第11話 まっちゃかふぇおれ

 少し強い雨が降るある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内には茶色のエプロンをつけた短い銀髪の老人がカウンターの向こうに立っており、店員である夕雨と雨月は落ち着いた様子でカウンター席に座っていた。


「ふむ……しっかりと手入れは行き届いていて、冷蔵庫の中の食材も新鮮、コーヒー豆の香りもしっかりとしていて湿気っていない。うむ、合格だ」

「ありがとうございます、天雨あまうさん」

「よかったぁ……自分ではしっかりとしてるつもりだけど、毎年一回の天雨さんのチェックの日だけは本当に緊張するんですよね……」

「この店は二人に任せたが、やはり管理だけはしっかりとせんとな。この店はワシと共に色々な出来事を過ごしてきたいわば相棒だからな」

「その相棒さんを任せて頂いているのは本当に光栄ですよ、天雨さん。その上、お家まで譲渡して頂いたわけですし……」

「まあ、この店をそろそろ続けていくのも難しいと思っていたからな。だが、そこに近所の神社の元祭神とその祭神と一体化した人間が来店するとは思わなかった」


 天雨あまう創地そうちが懐かしそうな表情で二人を見回すと、夕雨は苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻く。


「あはは……今は雨月さんと一体化したままでも普通に過ごせるんですけど、あの時はすごく体も重くて、お腹も減っていたからどこか良いところは無いかなと思っていたんです。少しでもお腹に入れたら何か変わるかなって」

「結果、本当に変わったわけだがな。夕雨は会社勤めを止めてまた調理の面で頑張りたいと思い、雨月は祭神の座を完全に降りて人間達の中で頑張ると決めた。ワシが出したあのメニューで人間と神の未来が変わるなんてな。世の中、何が起きるかわからん」

「ふふ、そうですね。そして、天雨さんからこのお店を畳もうと思っていると聞き、夕雨さんが後を継いで頑張りたいと言って、私がそれを支えようと思って私達は天雨さんにかふぇを経営する上で必要な事やメニューの作り方などを教えて頂いた」

「もっとも、あの頃の雨月さんは信仰の減少で力の大半を失っていて、司っていた雨が降っている時しか外には出られませんでしたから、このカフェも雨の日限定の開店にして、あの日の私のように人生に疲れていたり辛さで押し潰されそうになっていたりした人と雨月さんが力で縁を結んでお客さんとして来てくれるようにした。

だから、今もお客さんが来る数は少ないですし、その名残で雨の日限定の開店なのはそのままにしていますから、天雨さんが望んでいたような形にはなってないかもしれませんね」

「いや、それで構わん。たしかに客商売としては大勢のお客さんに来てほしいが、元々無くなるはずだった物をどん底にいた二人が受け継いでくれようとしたんだ。それなら、その考えを尊重するべきだ。だから、こうして店を任せて田舎に引っ込んだ後も獲れた果物や野菜、魚や精肉を宅配で送り、水道代や光熱費を代わりに払っているんだ。信用出来ないと思ったらそこまでは出来んよ」


 そう言う創地の顔は優しい笑顔であり、夕雨と雨月は顔を見合わせて笑い合ってから揃って創地に頭を下げた。


「天雨さん、本当にありがとうございます」

「ありがとうございます、天雨さん」

「礼を言うのはワシの方だ。ここに来る前、神社に寄って豊与世司尊ほうよせいじのみことにも話を聞いてきたが、いつ様子を見に来ても来てくれたお客さんが楽しそうで幸せそうな笑顔をしていると言っていた。

それはワシが望んでいた店の様子その物で、この店自体もここまでしっかりと管理をしていてくれた。夕雨、雨月、本当にありがとう。ワシと出会い、この店を受け継ぐと言ってくれて」

「天雨さん……」

「さて、今年もワシが二人に振る舞うとするか。向こうでも息子夫婦や孫達に色々作っているし、腕は衰えていないつもりだ」

「その心配はまったくしていませんよ。天雨さんの作るお菓子やお茶はいつだって美味しいですし、私達がいつかは越えたいと思っている目標ですから」

「そうですよ、天雨さん。天雨さんの作るスイーツはいつも美味しいので、まだ超えられないのかって落ち込むくらいですから」

「はっはっは、そう簡単には超えさせんさ。さて、それではそろそろ作るとするか」


 そう言うと、創地は慣れた様子で調理を始め、夕雨と雨月はその様子を見ながら懐かしそうな表情を浮かべ、二人の視線を背に創地は楽しそうに準備を続けた。

そして始めてから十数分後、二人の目の前には二杯の抹茶オレといちご大福が真ん中に入った数切れのロールケーキが載せられた皿が二枚置かれた。


「抹茶カフェオレといちご大福ロール、おまちどうさま」

「ふふ、やはりいつ見ても美味しそうです」

「ですよね……私も何回も作っていて、お客さん達からも美味しいって言ってもらえてるんですけど、この味だけはどうにも超えられないんですよ」

「しっかりとしたレシピはワシが本当に何も作れなくなった時にでも教えてやるさ。さあ、召し上がれ」

「はい。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」

「「いただきます」」


 声を揃えていただきますを言った後、二人は同じタイミングで抹茶カフェオレを飲み、同じだけロールケーキをフォークで切り分けて同じタイミングで口に運んだ。


「……ふふっ、本当に美味しいですね」

「はい……あの日と同じで美味しいです。はあ……これを超えられるようにこれからも頑張らないと……」

「はっはっは、頑張って超えてみせろ」

「この二品は私と夕雨さんを見て出そうと決めたんでしたよね?」

「ああ、そうだ。雨月という和の要素と夕雨という洋の要素を考えたら、同じように和と洋が合わさった物が良いと思ってな。夕雨も日本人だから和の要素に思えたが、あの日も雨で少し体が冷えていてすごく暗い目をしていたから、抹茶の深みのある味わいと温かなミルクのまろやかさ、コーヒーの苦味の組み合わせが良いと感じたんだ。その結果、出す菓子も和と洋が組み合わさったイチゴ大福ロールになったしな」


 創地が笑いながら言うのを聞いた後、夕雨は抹茶カフェオレとイチゴ大福のロールケーキを見ながらふわりと微笑んだ。


「……なんだかすごいですよね。本来、まったく違うはずの物同士なのに、こうしてお互いを引き立てあってちゃんとした味になるなんて」

「それは二人も一緒だろう? 人間と神、女性と男神という違うモノ同士が出会い、事情があったとはいえ一体化をして、こうして支え合いながら店を続けられている。まあ、ここに中華の要素も加われば和洋中で揃うが……そこまでは流石に望まんさ。今の二人だからこそこうして仲良くやれているんだ。二人とも、これからもこの店をよろしく頼むぞ」

「はい、もちろんです」

「私みたいに人生に疲れていたり辛さで押し潰されそうになっていたりする人はまだまだいますし、雨月さんに縁を結んでもらってもっと色々な人と出会って、その人達にここなら落ち着けるんだよって言ってあげます」

「そうですね。夕雨さん、これからも頑張りましょうね」

「はい、雨月さん」


 夕雨と雨月が顔を見合わせながら笑い合う中、その様子を創地はまるで本当の家族を見守るかのような柔らかな笑顔で見ており、三人を繋いだ雨も二人のこれからにエールを送るように降り続いていた。

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