第7話 かふぇおれ
外で雨が音を立てながら強く降る中、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では、夕雨が自身の担当であるスイーツ準備をしながら雨の様子を眺めていた。
「今日は雨がすごいですね……バケツをひっくり返したようななんて表現がありますけど、まさにそんな感じです」
「そうですね。一般的な言い方をするならば、今の雨は大雨といったところですが、夕雨さんがおっしゃったような言い方をすると、普通の雨でもなんだか特別感があるような気がします」
「雨に関する言葉も色々ありますしね。
「はい。雨は時には洪水の原因になるなど災害をもたらす事もありますが、豊穣のための恵みにもなりますから、雨は生物にとって益にも害にもなるわけです」
「要はつきあい方一つ、ってわけですね」
「ふふ、そういう事です」
夕雨の言葉に雨月が微笑みながら答えていた時、入り口のドアが開き、水色の傘を持った女性が少し安心したように息をついた。
「はあ……酷い雨だった。あ、雨月さんに夕雨さん。こんにちは」
「おや、
「はい、ありがとうございます」
「最近、雑誌のライターのお仕事はどうですか? この前は有名な作家さんにインタビュー出来たみたいですけど」
「良い感じではあるわね。ただ、もう少し何か良い題材が欲しいかしらね」
「題材……ですか?」
雨月からの問いかけに
「はい。最近雨が多いですよね? なので、雨に関する特集でも組めば、読者も増えるんじゃないかと思っているんですが、どうにもうまく考え付かなくて……それで、ここに来れば落ち着いて考えられるかなと思ったんです。雨と言えばここですから」
「あー……たしかにそうですね。店名にも店員の名前にも“雨”が入っていて、雨の日限定の開店とくればそう考えるのも納得です。それにしても……最近、雨が多いのは神林さん達とも話しましたけど、もしかしてこれって……」
「はい。私もだいぶ元気になってきましたし、その時が近いのかもしれません」
「その時……ああ、前に聞いた事があるアレですね。でも、その時が来てもここを閉めるというのは無いですよね?」
「それは考えていませんね。以前のようには今さら戻るつもりはありませんし、そうしてしまうと夕雨さんの人生にまで影響してしまうので」
「私自身はそれも面白そうだとは思いますけど、雨月さんが望んでいないなら私もそうしたいとは思いませんね。私と雨月さんは一心同体ですし、このお店に関わる事じゃなかったら意見が一致しないならそれはしない事にしてますから」
「なるほど……本当ならお二人について書きたいですけど、このゆったり空間を失うのは私も辛いですし、これはここに来られた他の人達の総意でもあるのでそれは止めます。はあ……でも、雨についての特集って言っても何が良いかなぁ……」
神音がため息をついていた時、夕雨は微笑みながら神音に話しかける。
「それなら、色々な雨について調べたらどうですか?」
「色々な雨……?」
「はい。さっき、雨にも色々な言葉があるっていう話をしていて、雨は私達人間の生活に昔から根付いた物だと改めて感じていたんです」
「なるほど……たしかに雨に関する言葉だけじゃなく、文化やお祭り、神話もあるし、それらを紹介していくのは面白いのかも……」
「参考にはなりましたか?」
「はい、とても。よし……そうと決まれば、それで書く時のために今から調べ物をしないと。雨月さん、調べ物のお供にカフェオレとクッキーをお願いしても良いですか?」
「もちろんです。それでは、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
頷きあった後、神音がパソコンやメモ帳を取り出して調べ物を始める中、二人はカフェオレとクッキーの準備に取りかかった。店内にコーヒーの深みのある香りとクッキーの甘い香りが広がると、その香りに神音の表情はうっとりした物に変わったが、調べ物をする手は止まらず、パソコンの横に置かれたメモ帳は徐々に文字で黒くなっていった。
それから十数分後、夕雨と雨月は頷きあった後、パソコンとメモ帳を横に避けた神音の目の前にカフェオレが入ったカップと数種類のクッキーが盛られた皿を置いた。
「かふぇおれとくっきー、お待たせしました。調べ物は順調ですか?」
「はい。調べれば調べる程に色々な事がわかって、これを書きたいという気持ちも強くなっていったので、編集長にはこれを企画として出してみたいと思います」
「それはよかったです」
「それじゃあ、いただきます」
手を合わせてから神音はクッキーとカフェオレを味わうと、その表情はホッとした物に変わった。
「はあ……美味しい。取材を受けてくれた人の紹介や調べ物をするために他のカフェにも行きますけど、やっぱりここで食べたり飲んだりするのがすごく落ち着くし美味しいです」
「ありがとうございます」
「仕事終わりだったらお酒も出せましたけど、まだ仕事がありますからね」
「そうねぇ……でも、ここでお酒を飲む場合、基本的には夜だから、会える人も結構限られちゃうのよね。学生組は家にいるだろうし、あの子達と飲めるのももう少し後になるわね」
「そうですね。もし、学生組がお酒を飲めるようになったら、とりあえず嵐城さんが無理ない程度に慣らしてくれそうですよね。嵐城さん、すごく面倒見が良いですし」
「たしかにね。その様子を神林さん達が微笑みながら見る……うん、写真に撮りたいくらいすごく良い感じの光景ね。それにしても、カフェオレを頼む度にいつも思うんだけど、カフェオレってなんだか二人みたい。本来違うもの達が合わさって、それぞれの良さを活かして更に良いものを作り出そうとする。そういう関係ってやっぱり良いわね」
「ふふ、そうですね」
「偶然出会った私達ですけど、そう言ってもらえるくらいになれてるわけですし、この関係を崩す事なく更に良い物にしていきたいですね」
「はい」
夕雨の言葉に雨月が頷きながら答えた後、外で強い雨が降り続ける中で店内ではそれに負けない程に賑やかな声がしばらく聞こえ続けていた。
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