第6話 あめふりぱふぇ

 纏わりつくような蒸し暑さとじんわりとした湿気の中、雨がしとしとと降り続けている様子を雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内から夕雨が見つめていた。


「……今日は過ごしづらそうな感じですね。でも、雨月さんは特にそんな事はなかったりしますか?」

「そうですね……夕雨さん達が感じているような蒸し暑さやジメッとした湿気は特に感じませんが、大変だという事はわかりますよ。今朝、夕雨さんが起きてきた時に寝苦しかったと言っていましたし、寝癖も中々直らなかったようですしね」

「そうなんですよ……湿気が多いとどうにもうまくいってくれないので会社勤めの頃も苦労してましたよ」

「最近は天気も不安定で朝から雨という日よりは降ったり止んだりを繰り返していますから、夕雨さんもお出掛けの際には気をつけてくださいね。雨に濡れて体調を崩してしまっても良くはありませんから」

「はい、もちろんです」


 少し心配そうに言う雨月に対して夕雨が微笑みながら答えていたその時、ドアベルがカランカランと鳴り、黒い傘を持った身なりの良い老年の男性と着物姿の老年の女性が店内へと入ってきた。


「おや、陽之助ようのすけさんと月世つきよさん。いらっしゃいませ。お久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだね。最近は会長としての仕事が忙しくて雨の日でも中々来れなかったから、今日はこうして来られたのが嬉しいよ」

「この人ったら、今日はようやく雨の日のお休みだからか絶対にここへ来るんだと言って朝から張り切っていたんですよ。でも、その気持ちは私もよくわかります。こちらはいつ来ても落ち着きますから」

「そう言ってもらえて嬉しいです。それじゃあお席にどうぞ」


 夕雨の言葉に頷くと、傘立てに傘を置いた神林かんばやし陽之助と神林月世はカウンター席に並んで座り、雨月は微笑みながら陽之助に話しかける。


「先程、今日は過ごしづらそうだと話していたんですが、お二人も朝から過ごしづらそうだと感じていましたか?」

「そうだな……たしかにジメジメとしている上に蒸し暑く、私ももう少しカラッとした暑さになってくれないかと思っていたよ。実際、ここに来るまでにもワイシャツの袖を捲っている若者の姿をよく見かけたからね」

「今年の夏は梅雨が遅れてきたかのように雨降りの日も多いですからね。その分、今年は開店する日も多いのではないですか?」

「はい、例年に比べて今年は開店してる方ですけど、神林さん達のようにこことの縁が結ばれてきたお客さんも多く来てくれるのですごく楽しいです」

「それは良い事だね。雨月君、夕雨さんのような女性と出会えたのはすごく幸運だったのではないかな?」


 陽之助からの問いかけに雨月は笑顔で頷く。


「はい。あのまま消えていってもおかしくなかった私を受け入れ、こうしてまだこの世に残して下さっているわけですから、夕雨さんと出会えてなかったらと思うととても怖いですよ」

「私だって雨月さんがいたから今こうして明るくいられるんですよ。会社勤めに疲れ果てて、このまま死んでしまおうかなんて考えていた時に雨月さんと出会って……その時、雨月さんの事がなんだか放っておけなかったんですよね。状況こそ違いましたけど、追い詰められていたっていうところは同じでしたし」

「ふふ……それなら、お二人はお互いを助け支え合うために出会ったのかもしれませんね。ご夫婦というわけでもないのに、なんだかそれ以上に信頼し合っているようにも見えますしね」

「それ、他の人にも言われますよ。でも、私的には雨月さんとの結婚は考えてないですね。神林さん達みたいな仲の良い夫婦っていうのも憧れますけど、私は他の人とも結婚なんて考えてないですし、こうやって雨月さんとのんびりお店をやっていけたらって思ってます」

「私も同感です。夕雨さんは魅力的な女性ですが、私は縁を結ばれる側ではなく結ぶ側でしたから、結婚自体は考えていないですし、助けて頂いた夕雨さんの事をずっと支えていくつもりです。それに、それがこのお店を私達に託して下さった方からのお願いでもありますからね」


 雨月のその言葉に夕雨は懐かしそうに微笑み、陽之助はふぅと息をついた。


「……そういえば、そろそろだったか。今年もどちらも来るのだろう?」

「はい、お二人とも別日ではありますが、八月末にはいらっしゃる予定ですよ」

「なるほどな……ここに初めて来た時、雨の日限定の開店や客の入りなどを考えない方針に疑問を持っていたのだが、雨月君の事情や八月末に来る特別な客達の事を考えたらなるほどと思えたよ」

「普通だったら経営が立ち行かなくなってますしね。さてと、本日のご注文もいつも通りでよろしいですか?」

「はい、お抹茶とコーヒー、そして“あめふりぱふぇ”をお願いします」

「畏まりました。では、夕雨さん」

「はい」


 返事をした後、二人は特に相談などもせずに準備を始め、陽之助と月世はその様子を楽しそうに眺めていた。

それから数分後、陽之助達の目の前には深緑色の茶碗に入れられた抹茶とカップに入れられたコーヒー、そして片方にはバニラアイスがそえられた生クリームの載ったプリンが、もう半分には二種類の餡が載せられた大福餅が入れられ下にはコーンフレークが敷き詰められた水色のパフェグラスが置かれた。


「お待たせしました、抹茶とこーひー、そして当店限定のあめふりぱふぇです」

「ああ、ありがとう。それにしても、このあめふりぱふぇはやはりいつ見ても感慨深いなぁ」

「陽之助さんからこの店ならではのメニューはないのかって訊かれたのがきっかけでしたからね。和のイメージがある雨月さんと月世さん、洋のイメージがある私と陽之助さんをモチーフにして作っているからか、和と洋、二つの味を同時に楽しめるのが良いって他のお客さんからも言われてますよ」

「もう少し工夫をする予定ですが、このあめふりぱふぇは元祖という事でずっと残していくつもりですよ」

「そうか……なんだか嬉しいものだな。こうして私達が考えた物が残り続けるというのは」

「このお店を受け継ぐ方はいないので、いつまでも続けられるというわけではないですが、続けられる限りは残していきます。お二人が生きていく楽しみの一つとなるように」

「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。それじゃあ頂こうか」

「ええ、そうですね」


 月世が微笑みながら返事をした後、陽之助と月世は一つのパフェを仲良く分け合い、外で静かに雨が降る中で、二人の仲睦まじい姿を夕雨と雨月は微笑ましそうに見つめていた。

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