第47話~銀行員は娘~
これからお金を引き出さなければならない。
銀行でATMを必死に操作しているのは、御年還暦を迎えたばかりの男であり、未だに機械というものに腹を立てているものだ。
何故文明は進化しすぎるのであろうか。
俺の頭では到底追い付かないものが、次々と世に出ている。
俺はあと何年生きるか分からないが、もう少し時代の進化がスローペースになることを祈りながらも、引き出しのボタンを押すと
「すみません。係員をお呼びください」
そう言って何度もブザーが流れた。
いつも通っている銀行だが、こんな表示は初めて見た。
俺は少し慌てながらも
「なんだこれ、おい。誰か!」
すると、一人の女性銀行員が出て来た。
「どうかされましたか?」
俺はATMを見ながらも
「ATMが壊れちまったんだよ」
「ちょっとお見せしてもらってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、これなんだけどな」
俺はふと銀行員の顔を見ると、そこには完全に顔見知りの女性がいた。
銀行員も目を見開きながら
「お、お父さん?」
「香織じゃないか」
「何してるのよ、こんなところで」
「お前こそ、なんでここにいるんだよ」
「あっそっかぁ、ここ地元だもんね」
娘はあっさりと真顔になって、事の状況を受け止めていた。
突然の再会に、なんて声をかけていいか分からなかった。
娘は大学生の時に上京した以来、ほとんど会ってなかった。
東京で結婚をし、子供もいると聞いたことがあるのだが、俺は当時建築関係の仕事が忙しく、恐らく帰省していたであろう娘の顔も見れなかったのだ。
こんな形でまさか娘の顔を見るなんて。
「いつ帰って来たんだ?」
「別に帰ってきたわけじゃないの。たまたまここに転勤が決まっただけ」
「でもよ。流石に連絡ぐらいしろよ」
「お母さんには連絡したわよ」
俺の妻は、ちょっと抜けているところがある。
流石に娘が近くの銀行で働いていることを、俺に伝えなかった時点で抜けているだけでは済まないが、それでも俺は
「俺には連絡したのか?」
「お父さん忙しそうだからさ」
「もう仕事はとっくの前にやめたわ」
「そうなの?知らなかった」
何ともとぼけたような顔で言いやがって。
俺が仕事を辞めたことは確かに妻にだけしか伝えてなかったが、それでもどうせ母親から全て聞いているだろ。
俺は昭和なまりがまだ残っている男だが、このようなとぼけ方は少しいかがなものかと思っていたため
「お前な」
「あの、お父さん」
俺は少し声を荒げながらも
「なんだよ」
「後ろ見て」
後ろを見ると、多くの人間が行列を成していた。
そうだ、今日は年金支給日であり、俺は別の用事だがこれはまずいと思い
「と、とりあえず。直してください」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
なんだか恥ずかしい気分となってしまった。
~終~
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