第8話 ぷりんあらもーど
ザーザーという大きな音を立てながら雨が降る中、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では、夕雨が窓の向こうに見える雨を少し不安げに眺めていた。
「今日は雨が強いですね……たしか台風も近づいてるって言ってましたし、雨でもお客さん来ないかもしれませんね」
「可能性はありますね。ただ、それでも来て下さる方がいるならば、私は心から歓迎するつもりです。雨に濡れて体を冷やしていると思いますから、それならば温かい物をすぐにお出ししたいですしね」
「そうですね。あ、そういえば……台風で思い出したんですけど、台風の中でも風が弱いところって台風の目って言いますよね。あれってなんででしたっけ?」
「そうですね……台風の目の語源については私もあまり詳しくないのですが、台風の目というのは台風の渦巻きの中心に出来る雲の無い空洞の事で、その外壁部分は雲が壁のようになっていて、それを英語では“
「なるほど……でも、目の壁なんてなんだか怖いですね」
「ふふ、ただ怪談話には出てきそうですよね。妖怪にも障子に目を浮かび上がらせて家人達をジッと見ている
「つまり、台風の目だと思って安心していたら、その様子を見られているわけですか……」
「ですが、基本的には何も見ないようにはしているようですよ。私達も人間の皆さんの個人的な事には自分から関わらずに心からの願いを受け取った際にはそれを叶えられるように手助けをするだけですから」
「それを聞いて少し安心しました」
夕雨が安心した様子で笑い、雨月がそれを見ながら微笑んでいたその時、入り口が開いてドアベルが鳴り、青色の傘を持ったスーツ姿の男性が入ってくる。
「はあ……ようやく着けた。あ、お二人ともお久しぶりです」
「おや、
「いらっしゃいませ。雨、大変でしたよね?」
「ああ、中々大変だったよ。ただ、ここに来るようになってから、雨が辛くは無くなったし、今日もここに来るために頑張ったよ」
「私も同じです。前は雨が辛かったですけど、あそこを辞めてこうして雨月さんと出会ってからは雨も働く事も辛くなくなりましたから」
「……うん、どうやら本当にそのようだね、虹林君。あの頃の君は本当に辛そうだったし、どうにか出来ないかとは考えていたけれど、君だけを贔屓するわけにはいかなかったからね。こうしてまた笑顔で話せるようになったのは、本当に嬉しい事だよ」
「……私も今の会社に移ってわかったよ。あそこで頑張るよりもこうして転機を逃さずに行動するのが大事だったとね。仕事だから社会人だからという言葉で自分を誤魔化してきたが、やはり身体にも影響が出てきたからね」
「前の職場を悪く言うのはあまり良くないですけど、正直あそこの環境は本当に劣悪でしたし、上層部も私達を使い潰す気しかありませんでしたから」
「そうだね。そして、転職をして初めの雨の日にここに引き寄せられて、顔色も調子も良くなった君と再会して……妻や子供達とも君については話していたから、元気な姿を見られたのは本当に嬉しかったよ」
「私も円林さんとまた話せたのは嬉しいですよ。あの頃はこうして話すなんても出来ませんでしたけど円林さんが度々気を遣ってくれてたのは助かってましたし、今度は私が雨月さんと一緒に円林さんの助けになれてるのが嬉しいですから」
「……うん、ありがとう。さてと、それじゃあいつもので頼めるかな」
「わかりました。それじゃあ雨月さん、始めましょうか」
「はい」
夕雨の言葉に雨月が返事をした後、二人はそれぞれの作業に移った。外の雨音が店内にも微かに響く中、紅茶の芳醇な香りが店内に広がり、蒼空はその香りに口許を綻ばせる。
そして十数分後、蒼空の目の前には口の広いグラスに生クリームや数種類の果物と共に盛られたてっぺんにミントを載せたプリンとホカホカと湯気を上げる紅茶のカップが置かれた。
「プリンアラモードと紅茶、おまちどおさまです」
「ああ、ありがとう。ふふ……やはり、この組み合わせを見ると何歳になっても心が踊るよ」
「円林さんが子供の頃にご家族と一緒に外食先で食べた思い出の組み合わせですからね。
「嵐城さんとはたまにおすすめのスイーツを教え合っているよ。初めてここで会った時はだいぶビックリしたけど、同じ父親で同じ甘い物好きという事で意気投合してからは家族ぐるみの付き合いにもなったしね」
「それは何よりです。それにしても、このぷりんあらもーどという食べ物は、よく見てみれば先程話していた台風のようにも見えますよね」
「台風……ああ、生クリームや果物がプリンという目を囲んでいるからですね」
「因みに、雨月さんが言うには、台風の目はある人の眼窩で、基本的には見ないようにしていますけど、私達が安心している姿は見られているみたいです」
「ははっ、壁に耳あり障子に目ありならぬ雲壁に耳あり中心に目ありだ。では、早速頂くとしよう」
蒼空は微笑みながらいただきますと言った後、銀色のスプーンを手に取り、プリンに生クリームを載せて口に運びながら紅茶の香りと味を楽しんだ。
その心が安らいだような笑みを見ながら夕雨も嬉しそうに微笑み、大きな雨音だけが響く店内で雨月はそんな二人の様子を微笑ましそうに見つめていた。
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