第4話 あいすここあ

 冷たく強い雨が降る7月のある日の事、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では外の様子を見ながら夕雨が不安そうな表情を浮かべていた。


「今日の雨はだいぶ強いですね。この調子だと明日の買い出しもムワッとした暑さになりそう……」

「もう7月ですからね。降ってきた雨が夏の暑さで熱され、それが結果として湿気になる。ごく自然な事ですが、やはり夕雨さん達にとってはキツいですか?」

「キツいですよ……まあ、私は夏だから海に行こうなんてタイプじゃなかったので、暑い~って言いながら家でクーラーとか扇風機で涼んでましたよ」

「そうでしたか。夕雨さんは綺麗な方ですから、海水浴に行っていたらあらゆる男性が目を奪われていたかもしれませんね」

「お褒め頂きありがとうございます。でも、それなら雨月さんだってそうだと思いますよ? この前だって、SNSに雨月さんをモデルにしたキャラクターの漫画を上げたら好評だったって言われたわけですし、海辺で佇んでるだけでもだいぶ絵になりますよ」

「ありがとうございます、夕雨さん。海水浴は流石に難しいですが、少しでも涼を取るために風鈴でも飾りましょうか」

「それ、良いですね。ただ風は……まあ、入り口が開いた時の風でなんとかなりますね」

「ふふ、そうですね」


 苦笑いを浮かべる夕雨の言葉に雨月が微笑みながら答えていると、入り口のドアベルがカランカランと鳴り、桜色の傘を持った小学生くらいの長い銀色の髪の少女が店内へと入ってくる。


「こんにちは、今日もお母さん達が帰るのが遅いみたいなので少しいさせてもらっても良いですか?」

「おや、時雨しぐれさん。いらっしゃいませ、もちろん良いですよ。ご注文はいつも通りで良いですか?」

「はい、お願いします」

「なんだかごめんね? ウチが雨の日限定の開店だから、いつも時間を潰させる事が出来なくて……」

「いえ、良いんです。その事はわかってますし、ここに来るようになってから、雨の日が楽しみになりましたから。ただ、今日みたいな強い雨が降る日は登下校が辛いですけど……」

「そうだよね……傘を持っていっても、肩とか足が濡れる時はあるし、予報がハズレて雨が降りだした時なんて悲惨だよ。雨月さんはそういう経験ってないですよね?」


 夕雨からの問いかけに雨月は静かに頷く。


「はい。私は常に屋内にいたので外出中に雨に降られるという経験はないですね。ただ、そういう状況に陥った方を見た事はありますし、高校生くらいの男女が雨宿り中に少し良い雰囲気になったところも何回か見た事がありますね」

「わぁ……そういう少女漫画的な状況って本当にあるんだ……! その二人ってその後はどうしたんですか?」

「どの方々もお互いに好意を持っていたようで肩を寄せ合いながら雨が止むのを待っていたり気持ちを伝え合ってお互いに初めての口づけを交わしたり、と色々でしたが、全員が幸せそうに帰っていきましたよ」

「そうなんですね……良いなぁ、私もいつかそういう状況になったりするのかなぁ……」

間白ましろちゃんは可愛いから、いつかはあるんじゃないかな? 学校で好きな男の子っていないの?」

「うーん……それがいないんですよね。それどころか話しかけてくる男の子自体があまりいなくて、私が話しかけてみてもそこまで話が弾まない内に切り上げられちゃう事も多くて……だから、友達は女の子ばかりなんです」

「ああ、なるほど……雨月さん、これってそういう事ですよね?」

「はい、夕雨さんの予想している通り、ただ単に男の子達は時雨さんに話しかけられて照れているだけだと思いますよ」


 間白の注文の準備をしながら雨月が答えると、間白はとても驚いた様子を見せる。


「え……そ、そうなんですか?」

「だって、間白ちゃんは私から見ても可愛いもん。長い銀髪に色白の肌、キリッとした顔立ちなのに話し方はとても女の子らしい。そういうギャップにも男の子達はやられてるんじゃないかな? 銀髪っていうのは珍しいけど、七夕の劇をやって間白ちゃんが織姫役だったら彦星役は取り合いになる気もするし……」

「七夕……そういえば、そろそろでしたね。お互いに好きだけど、そればかりになってお仕事を後回しにしていたら、一年に一度しか会えなくなってしまった織姫と彦星。ロマンチックだけど哀しい話ですよね」

「まあね。そういえば雨月さん、七夕のお話って元はどこのお話なんでしたっけ?」

「あれ……七夕って日本のお話じゃないんですか?」


 間白の疑問に雨月はクスクスと笑ってカップを間白が座るカウンター席へと置く。


「あいすここあ、お待たせしました。七夕伝説は中国の牛郎織女ぎゅうろうしょくじょという話が元だと言われていて、牛郎が牛飼いである彦星を、織女が天帝の娘で機織りが得意な織姫を表しており、彦星であるわし座と織姫であること座、二人を橋渡ししていたカササギであるはくちょう座を三つを結ぶと夏の大三角形になりますね」

「ありがとうございます。それじゃあ、天の川はわし座とこと座の間を通ってるんですね」

「そうですね。因みに、ギリシャ神話では天の川はまた違う物として描かれていて、ゼウスという神様がアルクメネという奥さんとの間に生まれたヘラクレスを不死身にするために自分の別の奥さんであるヘラの母乳を飲ませようとした事で出来たとされています。

まあ、ヘラは嫉妬深くてそれを拒んだ事でゼウスがヘラを眠らせて目的を達成しようとしたんですが、途中でヘラが起きてしまって母乳を飲んでいたヘラクレスを払い除け、それが溢れて出来ていて、日本や中国で天の川を光の帯とする中でギリシャ神話ではそういった話から乳の環だと言われていますね」

「うわ……ゼウスさんって酷い神様ですね。他にも奥さんを作っていた上に別の奥さんを利用しようとするなんて……」

「まあ、神様って何人もの奥さんや旦那さんを持っている事が多いみたいだけどね。それに、日本にも見た目だけ見てお嫁に来た女神様を追い返したりその妹さんとの間に出来た子供を本当に自分の子供かって疑った神様もいるから、どこの神様も似たような物だよ」


 夕雨が苦笑いを浮かべながら言うと、雨月はそれを聞いてクスクスと笑う。


「ふふ、瓊瓊杵尊ににぎのみことのお話ですね。世の中には色々な方がいますが、中には一人の方を生涯愛し続ける事が出来る方もいます。時雨さんもいつか愛する方が出来たら、その時はその方をしっかりと愛してあげてくださいね?」

「はい、もちろんです。その時にはココアを淹れてあげて、これは四人の大切な人達との思い出の飲み物で、私の大好物だって教えてあげようと思います。雨の日に寂しくしていた時に夕雨さんと雨月さんに出会えたから、私は今みたいに楽しい時間を過ごせているわけですから」


 間白のその言葉に夕雨と雨月が嬉しそうに笑い、三人が楽しそうに話をする中、雨は店内にいる三人に邪魔が入らないように外からの音を遮断しているかのように強く降り続けていた。

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