第49話~20年目の結婚記念日~
妻は完全に怒っている。
今、二人でいるのは下町にある、とあるラーメン屋である。
今日は妻と結婚して20年が経った結婚記念日。
結婚してからは、一人の娘〈めぐみ〉が生まれ、幸せを感じたり、悲しみを一気に背負ったりもした20年だったが、なんとか無事にここまで来ることが出来た。
それをある意味、お互い励まし合う日である。
だが、ふたを開けてみればラーメン屋。
恐らく妻も〈高級フレンチ〉〈高級イタリアン〉などを想像していたのだろう。
それは、妻も怒るのは無理はない。
「ねぇ、正気なの?」
妻が目を細めながらも言った。
「あぁ、正気だよ」
「今日は何の日か分かるよね?」
「結婚記念日だろ?」
「分かってるんだ」
「あぁ、当然覚えているとも」
「じゃあどうして?」
「どうして・・・?」
「だから、どうしてこんなラーメン屋に来たのよ」
これは完全に怒っている。
いつも妻は笑って、優しく過ごしているのだが、今日に限っては眉間にしわが寄せており、目つきもまるで敵を見るかのようなものになっている。
俺はしばらく黙っていると、店主がラーメンを持って近づいた。
すると、店主が妻を見ると、物凄く怯えた顔になった。
「あっ、どうも。こ、こちらラーメンです」
そう言って俺と妻にラーメンを、震える手で置いてからその場を去っていった。
妻はその光景を見て
「ねぇ、私の顔になんかついてる?」
「いや」
「じゃあ、なんで怯えているのよ」
俺は少し笑い始めた。
妻はまた口調を荒くしながら
「笑い話じゃないわよ」
「まぁまぁ落ち着けよ」
「何が落ち着けよなの。ちゃんと話して!」
俺は微笑みながらも
「あの店主は、めぐみの彼氏だ」
「え!?」
妻はすぐに店主の方を見た。
俺は以前から知っており、当然、娘が好きな人であるため、俺は温かく見守ってきた。
だが、妻は大事な一人娘のために、お見合いまで勧めようとしてきたほどだ。
確かにお見合いもいいが、娘が心から好きになった人を俺は選んでほしい。
それがどんな過去を持ち、どんなに小さな仕事でも、温かく見守るのが親だと俺は思っている。
だからこそ、今日はわざと会わせるために、ここに来たのだ。
俺は妻の方を見つめてから
「なぁ、良い男だろ。ラーメンのために、命がけて独自のスープを作って、客に提供をしている。確かに結婚記念日を利用して会わせたのは、悪かったと思う。でも、高級フレンチやイタリアンより、こっちの方が思い出に残るんじゃないか?」
妻はしばらく黙ってから
「あの子は、本当にあの人が好きなの?」
「あぁ、結婚も考えているみたいだ」
「・・・」
「温かく見守ろう。だが、もし何かあったら、俺は命がけでもめぐみを守るつもりだ」
「私も一緒だわ」
「まぁ、ラーメンでも食おう。絶品だぞ」
「いただきます」
いつの間にか、妻の表情に笑みが戻ってきたのだった。
~終~
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