第11話 配属が決まった日

 三月に入り、士官学校の卒業式を迎えた。

 入団式は四月に行われるが、それまでに所属する隊を通知されるらしい。

 ヘイカーは一応ウェルス隊を希望しておいたが、往往にして新規団員の意見が取り入れられることはない。とりあえずロレンツォ隊とリゼット隊に配属されなければそれでいい。

 そう思っていたヘイカーだったが。


「……っげ」


 郵便受けに入っていた通知を見て、ヘイカーは苦い顔をする。思いっきり、リゼットの隊に配属されてしまった。

 この一ヶ月、なるべく顔を合わさないようにしてきたというのに、これからは毎日会うことになるかもしれない。それとも平の騎士団員は、そうそう隊長との接触はないだろうか。どちらにしろ、ヘイカーは溜息をついた。

 リゼットを見る機会が増えるということは、ロレンツォと一緒にいるところを見る機会が増えるということだ。仕事中にイチャイチャしてはいないだろうが、あの二人が会話しているのを見なければいけないと考えるだけで、憂鬱になる。

 くしゃ、と握るようにしてヘイカーは通知を放り投げた。

 そういえば、ロイドはどこの隊に所属になったのだろうか。気になったヘイカーは、彼の家を訪ねることにした。


「アンナ様、ロイドはいるっすか?」

「いるが、今彼女と一緒だ。入る時はノックを忘れるな」

「う、うっす!」


 彼女? と首を傾げながら二階に上がって行く。ヘイカーは言われた通りノックをし、それと同時に扉を開けた。


「ロ……」


 部屋の光景を見て、ヘイカーは固まった。ロイドにすがっていた女の子が、「きゃ」とかなんとか言いながらロイドから離れている。

 ロイドは呆れ顔でこちらを見てきた。


「ヘイカー、ノックと同時に扉を開けるなよ」

「な、おま、その子……」


 可愛い女の子は顔を赤くしてモジモジしていた。見間違いでなければ、今、二人はキスを交わしていたのだ。


「ん……付き合い始めたんだ」


 確か彼女はロイドを慕っていた二学年下の女の子で、名前はスティーナとか言ったか。学年は下でも、年齢は飛び級したロイドと比べると、一歳年上である。

 十五歳のくせに、もうキス済みとは許せない。こっちはなんの進展もないどころか、振られたてホヤホヤであるにも関わらず。


「わ、私、帰るね」

「あ、うん。ごめん」

「いいのいいの。それじゃあヘイカー先輩、さようなら」

「……サヨナラ」


 スティーナはヘイカーの横をすり抜けて、逃げるように帰って行った。


「……いつから付き合ってんの?」


 ヘイカーはいつものように上がり込み、勝手に座りながら問いかける。


「一ヶ月位前からだよ」

「スティーナのこと、好きだったのか?」

「んー、まぁ好きな部類ではあったよね。告白されたら付き合ってもいいって思えるくらいに」

「告白、されたのか?」

「うん。卒業前にって焦ってたから、俺の方から機会作ってあげた」


 相手に告白をさせるあたり、狡猾だ。あのカールの息子とは思えない。やはりロイドは、アンナの血を濃く受け継いでいる。


「……で、その……シたのか?」

「ん? うん」


 ロイドはあっさりと肯定した。その事実が更にヘイカーを驚愕させる。


「マジか!! なんで!? 付き合ってまだ一ヶ月だろ!!」

「別に、付き合った長さは関係ないと思うけど。要は互いの気持ちの問題だし」


 この三歳年下の友人は、こともなげに言ってのけた。信じられない。まだ幼さの残るこの少年が、すでにあんなことやこんなことを経験済みだなんて。羨ましい。ズルイ。ヘイカーもリゼットと、あんなことやこんなことをしたい。


「ヘイカーも彼女作れば?」

「作ろうと思って作れたら苦労しねーってのっ」

「ヘイカーを好きな子、割といるよ。付き合おうと思えば、いつでも付き合えると思うけど」

「マジで? 誰?」


 そう聞くと、ロイドは数人の女子の名前を挙げてくれた。どの女の子もそれぞれ魅力のある子には違いなかったが、ヘイカーは彼女らと付き合いたいとは思えなかった。

 ヘイカーの付き合いたい女性は、ただ一人である。


「付き合ってみればいいのに」

「好きでもないのに、付き合えねーよ」

「ヘイカーって、そういうとこだけ変に真面目だな」


 別に馬鹿にされるわけでもなく、興味深げにそう言われてしまった。付き合うにしても、付き合った後にしても、段階を踏んで進んでいきたいと思うのは、乙女だろうか。真面目だろうか。それともヘタレだろうか。


「誰か好きな人でもいるのか?」


 カールにはモロバレだというのに、やはりロイドには気付かれていない。アンナも同様だろう。


「うん……」

「へぇ。告白すれば?」


 ロイドは、誰? とは聞かなかった。あまり興味が無いのかもしれない。実際、ヘイカーもロイドの好きな人など興味はなかったので、お互い様である。


「無理。その人、恋人いるもん」

「ふーん……」


 ヘイカーの発言に、ロイドは顔を曇らせた。彼がこんな顔をする時は、大抵誰かのことを心配している時だ。


「それでも、告白しておいた方がいいよ。そうやってつらそうにしてるくらいなら、ハッキリ気持ちを伝えてキッパリ振られた方がいいって。そしたら他の人にも目を向けられるようになる」


 年下のくせに、ロイドはいつも正論を言う。

 ヘイカーだって、わかってはいるのだ。しかし、確実に振られることがわかっていての告白は、相当に勇気がいる。自分がヘタレだと認識しているヘイカーには、できそうにない芸当だった。


「……いいんだよ、オレは」

「……ならいいけど。で、なにしに来たんだ?」


 ロイドは言っても無駄だと諦めたのか、話題を変えた。


「そうだ、お前どこの配属になった? 今日、通知来ただろ?」

「あー、見てない」


 そう言いながら、ロイドはテーブルの上に置いてあった封筒を手に取り、中身を取り出す。それを自分が確認した後、ヘイカーにも見せてくれた。


「げ、ロレンツォ隊……しかもロレンツォ専属騎士じゃねーかよ」

「なんで『げ』なんだよ? 希望通りの所属だよ」

「さっすが主席卒業は違うよな。でもなんでロレンツォ?」

「ロレンツォは、俺の目指す剣技に近いんだ。ちょっと母さんに似てるっていうか。ロレンツォの元でなら俺、もっと強くなれると思って」

「それ以上強くなる気かよ」

「当然」


 ロイドはあのアンナを越す気でいるのだろうか。全くもって無謀な少年である。


「ヘイカーはどこの所属になったんだ?」

「オレ? オレは……」


 リゼット、と小声で言うと、ロイドは意外だという顔をした。


「へぇ……リゼットの隊は、いっつも精鋭揃いって話だけど」

「精鋭でなくて悪かったな」


 少し不機嫌に言うと、ロイドは苦笑いした。


「ごめんごめん。まぁヘイカーは魔法の方の腕が買われたんだろ。今年から魔法部隊も組まれるらしいし、新部隊を魔術師であるリゼットの管理下に置く必要があったんじゃないか?」

「魔法部隊ねぇ」


 ちょうど今年から魔法部隊が新設されるなんて。しかもリゼットの管理下に置かれるだなんて。失恋したてのヘイカーには、キツい。


「まぁ、もう一週間で入団だ。お互い頑張ろうな」

「……そうだな」


 もし嫌ならば、辞めて北水チーズ店を継げばいい。

 そんな緩い気持ちで、ヘイカーはミハエル騎士団へと入団した。

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