第44話 つーとーんまどれーぬ
肌寒い風が吹き抜け、それに乗った雨粒が体を冷やしていくある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では
「今日も風が強いなぁ……一応カイロは持ってるけど、帰りに使う?」
「うん、せっかくだから一つのカイロを二人で共有したいけど……どう?」
「うん、賛成。その方がもっと温かそうだから」
国雄が嬉しそうに頷きながら言うと、それを見ていた雨月はクスクス笑った。
「仲良き子とは美しきかな、ですね。お二人とも、交際を認めて頂けて本当によかったですね」
「はい。でも、それは黒羽君達のお陰です」
「そうだね。黒羽君達の言葉があったから二人でちゃんとお父さん達にも話が出来たし、その想いが通じて付き合う事だって認めてもらえた。本当に黒羽君達には感謝しかないよ」
「まあその後に雨宮酒造の御曹司である黒羽君と知り合った事を話したら本当に驚かれたし、黒羽君のご両親と間白ちゃんのご両親にいざ会うって事になったらウチも里美ちゃんのお父さん達もガチガチに緊張してたのは思わず笑っちゃったよね」
「ふふっ、だね。はあ……私達にはまだまだ先の事だけど、二人のご両親は本当に仲が良さそうだったし、あんなに良い夫婦になれたら良いなぁ……」
「うん……あ、そういえば今日は語呂合わせでいい夫婦の日らしいけど、誰がそれを決めたんだろう?」
国雄が首を傾げながら言うと、雨月は微笑みながら話し始めた。
「いい夫婦の日は日本独自の記念日で、1988年に公益財団法人の余暇開発センターが夫婦で余暇を楽しむライフスタイルを提唱して制定した事が始まりです」
「結構最近な上に日本独自の記念日なんですね。そういうのなら外国にも広まってそうなのに」
「そうですね。因みに、他にも11月23日は勤労感謝の日でもありますがいい夫妻の日でもあり、1月22日とその翌日の23日を語呂合わせでもう一つのいい夫婦・いい夫妻の日として入籍する方々も多いようです。
そして1月31日は1がアルファベットのIに見え、31が語呂合わせで“さい”と呼ぶ事から愛妻の日として日本愛妻家協会が制定しており、2月2日はいい夫婦の日よりも早い1987年に制定された夫婦の日です」
「結構色々ありますね……でも、それだけ夫婦として関係や奥さんを大切にしたいという想いが強いんですね」
「そういう事になりますね」
夕雨の言葉に対して雨月が頷いていると、里美は天井を見上げた。
「夫婦の日、かぁ……夕雨さんと雨月さんは夫婦ではないですけど、私達からすれば理想の関係ですよ」
「たしかに。何か秘訣とかあるんですか?」
「秘訣? そう言えるような物はあまりないけど……お互いに思った事はちゃんと言うようにしてるかな」
「そうですね。私達は一心同体なのでお互いに考えている事は手に取るようにわかりますし、私が力を取り戻した事で夕雨さんも神力が高まるなどの効果が出ましたが、それでもお互いに思った事はしっかりと言うようにしていますよ。考えを読み取るよりもしっかり言葉で伝え合う方が気持ちも繋がりますから」
「なるほど……」
「まあそうしたからといって全部が全部うまく行くわけでは無いだろうけど、二人も時には自分の想いをしっかりと言ってみても良いかもね」
それに対して国雄と里美が頷いていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアがゆっくりと開き、水色の傘を持った短い茶髪の女性と緋色の傘を持った襟足まで伸びた赤髪の男性が中へと入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「あ、はい……」
「こんなオシャレなカフェ、あったんだ……」
「まあ知らないのも無理はないですよ」
「ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨に導かれてくるカフェみたいですから。お兄さん達もたぶんそうなんですよね?」
「押し潰されそうな程に……ああ、そうだね」
「正直、否定は出来ませんからね……」
男女は傘を傘立てに置くと、並んでカウンター席に座った。
「僕は
「そして私は
「ほう、それはおめでたいですね」
「でも、辛い気持ちを抱えてるっていう事は、その結婚に乗り気ではないという事ですか?」
「いえ、洋子さんとの結婚は別に良いんです。お見合いも突然の話だったとはいえ、その後に何度かデートをした事で洋子さんの人となりはわかってとても良い人だというのはわかっていますから」
「けれど、そのお見合いや結婚を決めたのは、私達の親達で結婚の目的自体も政略結婚みたいなものなんです」
それを聞いた国雄達は驚いた。
「せ、政略結婚……!」
「それじゃあお二人ともお金持ちとかなんですか?」
「そうなるね。その家に生まれた事や結婚に賛同した事に後悔はない。けれど、こんな形で初めての結婚を済ませる事になるというのがやっぱり嫌だったんだ」
「話してわかったんだけど、私達はお互いにしっかりとした出会いを果たした相手と結ばれたいという思いがあったの。けれど、実際は親同士が決めてきて親同士が得するための結婚。このままだと結婚した後もそれが気になって結婚生活を楽しく過ごせないと思って……」
「なるほど……でも、それならここに導かれて正解でしたよ」
「え?」
大和が驚く中、里美は夕雨と雨月を見回した。
「お二人なら何か良いアイデアがありますよね?」
「まあ夫婦ならではっていうお菓子はあるし、それを食べてもらいながらお話を聞くくらいなら出来るよ」
「そうですね。お二人はそれでも大丈夫ですか?」
「あ、はい……それじゃあそれに合いそうな飲み物も二人分お願い出来ますか?」
「それじゃあ僕達もそれをお願いします」
「畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、作業に取り掛かり始めた。そして作業をする姿に大和と洋子は目を丸くした。
「こんなに動いているのに……」
「まったくぶつからない……」
「夕雨さん達は夫婦ではないですけど、一心同体なのでこういう事が出来るんですよ」
「でも、私達にとっては理想の関係です」
「そうなのか……」
大和達が驚く中で夕雨達は作業を続け、その十数分後に四人の目の前にはそれぞれ白と黒に染まったマドレーヌとホカホカと湯気を上げる紅茶が注がれたカップが四つずつ置かれた。
「つーとーんまどれーぬ、そしてこうちゃ、お待たせ致しました」
「ツートーン……あ、白と黒になってるからか」
「甘くて良い香り……それにマドレーヌをコーティングしてるチョコも綺麗で見ていて楽しい……」
「ふふ。それでは、ごゆっくりどうぞ」
「はい。それじゃあ……」
『いただきます』
四人は手を合わせてから声を揃えながら言うと、それぞれ別の色のマドレーヌを手に取り、それを口へと運んだ。
「……美味い! こっちのダークチョコレートでコーティングされてる方は少し苦みが強いけど中のミルクチョコで甘さと苦さが程よくなってるな……!」
「白いホワイトチョコの方も優しい甘さでスゴくホッとする……紅茶にも本当に合うし……」
「それに大きさもちょうど良いから夕ごはん前に食べても重くならないし、少し小腹が空いた時には良いかも」
「そうだね。はあ……本当に至福のティータイムだなぁ」
「喜んで頂けたようで良かったです。さて、東村さん達のお悩みですが、正直な事を言えば割りきるしかないと思います」
「……やっぱりそうですよね。自分達の勝手でどうにかするわけにもいきませんし……」
大和が哀しそうな顔をし、洋子も俯く中、夕雨は微笑みながら口を開いた。
「お二人とも、このマドレーヌが夫婦ならではのお菓子な理由はわかりますか?」
「え?」
「いえ、まったく……」
「マドレーヌは二枚貝がピッタリと合わさっているように見える事から夫婦円満の象徴として結婚祝いに贈られる事があるんです。だから、私達からの少し早い結婚祝いのような物でもあるんですが」
「このまま結婚を悲観するよりもここで割りきってしまい、誰よりも幸せな夫婦を目指してしまえば良いのではないかと私達は思うのです」
「誰よりも幸せな……」
「夫婦を……」
二人が顔を見合わせる中、国雄と里美は同時に頷いた。
「夕雨さん達の言う通りだと思います。誰よりも幸せな夫婦になって、自分達を両家の関係の良好化にしか考えていない人達を見返してしまえば気持ちもスッとするはずですから」
「それに、二人とも嫌い同士というわけじゃなくお互いに理想だって同じならきっと手を取り合って幸せな結婚生活を送れると思いますよ」
「……そうだね。たとえ政略結婚みたいな物だとしても、この好きだという気持ちは変わらないし、言ってみればお見合いだってしっかりとした出会いだ」
「うん。だったら、私達の理想だってちゃんと叶ってるわけだし、後は最期の最期までお互いに愛情を注ぎ合うだけだから。それに、何も知らない人達の事をこっそり笑いながら仲良く暮らすのもちょっと楽しそうかも」
「あははっ、たしかに。それじゃあそれを目標にこれから一緒に頑張っていこう、洋子さん」
「ええ、大和さん」
二人は両手を重ねて握り合いながら笑い合った。そして雨が少し弱くなる中で『かふぇ・れいん』の店内では楽しそうな声がしばらく響いていた。
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