第3話 しふぉんけーき
ポツポツと小雨が降り、屋根や窓を叩く雨粒の音も小さなある日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の店内では、濃紺のスーツを着た強面の男性がカウンター席に座りながら外の様子を眺めていた。
「……こう言っても仕方ねぇが、ハッキリしねぇ雨だな。もっと強めに降れば、ああ雨だなと思えるんだが……」
「まあ、そんな日もありますよ。それにしても……
「仕事、ねぇ……最近は若いのに任せてっから、俺の出番はねぇな。まあ、ウチの『鬼瓦組』は他所と違って真っ当なシノギしかしてねぇし、金の徴収のために家まで怒鳴り込みに行ったり返せねぇ奴の差し押さえに行ったりする他所のが忙しいだろ」
「一応、金融業もやられていますが、本業は建築業ですからね。いつもお疲れ様です」
「ああ、ありがとうな、
「いえ、この姿では嵐城さんの年下ですし、どちらかと言うなら、
「あはは……そう呼ばれる程、力関係があるわけでもないですけどね」
「良いじゃねぇか、女親分ってのも悪くねぇと思うぜ? 世間では男のが持ち上げられる時もあるが、別に女が優れてねぇわけじゃねぇからな。その辺の人生なめ腐ってる男共に比べれば、家庭を預かってる母ちゃん達や自分の仕事に熱心になってる女のが立派だと思う。
まあ、だからと言って女ばかりを持ち上げても仕方ねぇし、お互いに良いとこは認めあって、高めあうってのが一番だな。ガキの時は出来て、大人になったら出来ねぇってのはわけがわからねぇしな」
「ふふっ、嵐城さんは奥さんやお子さんを大切にされてますしね。やっぱり奥さんには頭が上がらないって思う時もあるんじゃないですか?」
夕雨が悪戯っ子のような笑みを浮かべながら聞くと、凪は残ったコーヒーを一口で飲んでから静かに頷く。
「ったりめぇよ。一度ウチのガキの面倒を代わりに見たんだが、あれは怪獣だ怪獣。俺も年端もいかねぇガキだった頃におふくろに同じように面倒をかけてたと思ったら申し訳なくなっちまった」
「怪獣……かぁ、私もそうだったのかなぁ」
「夕雨さんの場合はとても可憐な怪獣だったと思いますよ。嵐城さん、こーひーのお代わりはいかがしますか?」
「ああ、もらおうか。それと……話してたら少し小腹が空いちまったし、仕事に戻る前にシフォンケーキでも食べてくか」
「かしこまりました。夕雨さん、お願い出来ますか?」
「はい、任せてください」
にこにこと笑いながら返事をし、夕雨がシフォンケーキの準備を始めると、それに合わせて雨月がコーヒーの準備を始め、凪はその様子を見ながら感心したような表情で息をつく。
「……お前ら、一心同体って言っても良い程に息が合ってるよな。それなのに別に小さい頃から一緒にいるわけじゃないって聞いた奴はさぞかし驚くだろうさ」
「初めて会ってから数年一緒にいますからね。それに、私は相手の動きに合わせて動くのは得意なんです」
「私も考えを読み取ったり心の声を聞き取ったりしながらやっていますから、夕雨さんの動きに合わせて動くのは容易ですね」
「なるほどな……けど、そんなに気が合っても結婚する気はないんだろ?」
「うーん……ないですね。たしかに雨月さんはかっこよくて色々気がつくところがありますけど、私達の関係ってそういうのとは違いますからね」
「そうですね。私も夕雨さんと夫婦になれたならば素晴らしいと思いますが、そういう関係になるのは違うというのは二人の総意ですから、お互いの気持ちが変化するきっかけがなければそうなる事はないですね」
夕雨と雨月が頷き合いながら言うと、それを聞いた凪はため息をつく。
「そうか……世間では六月の花嫁が何かと話題になってても、お前らには関係無さそうだな」
「ああ、六月に結婚式を挙げると一生幸せな結婚生活を送れるっていう奴ですよね。そういえば、六月といえば梅雨のイメージもありますけど、雨と結婚って何かもう一つ言い伝えみたいなのがありましたよね?」
「恐らく、狐の嫁入りの事ですね。晴れているのに突然降りだす雨、いわゆる天気雨の別名で、元々は夜中に遠くの山野に幾つもの狐火が連なっている様子が、狐が嫁入り行列をしているのだと言われた物で、同じように晴れているのに雨がぱらつくという異様さを例えた物のようですよ」
「あ、それですそれです。でも、狐のお嫁さんってどんな感じなんでしょうね。雨月さんの知り合いにはいないんですか?」
「そうですね……私の知り合いというわけではないですが、先日嫁入りをした妖狐の方がいらっしゃったようで、それに出席した方によればとても綺麗な白無垢姿だったと」
「わぁ……見てみたかったなぁ。雨月さん、シフォンケーキの準備大丈夫です」
「こちらもコーヒーの準備が出来ました」
イチゴソースがかけられたアイスが添えられたシフォンケーキの皿を持った夕雨とホカホカと湯気を上げるコーヒーが載せられたソーサーを持った雨月が揃って凪の方を向くと、凪はそれに対して苦笑いを浮かべる。
「本当に息がピッタリだな。さて、それじゃあしっかりと味わったらさっさと仕事に戻るかね。本当なら酒でも飲みてぇところだが、仕事が残ってる中で酒なんて飲んだらウチのボスから大目玉を食らっちまうからな」
「ふふ、そうですね。では、どうぞ召し上がってください」
「甘い物と酸っぱい物が好きな嵐城さんのお気に入りですからね」
「ははっ、違いねぇな」
笑いながら答えた後、凪は目の前に置かれたシフォンケーキとコーヒーを味わいながら食べ始めた。フォークで一口サイズに切ったシフォンケーキのアイス載せとコーヒーを味わった表情はとても穏やかであり、微かな雨音を聞きながらそれを見つめる夕雨と雨月の表情もまたとても穏やかだった。
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