの内の一つを手に取り、それを口に運んだ。
「……美味しい。お饅頭の生地も舌触りが良いけど、それ以上に中に包まれてる物が本当に美味しい」
「これ、何なの?」
「それは黄身餡だよ。白餡と卵黄を合わせた物で、岩手県にはそれをホワイトチョコでコーティングしたカステラ生地で包んでる銘菓があるんだよ」
「先日、それをお土産で頂いて食べていた時にこのふたごまんじゅうを思いついたそうです」
雨月が微笑みながら言うと、海花はハッとした。
「あ、双子ってそういう事か。卵黄は鶏卵の中身の一つ、つまり鶏の子供だからそれで双子なんだね」
「そういう事。今回はどっちも黄身餡にしたけど、今後は黄身餡だけじゃなく他の餡とかクリームを包んでそれをお客さんに選んでもらう形にするつもり」
「それ、スゴく楽しそう。どういう組み合わせにするか考えるだけでも楽しいもん」
「ふふ、そうですね。さて、双川さん達のお悩みですが、すぐにどうにか出来るわけではないと思います。双川さん達が区別出来るように努力してもそれを汲み取らずにいるならば期待は出来ませんから」
「そうですよね……」
「やっぱりうまくいかないのかな……」
良子と善子が同じような形で俯く中で夕雨は微笑んだ。
「でも、しっかりと二人を見分けてくれる人は出てくると思うよ。クラスの男子の言い方は本当に酷いと思うから、そんな子達なんてもう無視しちゃって、自分達の事をちゃんと見てくれる男の子を見つけちゃった方が良いしね」
「だね。その可愛さがあれば引く手あまただと思うし」
「そうそう。あと、見分けようとしない人がいるなら、無理にでも見分けさせるような何かをお互いに持つのも良いんじゃない? 片方がピアノが上手くてもう片方が武術が強いみたいな感じで」
「そういう考え方もあるんですね……」
「でも、たしかにそうやって見返すのもなんだか面白そう。良子、後で何か考えよう」
「うん、そうだね。見返すだけじゃなく今後の自分達の為でもあるから」
良子と善子が笑みを浮かべながら頷き合う姿を夕雨達は静かに見ていた。そして霙が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では良子達の話を海花と陸菜が真剣に聞き、その光景を夕雨と雨月が微笑みながら見守っていた。
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