第4話

 梶葉の剣幕とはうらはらにミシャグジと呼ばれた彼は無機質な瞳をしていた。その不思議な名前の響きに聞き覚えがある。それは、この国で密やかに信仰されている竜神様の名前だと微かな記憶が囁いた。

「だから、鱗とか鰭があるのか」

 私は一人のんびりと納得をするが、空気の険悪さは増す一方だ。


 梶葉の頬がぴくぴくと動いた。

「ねえちゃんも、なんでこんな奴を家にいれちゃうんだよ。神といえど男だぞ! もっと危機感を持てよ」

「梶葉には関係ないじゃん」

 アルコールが視界を揺らし始めた。痛いところをつかれた私は何の気なしにすねてみせる。


「関係大ありだよ。俺はあんたの弟で、神祇庁職員なんだぞ」

 神祇庁と国の神事を司る省庁と学校では習う。それが何の関係があるのか、酒に犯された思考には理解ができなかった。首をかしげると、竜神様と目があった。彼の青い瞳には呆れの色が見えた。

「要するに、君の弟は、俺が生きてここにいることが彼らにとって都合の悪いことと云いたい」

「それはなんで? 」

 何気ない一言に弟は膝から崩れ落ちた。半裸の神様は口を半開きにして呆れ顔だ。

「ニュースにもなっているじゃん・・・・・・。戦争、起きているでしょ。あれは、国家と土着している神様との戦争なの。それに、今日はミシャグジの暗殺が実行されたはずだったんだ! 」

 連日のニュースの意味をようやく理解した。ここで私の株をさらに下げるのは面白くない。わざと大げさにうなずいて、知ったかぶりをすることにした。しかし、物騒な言葉が聞こえた気がした。

「暗殺? 」

 聞き返すと、冷ややかに竜神様は髪を掻き上げる。

「返り討ちにした。君に見つけられる少し前だ」


 梶葉は悔しそうにゴミ箱を蹴りつける。軽いゴミ箱はすぐに倒れてしまった。重苦しい雰囲気が場を包む。ニュースはいつの間にか終わっていて、テレビショッピングになっていた。私は弟の背中越しにあの男の顔をじっと見る。男は落ち着いた雰囲気で、どこか諦めたような雰囲気を醸し出していた。


「ねえ、梶葉。このひと、殺しちゃうの? 」

「ここから出て行ったら、殺す」

 梶葉の顔は見えなかった。しかし、その言葉は氷のように張り詰めていて、脅しではないような気がした。

 「ミシャグジ」様を生かしていても、私には何もメリットはない。それどころか、今日は彼のおかげで惨めな思いもさせられた。それでも、命を奪うと宣言する弟に腹がたった。


「じゃあ、ここにいればいいのね」

「は? 」

 振り向いた弟の顔はあどけなかった。

「このひとは、私が、預かります」

 私はつかつかと竜神様の方へ足を進める。

「待って、ねえちゃん。自分が吐いた言葉の意味をわかってんの」

「殺すとか、怖いことを平然と言う梶葉も恐ろしいよ」

 竜神様の眉間にはシワが寄っていた。彼の傷だらけの手をとると、冷たくて気持ちが良かった。

「このひとは、ここで、生活するから。梶葉には悪いけど」

 困り果てたような顔を梶葉はしていた。考えるように彼は目をつぶると喉のそこから小さく了承の旨を一言だけ吐き出した。

 一瞬、私たちをにらみつけると弟は肩を落として玄関の方に向かっていく。声も交わさない。少ししてから鍵が回る軽い音がした。私はその場に植物がしおれるように座り込んだ。彼に軽く笑いかけると、三白眼がほんの少し大きくなったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る