第10話 こーひーあんみつ

 しとしとと雨が降る夕暮れ時、雨の日限定で開店している『かふぇ・れいん』の店内には店員である夕雨と雨月の他に狩衣を着た二人の男性がいた。


「お久しぶりです。豊与世司尊ほうよせいじのみことさん、地恵芽生尊じけいがせいのみことさん」

「うん、久しぶり。雨月──いや、雨導月絆尊うどうげつはんのみこと

「……どうやら去年と比べても力はだいぶ戻ったようだな。神々の監視役として上位の神々の指示に従い、初めはそのまま消失させるのもやむ無しと考えたが、人間と一体化させたのは正解だったか」

「はい。私も初めての事でしたし、夕雨さんもあの時は心身共に疲弊していましたから、不安は当然ありましたが、結果としてこうして私はまだ元気でいられますし、地恵芽生尊さんの判断は私にとって最良でしたよ」

「雨月さんも初めは雨の日以外は外に出てくる事すら出来なかったのに、今では出てきて一緒に買い出ししたりちょっとお出掛けしたり出来るくらいにはなりましたからね。まあ、まだ少しふらついたり本調子じゃなかったりする時はあるみたいですけど」

「神とて一度力を失いかければそうなる。雨導月絆尊のように古くからこの地で神として信仰を集めていたとしてもな」


 地恵芽生尊の言葉に豊与世司尊は静かに頷く。


「そうだね。雨導月絆尊は古くから縁結びのご利益がある神として人間達の生活を見守ってきたけど、徐々に信仰が減っていった事で力を失って、遂に消えてしまいそうになっていた。

代わりにあの神社の祭神となって実感したけど、やっぱり現代の人間達は神や妖怪といったモノ達を信じたり恐れたりする気持ちを無くしていて、今では人間として生きてる妖怪の数も増えている。これじゃあ雨導月絆尊が力を失ってしまうのも当然だよ。恋愛も神頼みじゃなく、コンピューターによる物に変わっていってるようだからね」

「雨月さんと関わるまで私も神様とか妖怪みたいな人ならざるモノ達の事なんて考えてきませんでしたからね。でも、雨月さんをこの身に宿したからか霊感みたいなのも目覚めて神力っていう物も使えるようになったみたいで、体も前よりも丈夫になった気がします」

「ふふ、そうですね。人の身で神を宿すというのは、本来ならば選ばれた巫女や神力を持った人くらいしか出来ませんし、最悪私もあのまま消え去って夕雨さんも無理をした事で命を落とす可能性はありましたから、私と夕雨さんの相性は抜群だったようですね」

「……雨を名前に持つ人間の女性と雨を司り恋愛成就などのご利益がある男神。二人がこうして出会って一体化出来たのは、運命みたいな物だったのかもしれないね」

「そうかもしれませんね。一体化したからかお互いにお風呂や着替え中の姿を見られてもお互いに恥ずかしさはないですし、変に恋に落ちるみたいな心配もありませんから、すごく生活はしやすいですよ。

まあ、相手が神様とはいえ、恋人でも夫婦でもない男性にそういう姿を見られてもまったく気にならなかったり一緒にお風呂に入れたりするのは今でも女としてどうなのかと思いますけどね」

「私達としてはその方がありがたい。お互いに恋心を抱く事はなく、相手を異性として意識する事はない上に一体化により性的な欲求も鎮められているが、二人の血を引いた子を成す事は出来るからな。神々としても安易に半神を生み出してしまうわけにいかないのだ」

「そうですね。私としては夕雨さんが望むならば幾らでも付き合いますが、夕雨さんもそれは望んでいないようですからね」

「はい。いたら楽しいかもしれませんけど、世界にいらない影響を与えてしまう可能性はありますし、雨月さんはそういう事をする相手というよりはもう一人の私みたいな感覚ですからね。今さらそんな事をしたいとは思いませんよ」


 夕雨と雨月の言葉に二柱の神は少し安心したように息をつく。


「ならばよい。さて……様子見はこれで十分だ。私はそろそろ帰るとしよう」

「あれ、良いの? ここでまたお菓子とお茶を頂いていけば?」

「そうですよ、地恵芽生尊さん。実は……また“あのメニュー”の改良をしたのでより美味しくなったんですよ?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべながら言う夕雨の言葉に地恵芽生尊は入り口へ向かおうとした足を止め、諦めたようにため息をつく。


「……それならば仕方あるまい。神として悔しい限りだが、どうにもあの甘味にだけは勝てぬからな」

「夕雨さんの作るお菓子と雨導月絆尊の淹れる飲み物には僕達も抗えないからね。神々の監視や調査の仕事も今日はここで終わりなんだし、のんびりしていく方が良いよ」

「ふふ、そうですね。私も久しぶりに友神であるお二人と色々お話がしたかったですから。それでは、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 いつものようにお互いの名前を呼ぶだけで意志疎通をした後、二人はそれぞれの作業に移り、カウンター席に座った二柱の神はその様子を眺めていた。

そして十数分後、神々の前には涼しげな器に入った珈琲の寒天や生クリーム、アイスの他に数種類の果物が食べ物と中の緑色のクリームがうっすら透けて見えるシュークリームが紅茶と共に置かれた。


「こーひーあんみつとまっちゃしゅーくりーむ、そして紅茶二つお待たせしました」

「抹茶のシュークリームも甘さと苦さの調整をしたので前とはまた違った味わいになってますよ」

「わあ、そうなんだ。それじゃあいただきまーす」

「……いただきます」


 神々は揃って手を合わせてからそれぞれの食べ物に手をつけ、その味に豊与世司尊が嬉しそうな笑みを浮かべる中、地恵芽生尊はフッと笑う。


「やはりこの味には抗えないな。初めは無理に引き留められて食べたが、今では度々食べたくなってしまう」

「ふふ、そうだよね。僕もこの抹茶のシュークリームはこれまであまり食べた事がなかったけど、今では大好物になったよ」

「それならばよかったです」

「お二人も甘い物はお好きですからね。その上、どっちも苦さもあるので、その二つの味の組み合わせがとても心地よいです」

「同感だな。さて……今度は来週だったか」


 その地恵芽生尊の言葉に雨月は静かに頷く。


「はい。お二人と同じように大切な方が来てくださいます」

「僕達と同じで二人の様子を見に来るわけだし、元気な姿を見せたいよね」

「はい。お手紙はもらってるのでまだまだお元気なのはわかってますけど、やっぱり面と向かって話せるのは嬉しいです」

「そうだろうな。私も豊与世司尊は来られないが、私達も変わらず元気だと伝えてくれたら助かる」

「はい、必ずお伝えします」


 雨月が微笑みながら答えた後、二柱の神は目の前の甘味と紅茶による穏やかな一時を楽しみ、夕雨と雨月はその姿を窓の向こうで降る雨と共に嬉しそうに眺めていた。

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