第50話 しおだいふく
ポツポツ雨が降り、地面をゆっくり濡らしていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では
「はあ……落ち着くなぁ」
「勉強の息抜きにここに来ると本当に疲れが取れるよね。あ、ほっとれもねーどのお代わりをお願いしても良いですか?」
「はい、畏まりました。ふふ、皆さんの心の拠り所になれているようで本当に嬉しいです」
「ですね。二人とも、期末テストが近いと思うけど、テスト勉強は順調?」
「一応は。でも、お互いに苦手な科目はまだ対策が出来てなくて……」
「私は古文が少し苦手で、暖斗は数学が苦手なんです。ただ、私は現代文も点数が他のよりも低くて悩んでるんです」
澪花が小さくため息をつくと、夕雨は苦笑いを浮かべた。
「やっぱり苦手科目って憂鬱になるよね。私なんて家庭科が一番の得意科目で五教科なんて本当に酷かったなぁ」
「あ、そういえばそうなんでしたっけ。前に
「うん、そうだよ。運だけは昔から本当に良くて、年末にやってるくじ引きでは二等以上を良く当ててたし、年始におみくじを引いたら毎年大吉だったしね」
「そ、それはスゴいですね……」
「ただ、勉学というのは運ばかりではどうにもなりません。学問の神様と呼ばれる
二人の目の前にほっとれもねーどを置きながら言う雨月の言葉に暖斗は驚く。
「え、そうなんですか? なんか秀才のイメージはありましたけど、勉強はほどほどにやってて頭が良いのかなと思ってました」
「そういう人は中々いませんよ。道真公は幼い頃から漢学の教育を受けて育ち、15歳で元服した後は現在の大学生にあたる
「言ってみれば、私達と同じ高校生の時に勉強を頑張って大学生になった感じですね」
「そういう事ですね。その後、33歳で道真公は漢文学や中国史において大学教授のような物である文章博士になり、37歳の頃にお父様が亡くなられてからは私塾の運営も引き受けました。ただ、この私塾は後に優秀な学者となる方々を次々と輩出した事で菅原一門の拡大を恐れた他の学者達から嫌われるようになってしまい、道真公が宇多天皇に政治家として重用されて右大臣という高い地位に就いた事で当時の左大臣である
「そんな事が……」
「結果、根拠のない噂を流された事で宇多天皇の後に天皇となった醍醐天皇に都から遠い九州の地にある大宰府に追いやられ、その二年後に病に罹って59歳という年齢で亡くなりました。そして道真公の死後には都で疫病が流行ったり貴族の死や落雷が相次いだ事でこれは道真公の祟りだという噂が広まり、藤原時平さんも若くして亡くなったり醍醐天皇も宮中に落ちた落雷がきっかけで健康を害して亡くなりました」
「な、なんか本当に怖い話ですね……」
暖斗が顔を強張らせ、澪花も苦笑いを浮かべていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、狩衣に烏帽子といった出で立ちの男性が中へと入ってきた。
「おや、噂をすれば……」
「噂をすればって……」
「こ、この人が菅原道真公ですか!?」
「いかにも。私が菅原道真だ。雨導月絆尊、夕雨殿、久しぶりだな」
「お久しぶりです、道真さん」
「え、夕雨さんは会った事があるんですか?」
澪花が驚いていると、夕雨は微笑みながら頷いた。
「うん。年神様が色々な神様に話して回っていたからか道真さんにも来て頂いてたんだ。道真さん、いつもので良いですか?」
「うむ。これから私も忙しくなる故、中々ここへは来られなくなるからな。他の学問の神々との会議の帰りに寄ろうと思ったのだ」
「学問の神様が注文するもの……私達も興味あります!」
「同じのを食べたからと言って同じように秀才になれるわけじゃないけどどんなものかは気になりますから!」
「ふふ、畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。そして見事なコンビネーションとスピードを披露していると、カウンター席に座った菅原道真は満足そうに笑みを浮かべた。
「やはりこれだな。ここで食べられる物も見事だが、この動きもやはり見事だ」
「神様達から見てもスゴいんですね」
「ここまでの速度で動く事が出来る者や他の者と見事な連携を見せる者はいる。だが、それを両立している者は中々おらぬ。元はただの人間だった夕雨殿がいるのならば尚更だ。それ故に私達はより評価をしているのだ」
「そうなんですね……」
菅原道真の言葉に暖斗が頷く中、夕雨と雨月は微笑みながら作業を続けた。そして数分後、三人の目の前には白い大福が幾つか載せられた皿と緑茶が注がれた湯呑み茶碗が置かれた。
「しおだいふく、そしてりょくちゃ。お待たせ致しました」
「これが菅原道真公がいつもここで食べてる物……」
「何か思い入れがあるんですか?」
「いや、ない。好物と言えば、
「はい。それじゃあ……」
『いただきます』
三人は手を合わせて言うと、皿に載った塩大福の内の一つを手に取り、それを口へと運んだ。
「……うーん、美味しい……! 塩キャラメルとかもあるし、塩とお菓子の相性ってやっぱり良いなぁ」
「塩のしょっぱさがあるからこそこのアンコの甘さが引き立つ感じがするよな。それに大きさも手のひらサイズだから食べやすいし」
「うむ、そうだな。そういえば、私の話をしていたようだが、どこまで話をしていた?」
「藤原時平さんや醍醐天皇が亡くなった辺りです。死後はそのお二方とも交流があるのでしたね?」
「ああ。二人が亡くなった後に会いに行ってみたのだが、二人とも震え上がって必死に謝ってきた。まあ私も今では学問や文化芸術の神として人間達に加護を与えているから今さらあの二人を恨むつもりもない。死んだ直後は何故私が死ななければならなかったのだと思ったが、政に関わる家系ではなかった私が政治に口出しをするようになったらそれを良く思わない者が出るのは仕方ない事だと割りきれたからな。それに、醍醐天皇も私の怒りを鎮めるためとはいえ、神殿を建てるように命じてくれたようだからな」
「それが今の天満宮の元になったんだって。まあその後に都にも神殿が建てられて天満天神として祀られるようになったようだけどね」
「そうして今では学問の神様と呼ばれるようになり、毎年受験生達から拝まれるようになったわけですね。道真さん、こちらのお二人が近々試験に臨まれるのですが、何か良い忠告はありますか?」
菅原道真は静かに頷いた。
「忠告という程ではないが、勉強も大事にすると同時に健康にも気を遣う事だな。試験は勉強への努力で幾らでも結果は変えられるが、本調子でなければ実力は発揮出来ん。頑張ろうという気持ちは持つべきだが、自分の体もしっかりと労る事。それが私から言える事だな」
「自分をしっかりと労る……たしかに本調子で挑まないと試験で良い点なんて取れないよな」
「そうだね。詰め込みすぎても良くはないみたいだし、これからはしっかりと予定を決めて勉強しようか。倒れて他の人達に迷惑や心配をかけても仕方ないしね」
「だな。よし、そうと決まればこれやさっき出してもらったほっとれもねーどを味わいながら計画を立てようぜ。ここまでの努力を無駄にしたくないしな」
「うん!」
暖斗と澪花が頷き合う姿を夕雨達は満足そうな顔で見ていた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では暖斗と澪花が話し合い、その姿を菅原道真と夕雨達が静かに見守っていた。
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