第51話~乗客は元妻~
夜、街のネオンが目に強烈に映る中、俺はタクシーを走らせている。
東京のど真ん中を走っていると、なんだか特別な光景だと次第に思わなくなってきている。
タクシー運転手に成り立ての頃は、やはり都会の街が、なんだか映画のワンシーンを見ているような感覚になり、とても特別感というものがあった。
しかし、今は慣れすぎた挙句に、このネオンが嫌になる日もあるのだ。
時間というものは怖いものだ。
そんなある日、タクシーを走らせていると、銀座の有名な高級バーの前で、手を挙げている女性を見つけた。
路肩に停めてから、自動でドアを開けた。
すると、女性が顔を車内に入れてきて
「すいません、世田谷区まで走れますか?」
「あぁ行けますよ」
「お願いします」
そう言って女性が、酔って歩けなくなっている一人の男性を中に入れた。
俺は前に体を戻してから、背筋が次第に震え始めていた。
完全にあいつだ・・・
顔を見ただけで、元妻だということが分かった。
元妻とは離婚して既に五年が経っており、離婚後はお互いに生活の干渉はしないということで、元妻がどこに行ったのかさえ、闇深くのままだった。
だが、こんなところで会えるとは思いもしないし、それも顔つきは全く変わっていない。
こんな時こそ、ただのそっくりさんで居てほしいと思ったが、あの可愛らしいえくぼが何とも忘れずに、脳裏に焼き付いたままだった。
それにしても、まさかの高級バーで働いているのなんて、何故だか嫉妬感を覚えてしまったが、既に元妻とは赤の他人だ。
その感情を捨ててから
「それでは出発いたします」
そう言って車を走らせた。
世田谷まではかなりの距離であるため、しばらくは首都高速を使うことにした。
すると、酔っている男性が
「ねぇ、みきちゃん。俺と一緒に結婚してよ~」
完全に名前も一致している。
これはそっくりさんではなさそうだ。
それだけでも、俺としてはかなり愕然としていたのだが、元妻が微笑みながらも
「私は結婚しないって決めたの」
「なんでだよ~、俺と一緒だったら幸せになれるよ?」
「そんなのは迷信だよ」
「え?」
「私ね、元夫がいるんだけど、その人と一緒にいた日々は楽しかったし、幸せだった。だからそれを上書きできる人は絶対にいないの」
「じゃあ、どうして離婚したんだい」
「それはね、この仕事に誘われたから。夫に嫉妬感を抱かせないため。だからその後、居場所も教えなかったの」
「そうなんだ~」
何故だかその理由を聞いた瞬間、涙が止まらずにいた。
それだったら、俺は我慢したのに。耐えたのに。
だが、今は話しかける場合ではないと思い、世田谷まで車を走らせた。
しばらくして、世田谷に着くと男性を降ろし、女性が男性の部屋まで連れて行った。
俺はしばらく待っていると、女性が戻ってきた。
「池袋までお願いします」
「はい、かしこまりました」
しばらく車を走らせていると
「奇跡ってあるんだね」
「はい?」
「まさか、あなたと会えるなんて思わなかった」
「あっ・・・」
なんだ、気づいていたのか。
何故だか安堵を感じていた。
「ごめんなさいね」
「謝ることはないよ。仕方ないから」
「今度私の店に遊びに来て。サービスしてあげる」
そう言って席と席の間に、名刺を出して来た。
「みきの好きなカクテルは?」
「え?・・・えっとね、新作のサワーカクテルだけど」
「それ今度飲ませてくれ。みきが気に入っているものを飲みたい」
「分かった」
久々に二人の間で笑顔が広がっていた。
~終~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます