第54話~最後の一枚~
何故、私はこんなところにいるのだろうか・・・
ここは、九州地方の田舎町にひっそりと佇む、一つの写真館である。
外観はかなりレトロチックな造りであり、中は様々な写真や、レトロな家具などが並んでいる、独特な雰囲気を持っている。
そこの店主は、二十年前に突如姿を消した、実の父親であり、二十年ぶりに私は父と再会を果たしているのだ。
だが、別に私は父の再会に、一ミリも嬉しさを覚えない。
私や母を捨てた人間のところに、何故行かなければならないのか。
だが、これはある一人の頼みであるため、ここに来ることになったのだ。
私はため息しか出なかった。
その間にも、父はカメラのシャッターをゆっくりと降ろそうとしていた。
そのレンズが見守る先には、車いすに座った母がいる。
「ちゃんと、写してよね」
「分かってるよ」
母の問いに、父は少し苛立ちそうな表情で撮ろうとしている。
「じゃあ、シャッター降ろすよ」
「お願い」
大きなフラッシュと共に、一枚の写真が記録として残った。
母は車で待っている間、私はコーヒーを飲みながら座っている父に近づいた。
「久しぶりね」
「まさか、お前がこんなに大きくなるなんてな」
「そんな流暢な言葉が良く出るわね」
「分かっているよ。お前が言いたいことは」
私は怒りを堪えていた。
実は母は、末期のすい臓がんを抱えており、余命は一か月と宣告されたのだ。
だが、母が最期に一回だけ頼みを聞いてほしいということで、この写真館に訪れたのだ。
父から捨てられて二十年以上経つが、その間にも母はどれだけ泣いてきたか。
寂しさも悔しさを堪えて、母は涙で全てを流そうとしていた。
だが、それが原因なのか分からないが、若くしてすい臓がんになり、命も残りわずかとなってしまったのだ。
それも分からずに呑気にコーヒー飲んでいる。
「お母さんが、どれだけ泣いてきたか」
「分かっている。だが、これしか方法はなかったんだ。当時俺は家庭のありがたさなんて分かっていなかった。だから、毎晩遊んでいた。ありがたさに気づいた時には遅くて。俺は責任をとるために、ここに来たんだ」
確かにそれは分かっていた。
恐らく母も同じく分かっているだろう。
だが、母は信じていた。父が戻ってくることを。
だが、父はそれを分からずに勝手に出て行ってしまった。
それに対して私は怒りを持ってきたのだ。
「何が責任よ。その間にもどれだけお母さんが、苦しんでいたと思っているの」
「・・・」
「黙ってないで何か答えてよ」
すると父が立ち上がり、棚から一枚の紙を出して、私の前に置いた。
「何よこれ」
「とりあえず見ろ」
私はその紙を見ると、そこには「胃がん・ステージ4」と書かれていた。
思わず目を見開いて、体が震えてしまった。
父は重たい表情で
「末期だ。余命はあと一か月だ。天罰が下ったんだな」
「・・・」
「お母さん、車いす乗っていたけど、なんか腰とか悪いのか?」
「・・・お母さんも・・・」
「ん?」
「お母さんも、末期のすい臓がんで、余命一ヶ月なの」
父は目を見開いて、その場で固まってしまった。
まさか、母と父が同時期に同じく余命宣告をされているなんて、思ってもなかった。
「そうか・・・お母さんもか」
「だから、ここに来たのよ。お母さんはお父さんにどうしても写真を取ってほしかったのよ。愛する人に、最後の一枚を」
「・・・ちょっと、写真を現像してくるわ」
そう言って、現像室に入っていった。
私は分かっていた。
恐らく父は涙を流したいのだろう。
だが、娘の前では泣けない。だから現像室で一人になったのだろう。
私も涙を流しながらも、しばらく父が出るのを待つことにした。
すると、母が車いすを押しながらも入ってきて
「まだなの?」
「ちょっと待ってて、お父さん。今泣いてるから」
母は恐らく言葉の意味が分からずに、ただ現像室をじっと見つめていた。
その後、二人は余命を全うし、天国へと旅立った。
二人とも立派な笑顔の写真と共に・・・
~終~
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