第5話 れもねーど

 空が厚く黒い雲に覆われ、小雨が降り続けるある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内ではジャージ姿の少年と少女がカウンター席に座りながら窓の向こうで降る雨を眺めていた。


「雨、止まないなぁ……」

「そうだねぇ……小雨だから少しくらいなら走っても大丈夫じゃないかって考えて出てきたけど、やっぱり雨には勝てなかったね」

「まあ、それは仕方ないって。それに、ここでゆっくりするのも悪くないし、少し休ませてもらおうぜ」

「だね」


 二人が話をしていると、それを聞いていた夕雨ゆうは二人の方を向きながらどこか懐かしそうな笑みを浮かべた。


「若いなぁ……私も学生の頃は今なら大丈夫だろうって考えで色々やってたよ。今となっては安定な方ばかり選んじゃうけどね」

「安定感を求めるのは悪くないですが、時には冒険をするのも良いですからね。そういう意味では、三條さんじょうさんと月城つきしろさんはちょっとした冒険をした事になると思います」

「冒険か……小さい頃なら近所の探検をしてたけど、こうして高校生になってみると、その頃の自分の世界って本当に小さかったのを思い知らされるな」

「そうだね。家と学校、後は公園と図書館くらいだったのが、今では市外や県外まで広がってるわけだし、これから先はもっと広くなっていくのかな」

「なると思うよ。狭い世界ばかりじゃなく、時には色々な所に行ってみたり色々な観光地の写真を見てみるのも面白いしね。井の中の蛙大海を知らず、なんて言葉もあるし、狭い知識や視野にとらわれてたら、いざという時にしっかりと判断出来なくなっちゃうよ」


 夕雨の言葉に三條さんじょう暖斗あつと月城つきしろ澪花れいかは頷き、それを聞いていた雨月あまつきは微笑みながら二人の目の前に氷入りのグラスに入った飲み物を出した。


「れもねーど、お待たせしました」

「あ、ありがとうございます」

「そういえば、私達ってここに来るといつもこれ飲んでるよね。最初に来た時もそうだったし」

「あの時は雨だけど学校帰りにどこか行こうかって話してたら、偶然ここを見つけて入ったんだったな。でも、ここって俺達みたいに縁があった人しか来られないんですよね?」

「そうですね。一度縁が結ばれた方であれば、他の方をここまで連れてくる事は出来ますが、そうでない時にはこの『かふぇ・れいん』と縁が結ばれなければ来る事は出来ません」

「まあ、商売人としてはどうなのかって思うけど、私達ものんびりとやりたいし、雨の日じゃないといけない理由もあるから、そういう条件があるのも仕方ないかな」

「そうですか……本当は陸上部の奴らも連れてきてみたいですけど、一気に来ても良くないですし、俺達もこのままで良い気がします」

「うんうん、学校だと夫婦だラブラブだなんてからかわれますけど、ここなら幼馴染み同士の私達でいられて、他にも縁があった人達とも話せますから私もこれで良いと思います」


 暖斗の言葉に澪花が賛同すると、その姿を見ていた夕雨は微笑ましそうな笑みを浮かべる。


「幼馴染みってやっぱり良いなぁ……私、学生時代の友達とはもう疎遠になってるし、あまり友達も作る方じゃなかったから、幼馴染みっていえる人もいないんだよね」

「なんだか意外ですね」

「たしかに。夕雨さんって綺麗で明るいからてっきり友達も多いんだと思ってました」

「ふふ、ありがと。でも、学生時代はそんなに綺麗って言われた事もないし、特別明るくなかったよ。会社勤めしてた時なんていつも疲れてて生ける屍みたいだったし、家と会社の往復ばかりで気分転換すら出来てなかったから」

「そんな時に私と出会ったんでしたね。初めはだいぶ疲れと心の傷の多い方が来たと思いましたが、私も似たような物でしたし、あの時に夕雨さんとの縁が結ばれたのは本当に幸運でした。なんて、私が言うのも少しおかしいですけどね」


 雨月が上品そうに笑うと、その様子に暖斗と澪花は羨ましそうに夕雨と雨月を見る。


「なんだかお二人の関係って良いですね。恋人同士っていうわけじゃないけど、それ以上に心が通じあっている感じがしてすごいなって思います」

「そうだね。そんな二人を見ながらこんなにも美味しい物を飲んだり食べたり出来る……これって結構な贅沢だと思う」

「そう言ってもらえて嬉しいな。料理人を目指してた頃の私が聞いたら本当に喜ぶと思うよ」

「ふふ、今からでも目指してみて良いんじゃないですか?」

「いえ、今はここでのんびりしてるのが楽しいので良いです。それに、ここじゃないところだとまたあの時みたいになりそうで怖いですから」

「その頃の夕雨さん……」

「そう。何かを食べても美味しいって感じられなくて、今二人が飲んでるレモネードみたいな物でも酸味や爽やかさ、甘さなんかもうまく感じられなかったの。だから、こうして色々なスイーツや軽食を作ったりそれを食べて美味しいって思えたりするのは本当に幸せだよ」


 夕雨が微笑みながら言うと、暖斗と澪花は少し不安げな表情を浮かべる。


「俺達もいずれは社会に出ていくわけだし、そうなるかもしれない覚悟はしてた方が良いのかな……」

「うん……今はお母さん達もいるし、学校っていう少し小さな括りの中で守られてるけど、いずれはそれすらも無くなるんだもんね……」

「そうだね。あの頃は気づかなかったけど、学生時代っていうのは本当に恵まれてたんだよ。でも、二人がどんなに疲れていてもお互いに支えあっていけるし、私達だっているよ」

「そうですね。いつまでこのお店を続けられるかはわかりませんが、続けている間は皆さんの憩いの場となるように努めていきますから、雨の日になったら来てみてください。その時は心からのおもてなしをさせて頂きますからね」

「夕雨さん、雨月さん……はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 二人の言葉に夕雨がにこりと笑いながら返事をした後、暖斗と澪花はメニューを開いて注文したい物を選び、その様子を夕雨と雨月、そして外で降る小雨が見守っていた。

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