第43話 しょーとけーき

 しとしと雨が降るある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では、青河兄妹と大空がカウンター席に並んで座りながらのんびりとしていた。


「はあ……やっぱりここに来ると落ち着くなぁ」

「そうだね。なんだか家にいる時と同じくらい落ち着く気がするよ。大空さんはどうですか?」

「私も同感。夕雨だっているしね」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。まあいつものようにゆっくりしていってよ」

「はーい。そういえば、ここに来る前に着物姿の小さな女の子達を見かけてそれで思い出したんだけど、明日って七五三なんだったね」

「七五三かあ。でも、七五三ってどうしてそういう名前なんだろう?」


 龍夜の疑問に雨月は龍夜達を見回しながら答える。


「七五三の由来は平安時代からそれぞれの歳で行われていた儀式にあります。三歳は髪置かみおきの儀、五歳は袴着はかまぎの儀、そして七歳では帯解おびときの儀または紐落としの儀と呼ばれる物を行うのですが、七五三のお祝いをする年齢は男女によって違います」

「あれ、そうなんですか?」

「はい。三歳の時は男女ともにお祝いをしますが、五歳は男の子のみで七歳は女の子のみお祝いをします。七五三は住んでいる土地の氏神に子供の健やかな成長を祈るために毎年11月15日を中心に行われている行事で、江戸時代の武家社会を中心に関東から全国へ広まったものとされています」

「なるほど……」

「昔は現代よりも医学や衛生面が発達しているわけではなく、子供が死亡する確率も高かったので七つまでは神の子であると言われ、七つになる事で初めて人として一人前になったと認められたわけです。それ故に子供の健やかな成長は願わずにはいられないものであり、三歳、五歳、七歳の節目に先ほど紹介した儀式を行い、それが年月を経て明治時代には庶民にも広まって、大正時代以降に現在のような形になったとされています」

「子供の健やかな成長を……たしかに親からすれば子供がしっかりと成長をしてくれたら本当に嬉しいでしょうからね。兄姉の目から見ても弟妹がいつも元気でいてくれたら嬉しいですし」


 龍夜が龍華を見ながら言うと、雨月は静かに笑った。


「ふふ、そうでしょうね。因みに、何故その年齢なのかと言えば、暦が中国から伝わった際、奇数は陽、縁起が良いとされたためで、三歳になると言葉を理解し、五歳になると知恵がつき、七歳で乳歯が生え替わるという成長の節目の歳だからとも言われていますよ」

「なるほど。あ、ところで……龍夜さんに一つ聞きたいんですけど、もし結婚して子供が出来たら男の子と女の子どっちが良いとかありますか?」

「俺ですか? そうですね……贅沢かもしれないですけど、どっちもいたら楽しそうかなと思います。もちろん、一人でも大変なのに二人の子供を育てるなんてもっと大変だと思いますけど、結婚してくれた相手と一緒に頑張りながら楽しく幸せな家庭を作っていけたらなと思いますよ。その時には龍華にも色々手伝ってもらうことにはなりそうですけど」

「うん、その時には伯母として頑張らせてもらうよ。それと大空さん……」

「うん、なに?」


 大空が首を傾げると、龍華は可愛らしい笑みを浮かべながら口を開いた。


「私は大空さんみたいな人がお義姉さんだったら良いなと思いますよ。夕雨さんからもお話は聞いてますけど、大空さんはいつも頑張りやさんで朗らかな人だと聞いてますから、そういう人がお兄ちゃんのお嫁さんで私のお義姉さんだったら嬉しいです」

「龍華ちゃん……」

「おいおい、龍華。突然そんな事を言っても大空さんが困るだろ?」

「お兄ちゃんだってそろそろ彼女さんを作っても良いんだよ? これまで私の事ばかりだったけど、新しいお仕事も順調だし、お兄ちゃんだって大空さんと話すのは嫌じゃないでしょ?」

「それはそうだけど……」


 龍夜が少し照れたように大空に視線を向け、大空が頬を少し赤らめながら嬉しそうに軽く俯く中、それを夕雨と雨月、そして龍華が微笑ましそうに見ていたその時、入り口のドアが開き、中学生くらいの少年が白と黒のツートンの傘を持って中へと入ってきた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「あ、はい……あの、このカフェってもしかして最近新しく出来たんですか? これまでまったく見かけた事がないんですけど……」

「それは仕方ないよ。ここは押し潰されそうな程に辛い気持ちを抱えた人達が雨によって導かれてくるカフェだからね」

「雨に導かれてくる……?」

「まあすぐには信じられないよね。とりあえず席に座って一緒にお話ししようよ。本当に何か悩みがあるなら私達全員で聞くから」

「え……う、うん……」


 微笑みかけた龍華の姿に少年は照れた様子で顔を軽く赤くすると、傘を傘立てに置いてから龍夜の隣に座った。


「……僕は七五三掛しめかけ大雅たいが、中学生です。僕には今年七歳になる妹がいるんですが、その妹の事でちょっと考えていた事があって……」

「妹さん……」

「仕方ない事なんですが、両親が妹ばかり目にかけていてそれが辛いんです。もちろん、妹が生まれてくる前は僕も色々誉められていましたし、大切に育てられてきたのはわかってます。でも、妹が生まれてきた途端に妹の事ばかりになって、僕に対して求める物が明らかに多くなったんです。兄らしさとか成績面とか……」

「なるほどな……たしかにそれは辛いよな。下に弟妹が出来ると、親ってそっちばかり優先する事が多くて、上の兄姉は先に生まれたんだから我慢しろとか弟妹の面倒はしっかりと見ろとか色々言われるからさ」

「お兄ちゃん……」

「でも、さ。俺の場合は龍華は俺から見ても大切な妹だったし、両親を亡くした今では他にはいない大切な肉親だ。だから、すぐには難しいかもしれないけど、大雅君もその妹さんとしっかりと向き合ってみたらどうだ? 妹さんは嫌いじゃないんだろ?」

「それはもちろん。けれど、やっぱり両親が中々こっちを見てくれなくなったのはどうにも寂しくて……」


 大雅は哀しそうな顔をしながらメニューをパラパラと捲り始めた。そしてあるページでその手は静かに止まった。



「しょーとけーき……」

「はい。そちらになさいますか?」

「……そうですね。それと……こうちゃでお願いします」

「あ、それじゃあ俺達もお願いします」

「夕雨さんが作るケーキと雨月さんが淹れる紅茶となればやっぱり食べたくなりますから」

「そうだね」

「畏まりました。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合った後、作業に取り掛かり始めた。そしてその作業風景に大雅は目を丸くした。


「は、速い……まったくぶつからないのにこんなに速く動けるなんて……」

「これがここの名物みたいなもんだからな」

「最初はやっぱり驚くけどね」

「まあね。でも、ここまで一緒に頑張れる相手ってやっぱり欲しいよね。それが誰になるかはわからないけど」

「……そうですね」


 四人が作業風景を眺め続ける事数分、四人の目の前にはショートケーキが一切れずつ載せられた皿と温かな湯気を上げる紅茶が注がれたカップが置かれた。


「しょーとけーき、そしてこうちゃ。お待たせ致しました」

「美味しそう……見た目は普通のショートケーキだけど、イチゴはスゴく瑞々しい感じだし、断面もスゴく綺麗だ……」

「見た目だけじゃなく味ももちろん一級品だからな。よし、それじゃあそろそろ食べるとするか」

「うん。それじゃあ……」

『いただきます』


 四人は声を揃えて言うと、添えられたフォークを手に取り、一口サイズに切り取ってからそれを口に運んだ。


「……美味しい! 上からほんのり粉砂糖が振り掛けられてるけど、クリームがベタッとした甘さじゃないから程よいし、イチゴも甘味と酸味がしっかりとしていて食べていて本当に気持ちが良い……!」

「この後に夕食を食べるってわかっていてもついつい食べちゃうんだよな。あ、龍華。俺の分のイチゴも食べるか?」

「ううん、大丈夫。それはお兄ちゃんの分だからお兄ちゃんが食べて」

「ああ、わかった」


 青河兄妹が仲睦まじそうに笑い合い、その様子を大雅が複雑そうな顔で見ていると、大空は大雅に話しかけた。


「ねえ、しょーとけーきにしたいと思ったのって何か理由があるからなんでしょ?」

「……はい。僕自身がショートケーキが好きなのはそうなんですが、妹も同じようにショートケーキが好きなんです。だから、しょーとけーきという文字を見た瞬間に食べたくなっちゃったし、食べさせたくなっちゃって……」

「そう思えるって事は、やっぱり大雅君も妹さんの事は大切に思ってるんだよ。それはご両親が妹さんの事ばかり見るのは辛いかもしれない。でも、大雅君も同じように大切に育てられてきたという事実は変わらない。だから、まずはご両親とも話してみたら良いんじゃないか?」

「私もそう思うよ。最初は驚かれると思うけど、寂しさを感じさせていたんだなと思ったら大雅君のご両親もきっとそれはわかってくれると思うから」

「……そうですね。これまで少し我慢しすぎたのかもしれませんし、両親に少し話をしてみます。そしていつか僕がショートケーキを作って家族に振る舞えるようになりたいです」

「うん、良いと思うよ。なんだったら妹さんに手伝ってもらいながら作っても良いしね」

「うまく行くように私達も祈っていますよ」

「はい、ありがとうございます」


 大雅が安心したように笑うと、夕雨達も微笑みかけた。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』の店内では楽しそうな笑い声がしばらく響き続けていた。

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