第六幕

 空に橙色のインクが垂らされた頃。

 壁の誇るべき我が部のトロフィーなどを横目に、私と凛は廊下に足音を鳴らす。話し声などの喧騒もなく、足音だけがよくこだました。

 とっくにみんな帰ってしまったが昇降口には行かず、左へ。今日は交流会もあって珍しく最後に帰ることになったため、これ以上は誰もいない旨を顧問部屋に報告する必要があるのだ。

千紗ちさめ先に帰りやがって〜」

「なんでしたっけ、裏方組で打ち上げがーみたいな」

「そうそう、部長が取り仕切るって言ってね」

 本来、遠征後の片付けは演者より裏方の方が多いはずなのだが、

「よぉし、タイムリミットまでに片付けを完了させたら私の奢りで打ち上げを開いてやる!」という号令が部長から発せられると、彼らは疾風迅雷、凄まじい勢いで片付けを終わらせたしまったのだった。呆然と立ち尽くす演者組の間を漫画みたいにピューと風が吹いていた気がする。

 てか部長だったら部活全員で打ち上げ! でええやん……

 私には理解できない部長なりの貴い考えがあるのだろう。そう思わないとやってられない。

『おいす、おちゅかれ〜』

 口で『3』をつくりながら帰っていく千紗を思い出す。

 イラッ。

 もし中華料理屋だったら唐揚げパックして持って来やがれ。

「私達の中にも打ち上げ仕切る人いないんですか〜?」

 りんがぶーぶーと愚痴をこぼす。

「んー残念ながら」

「くるみ先輩は?」

「無理無理。二年がしゃしゃるのアレでしょ」

「ですよねーましてや一年なんて」

 凛がガックリと肩を落とした。

 でも、打ち上げか……いいな。

 打ち上げの様子をぽわわんと想像する。

 だけど、自分で言った通り私が演者のみんなを集めるのは難しいからささやかに……あれ、そしたら必然的に凛と二人きりじゃね……

 スマホをいじりながら歩く凛をちらっと盗み見る。

 なにそれめっちゃいいじゃん。やらない手は無ぇ。だとすると場所は……

 二人での打ち上げをするなら、というテーマで早速プランニングに取り掛かった。シナプスを介して交わされるシグナルが普段からは考えられないほどの速さで巡る(どうして勉強のときに活かされないのか)。

 ワイワイ型ではなくカフェみたいな落ち着いてところがいいかもしれないな。

「おや、少女達」

 お目当の顧問部屋の前に着いたとき、扉がガラリとスライドした。中から紅の陣羽織が翻る。

「どうしたのかな?」

「校長先生、えっと私達が最後なので白金しろがね先生に報告を」

「なるほど、ちょうど良かった。実は彼女は席を外していてね。ちょうどその代理で任を果たすべく、見回りに行こうとしていたところだ」

 旗越はたごえ先生が後ろ手で扉を閉めながら言う。

「えぇとじゃあ、私達が最後です」

「ああ、その旨をよしとする」

 先生が私達に敬礼を送る。私達も踵を合わせ、なんとなく返礼する。

 これいる?

「このまま下校だろう? 私も途中までいいかな」

 そうして三人で、凛と先生が私を挟むように昇降口へ行くことに。旗越先生とこんなに近づくのは初めてだ。

「君達の演技、本当に素晴らしかったよ。引き込まれるようで思わず見惚れてしまった。無事大成功だな」

「ありがとうございます」

「特に乙坂おとさか君は一年生なのだろう。一年で主演を務めるとはな」

「い、一生懸命練習したので……」

 二人っきりのさっきとは違い、その声の大きさは控えめだ。

 因みに私を抱いた凛のアドリブシーン。独断のアドリブ、それも新一年のなんて当然非難されてしまい、認められるものではないが凛の場合はばらけていた観衆の視線を集め直したという功績が高く評価されていた。よって特にお咎めはなし。本人曰くそのときは欲を抑えられなかっただけとのことだが。

 まぁ私がキスしちゃったってのもあると思うけど。

「しかし……あれは問題だな」

 え⁉︎ キスバレた⁉︎

 二人揃って数センチ飛び上がりドキリとしたが続く「まったくあの男は」を聞いてホッと一安心。私達のことではないらしい。

 もう、ヒヤヒヤするよ。

「関係者の身分であろうに寝ているとは図太いにも程がある」

 やれやれと言わんばかりに腕を組む。その袖から着物特有の箪笥たんすの香りが漂ってきた。

「同じ側の人間として私からも謝罪しよう。すまないな」

「い、いえとんでもないです!」

「旗越先生は熱心に見てくださってましたから」

 先生はちゃんと立ち止まって詫びを口にした。

 義理堅い人だなぁ。

 きっとこういうところが人望が厚い理由なのだろう。現に私も今好感度がアップ中だ。

「だが私はこうも考えている」

 喋りながら昇降口に着くと私と凛は上履きを脱ぎ、下駄箱からローファーを取り出した。凛の真新しい上履きと外履きを見てふと懐かしさを感じる。

「あのアクシデントの中でも動じずに堂々と演じられた君達は本当に立派だとな。心から敬服するよ」

 私達より後に靴を履き替えた先生は扉をくぐってそう言った。

「……せ、先輩がリードしてくれたおかげです。私もそのときは焦っちゃってて」

「ううん、それにちゃんと答えてくれた凛のおかげだよ」

「そ、そんな……」

「ははは、二人が揃っていたからできたのだよ」

 謙遜し合うのを見て、先生は笑いながら私の肩を叩いた。そのまま背中を舐めるように撫でる。ぞわりと寒気が走った。

 私はホントに凛のおかげだと思うんだけどな。私、今ならやっちゃえってキスしただけだし。てか、くすぐったい。何? この手。

「先輩のリード、か。ああ、そうだな……」

 ……? 先生?

 なんだろう、すごい意味深に唇を釣り上げている。

 それに何だろうか。あの全てを見透かしているような目は。知識において上を取っている強者のように思える。

 先生は数歩の距離を進む。やがて振り向き、顔の三日月を開き、続いて吐き出された先生の言葉に私は身持ちを固くした。

 

「確かに、あのシーンはまさしく『愛』だったな」

 

 やけに愛を強調した喋り方。先生が発した『愛』が耳にこびりつく。

 背中に冷たい汗がぷつぷつと湧き出ている気がする。その冷たさは私の頭を冷やし、思考を促した。

 先生は私が、私達があのときキスしたことを知っている……?

「え、えぁ……」

 まだ迂闊なことは言えない。下手をすれば自分からバラすことになる。先生は劇のストーリーについて言っているのかもしれない。

 穏便に済ませられる一縷いちるの望みを抱いたがそれも次の言葉ですぐに捨てさせられた。

「他を誤魔化せても、私の目は誤魔化せないぞ?」

 先生の横顔が夕日で橙色に照らされた。その不敵な笑みに目を奪われる。

 先輩、と小さな声が聞こえ、凛が袖を掴んできた。

 ……ヤバい。

 大丈夫と何事も無いような表情を向けたいのは山々だが、正直かなり危ない。

 このことが部活で広まれば退部は確実に免れられないだろう。仮にそれが無かったとしても信用はガタ落ちだ。演劇のルールを逸脱したのだから当然だろう。加えて凛の場合は「ちょっとできる新一年が調子に乗っている」とやっかまれることだってあり得る。

 私はともかく凛だけは……

 なんとかこの場を切り抜ける術を模索する。しかし考えは悪い方へ悪い方へとどんどん転がりまとまらない。

 思いつくのはシラを切り続けるかひたすら謝罪するかの二択の悪足掻きだけだ。さしたる効果は期待できない。

 どうすればいいの……

「ふっ、そんな思い詰めたような顔をするな。可愛らしい顔が台無しだ」

 差し向かうなか、会話の口火を切ったのは意外にも先生の明るい声だった。

「今回のことをどうこうするというつもりは毛頭ない。さっき言った通り非はこちらにもあるのだからな」

 ……じゃあ他の目的があるの?

 そこでさっきの言葉がリピートされた。

 ——可愛らしい顔が台無しだ——

 可愛らしい顔?

 先程撫でられた背中がまたぞわりと疼く。

 まさか、先生はこの件を脅しにして私達にいかがわしい真似を⁉︎

 先生ももしかしてそういう類いの人間だということか。では一緒に帰ろうと言い出したのも不自然に背中を撫でたのもそういう指向だから……

「どうしたのだ、そんな怯えた顔をして?」

「せ、先輩……」

 凛に握られた袖の皺が深くなる。私は凛の手首を握った。

 今にも爬虫類のような二又の舌で舌舐めずりをやりだしそうな雰囲気だ。というかもうチロチロと見えている気がする。

 こんな大人に私達の純潔が汚されちゃうの⁉︎ そんなの嫌! 私の初めては凛に捧げたいのに!

「私は君達の姿に——」

「ごめんなさい! でも身体だけは! 凛だけは!」

 私はブォンと風を切る音が聞こえそうな勢いで頭を下げる。人生がかかった謝罪だ。失敗すれば待つのは終焉のみ。

 視界には昇降口のタイルと履き慣れたローファーしか映らない。

 これでダメだったら決死のタックルで凛だけは逃がそう! 生まれてこのかた暴力沙汰のケンカなんてしたことないけど凛が逃げる時間だけは稼いでみせる! 親から授かったこの命、大切な大好きな凛のために使えるなら本望——

「身体? 何を言っている?」

「……はぅ?」

 腰は折ったままに首だけを先生に起こす。

「私はだな、君達の姿に過去の私を見たのだ。愛に一本槍いっぽんやりだった若い頃の私だ。愛に夢中になっていてな……もちろん大きな失敗もあったのだが、それも含めてとても懐かしいエクスペリエンスとして私に刻まれているのだ。ときには愛が憎しみへと昇華して、憎しみが宿命となったことも——」

 先生はグッと拳を握り、瞳を閉じて熱く語っている。その姿は演台の上のいつもの旗越校長先生だ。

 さっきの捕食者は何処いずこへ?

「そんな懐古をさせてくれた二人に礼を言いたいと思って、打ち明けたのだ。本当にありがとう。驚かせたかな?」

「……もうダメかと思いました」

 部活的にも乙女的にも。

 脱力してへなへなと凛にもたれる。

「先輩、大丈夫ですか?」

「ダイジョブじゃないよぅ」

「はっはっはっ、まぁ今度やるときはもっと上手くやることだな」

 先生は高らかに笑う。そして私達とは逆方向の校舎の方へ歩を進めた。陽光を帯びたその足取りは軽い。

「では精進するようにな、また会おう!」

 果たして先生の危ない雰囲気は意図せずやったものなのだろうか。彼女の顎門あぎとは眼前で確実に開かれていたと思う。ぶっちゃけ今考えると襲われてもまともな抵抗なんてできない気がしてきた。

 真実はどうあれあの人は危険だ。さっきは好感度がどうのこうの思ったが今は要注意人物リストのまるごと一ページを独占している。

「そうそう、教師として言っておくが、くれぐれも気をつけて帰るのだぞ。桜木君も乙坂君も実に良い身体をしているからな!」

 ぜぇぇったいに危ない! 近づいちゃダメだ!

 遠くから聞こえた声に危ないメーターが振り切れてしまう。

 磨かれた観察眼で私達の関係をじろじろされるのも危ないがこれだと貞操も危ない。いつか本当に何かされる。

「先生……危険な香りがしますね」

「……だね」

 そこで私はまだ凛に身を預けていたことに気づいた。

 ——まさしく、愛だな——

 先生の言葉が鼓膜にしつっこくへばりついて離れない。

 愛かもだけど……まだ付き合うってなってないんだよね……

 今日の演技開始前の決意を思い出す。すると私の口は自然と開かれていた。

「ねぇ凛、私の家で打ち上げしない?」

 

 

 

「ただいま〜」

 いつものストラップ付きのカギで解錠し靴を脱いだ。脱いだ後にきちんと揃えるのも忘れない。母の教えはせることなく染み付いている。

「さ、入って入って」

「お、お邪魔します」

 凛は家全体をさながら壊れ物として扱うように慎重に入ってきた。壁や天井にしきりに目を向けている。しかも無意識なのか口からおー、とか漏れる始末だ。

 観光客かよ。

 私も凛の家に行ったらこうなるのだろうか。

 私は滅多に使わない来客用スリッパを凛の足元に並べた。我が家の一番かわいいやつだ。

 今後はこれを凛専用にしよう。凛以外には使わせない。

「ほーら、別にここは指定文化財でもなんでもないんだから早くおいで」

 私が声を掛けなければずっと観光客してそうなので、上がるよう促す。一体何が珍しいのだろうか。

「いやはやこれはユネスコ級の……」

「変なこと言ってないで。ほらお菓子」

「うふふ、はい」

 帰ってくる途中、コンビニで買った打ち上げ用のお菓子とかジュースのビニール袋を受け取る。私が持ちますから、と言ってくれたので甘えていたのだった。

「というかそういうボケ、千紗から移ったの?」

「ん〜かもしれないですね」

 凛を先導して自分の部屋へ入る。掃除はこの前したからキレイ。なはず。

「どうぞ」

「おぉ〜これが先輩のお部屋」

 私の部屋のカーペットを踏んだ凛は早速部屋を物色し始めた。この前見た刑事ドラマの家宅捜索を思い出す。

「は、恥ずかしいからあんまじろじろ見ないでね」

「それは難しい相談ですね〜」

 凛は壁に埋め込まれた本棚の中身を一冊一冊眺めた。

「だって好きな人の部屋ですよ、落ち着いていられません」

 急な好きな人発言に自分の心臓が跳ねる音を聞いた。

「と、取り敢えず私は食器持ってくるからくつろいでて」

「じゃあ私も手伝いますよ」

「いいの、主は私なんだからお客様はゆっくりしてて」

 私は中々に重いビニール袋をテーブルに乗せ、ベッドからクッションを取った。ぼふぼふと空気を入れふかふかにする。

「これ使っていいからね」

「ありがとうございます。あとこの本読んでもいいですか?」

 その手には大きめサイズの本があった。私が勉強の為にと購入した演劇資料集の一冊だ。内容はぎっしりと詰まっているので読み応え抜群だ。さすが凛、お目が高い。

「もちろん」

「やった!」

 本を胸に抱えはしゃぐ凛は子供のようだった。あれだけ喜ばれるなら私もあの資料集も本望だ。

 よかったな、資料集君。

 読み耽る凛を部屋に残し、騒がしい胸を黙らせるように私は食器の準備のため台所へ向かった。途中の両親の写真への帰りの挨拶も忘れない。

 食器棚を開く。お菓子を空けるお皿と飲み物用のグラス。手が汚れないようお箸も持っていくことにする。

 食器と食器がぶつかり合い、カチャカチャとうるさい音楽を奏でる。と、そこでお箸の束を床にばら撒いてしまい、辺りはさらに騒騒しい。

 はぁ、そりゃこうなるわな。

 しゃがんで、散らばったお箸を集めながら自嘲する。

 家に帰ってきてから、正確には学校を出てから私の胸中は告白の二文字がとぐろを巻いていた。何を言うのか、台詞も問題なのだが、この家で二人きりというシチュエーションが私をなにより悩ませた。

 大好きな凛。

 告白。

 自分の部屋。

 二人きり。

『せっかくだから大胆に行けよ!』

 角を生やしたデビルくるみが尖った尻尾で刺してくる。

『そんなのただの発情じゃん! 恥ずかしいよ!』

 対して輪っかを浮かべたエンジェルくるみが諭す。

「う〜〜」

 流し下の戸棚におでこをごつんと力無くぶつけた。

 その後もソワソワは止まらない。ダイニングキッチンを歩き回る。なんだか両親の写真が変な目で私を見てる気がする。

「先輩大丈夫ですか?」

 部屋の往来が二桁になろうとしたとき、凛が心配そうな顔でやってきた。

「あんまり遅いですし、大きい音してましたけど」

「あー何でもないの、さ、探し物しててね」

「それならいいですけど。使う食器これですか? 運んじゃいますね」

「あ、ありがとね」

「いえいえ」

 さっき寛いでて、と言ったが結局手伝わせてしまった。

「……先輩?」

「……もうちょっと待ってて、すぐ行くから」

 取り敢えずさっぱりするため一度顔でも洗うことにする。ダイニングを出て洗面台がある脱衣所へ。

 ……ただ顔を洗うためだから。ただそれだけ。

 ヘアバンドで髪を留め、鏡の前に立つ。鏡の中の私は自分でも分かるくらいの困り顔を浮かべている。

 その困惑を洗い流すべく、朝の洗顔より冷たい水を皮膚に伝わらせた。冷たい水に吸熱されてゆく。

 数回の水を被ったところでまた鏡を見ると、顎からポタポタと水滴を垂らす自分。少し心が落ち着いた気がする。

「……」

 私はおもむろにブレザーのボタンへ手を伸ばした。そうして一つ一つと指先でボタンホールをくぐらせる。

 留めるものがなくなったブレザー。私が身をよじるとそれは重力に素直に従った。床に落ちた拍子に足元に微弱な風を起こす。

 続いてブラウスのボタンを摘んだ。先程と同じ所作を繰り返す。

 その姿を目の前の私が見詰めていた。

「……」

 ……そんなに見ないでよ。

 最後のボタンを外し終わり、ブラウスは真ん中から左右に断たれた。少し震える腕を袖から抜く。

 それにより私の上半身を隠すものは純白のシームレスブラジャーだけとなる。

 誰もいないことを分かっていながら、無意識に自分の胸を腕で隠した。ほぼ布一枚とはなんと心許ないのだろう。

 自分でも奇怪なことをしていると理解している。だが一旦この先を想像してしまうと気になってしまい自分の身体を止めることはできなかった。

 体を捻って、おかしいところがないか鏡の中を観察する。右を向いたり、左を向いたり。胸が平均よりは小さいことを除くと別段おかしいところはない。

「……」

 それでもどこか懐疑的な衝動が私に制汗シートを掴ませた。衣装着替えのときにスカートに仕舞ったものだ。

 氷のようなメントールが肌を敏感にし、刺すような冷感を錯覚させる。首回りなど汗のかきやすいところを重点的に拭った。しかしそれでもなお、心配という二文字は簡単には拭えず結局一度ならず二度までも肌を冷やすこととなった。

 脱衣所はさながら体育終わりの教室が如くシトラスミントの香りで満たされている。ようやく私は背中に手を回した。しかしえも言われぬ背徳感が腕を揺らし、指先に集中できない。いつもはどうと言うことはない簡単な作業に今日は悪戦苦闘。いつもの倍の時間をかけてブラのホックを外した。

 ブラがとれたことで抑えられていた乳房が解放される。前を見れば乳頭がいかほど尖って平常心ではないかが分かるだろうが、自分で確認する気にはならない。

 散々逡巡していたときとは比べ物にならないスピードと手つきで落ちている制服を着直す。乱れているところがないか確認した後、使用済み制汗シートをゴミ箱に投げ入れてから脱衣所を出た。

 私がそこにいた痕跡はシトラスミントの香りと脱衣カゴ内のブラジャーしか残されていない。

 部屋に戻ると、凛は既に多種多様のお菓子を並べてお皿に広げ、準備万端という様子だった。

「あ、お帰りなさい」

「あ、うん、ただいま」

「先輩の飲み物……お茶でしたっけ。これでいいですか?」

「うん、ありがとね」

 凛は私のコップに麦茶を注いでくれた。私は清涼飲料水よりもお茶とか水とかのほうが好みだ。

「さ、どうぞ座ってください」

 ベッドを背もたれにして、クッションに座る凛は自身の隣を指差した。そこには私が勧めたクッションがあるのだが。

「そこ……狭くない?」

 楕円形のテーブルの四隅から生える脚。その脚と脚の間に二人が入るのは些か狭いのではないだろうか。多分身体の側面が触れ合うだろう。

「いいじゃないですか、二人で密着できるんですから」

 凛は語尾を跳ね上げながら立ち、私の手を掴んだ。

「ほーら、先輩」

 手を引いて私をクッションの上に座らせる。

「もう」

 まんざらでもない。

 よいしょ、と凛も私の隣に座り込んだ。しかしやっぱりきつくて、お互いの太ももと太ももがくっついてしまう。

「先輩体温高いですね」

「凛はひんやりしてるね」

 にんまりと顔を見合わせる。

 多分私は平熱じゃないけど。

「じゃあ始めよっか」

「はい」

 私達は各々の飲み物が注がれたグラスを持った。

「では、演劇交流会が無事成功したということで」

「「乾杯!」」

 グラス同士がぶつかり合う。鋭い音が響いて、中身が揺れた。

「いただきまーす」

「ぷはぁ」

 早々にグラスを空けてしまった凛はお箸でポテチを摘んだ。凛のお気に入りのコンソメ味だ。

 それに対して私は海苔塩味を摘む。

「やっぱり私は海苔塩のほうがいいと思うな」

「ええっ」

 凛はコンソメポテチを持ち上げながら、何故分からない、といったどうしようもない表情を向けてきた。

 実はコンビニで凛はコンソメポテチ至高説を私に力説していた。ただ私は根っからの海苔塩派なのでそれには賛同しかねていたのだった。

「コンソメ美味しいじゃないですか!」

「美味しいけど海苔塩のが美味しいの」

「あれだけ語っても響いていなかったとは……」

 凛は額を押さえて項垂れた。

 私はパリッと海苔塩ポテチを齧る。

 うむ、旨い。

「先輩、こっち向いてください」

「なに?」

「んっ!」

 凛はコンソメポテチを摘んだお箸を差し出してきた。

「まだ分からないと言うなら私が教えてあげます!」

 その顔は正に真剣そのもの。ポテチのことで本気になる凛が可笑おかしくて笑えた。

「じゃ、教えて」

「ん、あーん」

 口に入れられたのはポテチだが、私の口の中ではあのときの玉子焼きの味が蘇ってくる。私と凛の関係からはぎこちなさがすっかりなくなり見違えるように変わった。それだけでも十分いいことだ。

 でも今日はもうワンステップ。

「どうですか?」

 バリバリと咀嚼そしゃくした後、嚥下えんげする。

「めっちゃ美味しいよ」

「でしょ?」

「凛が食べさせてくれたからだね」

「やったぁ? ……嬉しいですけど、コンソメという点は?」

「……はい、凛もあーん」

「あ、話逸らしましたね!」

 凛のあーんは海苔塩より旨いけど、コンソメ、お前は別だ。

 凛の美麗な頬に左手を添えてから食べさせる。凛はご馳走を食べているような満足そうな顔を浮かべたのだが、やっぱり答えは同じだった。

「先輩が食べさせてくれたので美味しいです!」

 その後は一応演劇の打ち上げということは忘れず、今回の劇の反省を行った。演劇の話になった私達は態度を変えて、真面目に取り組んだ。

 お互いのミスポイントを指摘しあい、助言を与え、ノートに記録していく。凛の流れるような筆跡はすぐにページを埋めてしまっていた。反省といっても凛の場合はミスなんて決して多くない。にも関わらず、すぐに埋め尽くす文字量からは凛の飽くなき向上心が窺えた。

 次回の役の希望を相談したり、次の大会への日程を確認したり。

 そうして次回への対策を立て終え、次もこの調子で頑張ろうと反省会が終わったところで再び和やかな打ち上げムードを繰り広げた。

 凛はお菓子を食べながら最近の弟妹について語ってくれた。近々土曜に授業参観があるらしく随分と楽しみにしているようだった。どうもその内容に演劇が含まれているらしい。

 一方私の話はというと専らインターネットの話だった。最近話題の動画やニュースについて。凛の話と比べると自分でも華がないとは思っていて、ちょっと反省している。他には面白そうなスマホアプリや心理テストを一緒にやってみたりもした。ネット上に数多ある心理テストなんて信憑性しんぴょうせいの欠片もないが、誰かとやるのは結構楽しいものだった。特に恋仲占いで相性百%なんて出たときには素直に運命と思えて、見つめ合ったりも。

 そんな感じで過ごし、打ち上げ開始から一時間半くらい。机上のお菓子はかなりその姿を消していた。

 それと同じように口数も少なくなっていて、静かな間が目立つようになる。話題が尽きてしまうのは仕方がない。

 だけど私はこの静かな時間も喋っているときと同じように大好きだ。言葉を交わさずとも、こうして腕を組み、手を重ねるだけで愛は伝えられるし伝わる。その点は凛も同じなのがまた嬉しい。

 私より少し高い肩が枕のようだった。

 相性百パーだな。

 切り出すにはそろそろ頃合いだろう。演技のセリフと同じくらい大事に覚えた告白を最後にもう一度確認する。

「ね、凛」

「何ですか?」

「大事な話があるんだけど」

「大事な話?」

「うん、えっと私達について」

 横を向くと凛の顔にはかげりが見られた。

「あ、大切だけど悪い話じゃないからね」

「それなら良かったです。急に大事な話って別れ話かと思っちゃいました」

「別れ話っていうか……まぁそれ以前っていうか」

 疑問符を浮かべる凛から身体を離し、正面に据えて正座した。凛も物々しい空気を感じ取ったのか向かい合う。

「その〜気づいたんだけどね。私達ってまだ恋人になってないんだよね。なんというか、やってることは恋人だけど告白をちゃんとしてないって気づいたの」

「あ……」

「あのときさ、凛は言おうとしてくれてたでしょ。でも私が逃げちゃって。そんでもって情けない話泣きだしちゃって、私」

「ちょっと、話の途中ですがいいですか?」

 喋り続けていた私に凛は突如ストップをかけて、話の腰を折る。

「もしかして先輩今から告白しようとしてます?」

「え、どうして?」

 どういうことだろう。

「その顔、図星ですね。もう! ほんっとに私達、相性百パーですね」

 凛は開いた口を隠しながら、破顔した。

「私ももう一回、今日告白しようって思ってたんです。初舞台記念に」

 凛のその言葉に私は心を揺すられる。こんなに運命的なことがあるだろうか。

「そうだったの⁉︎」

「はい! もうほんとにびっくりですよ! ふふっ」

「は〜」

 一応雰囲気は整えていたつもりだが、こんな予想外が起こればもう一度作り直す気は出てこない。

 なんか締まらないなー。

 私は畳んでいた脚を伸ばした。

「え、だから打ち上げやりたいって話出したの?」

「はい、絶好の機会かなぁと」

「なるほどね」

「先輩もそう思って?」

「ん、まぁね」

「あーそうですか」

「……」

「……」

 え、これ逆にどう切り出せばいいの?

 これまた変な空気。

 テイクツーするってのも違う気がするし。

「先輩、告白の言葉って考えてたんでしょう?」

 コクと一度首を縦に振る。

「じゃあ折角ですし、同時に言いましょ」

「……斬新で面白いね、いいよ、そうしよ」

「決まりですね」

「うん、ねね、手繋ぎたい」

 私達はお互いを正面に捉えながら、胴の前で両手指を絡め合わせた。恋人繋ぎというやつだ。

 その体制のまま一拍置いて、口を開く。

「凛」

「くるみ先輩」

 息を吸う音が鮮明に聞こえた。

 

「「大好きです、彼女になってください」」


 一字一句違わない宣告。

 返事はすぐだった。

 唇と唇がそっと触れ合う。

 柔らかく、温かい。

「ん……」

 返事にことはいらない。

「んむ……」

 こうして愛を伝え合えるから。

 唇を通して体内に幸せが注がれていき、満たされる感覚。

 凛と正式な恋人になれた。この瞬間がまごうことなき人生最高の瞬間だった。

「りん、す、きぃ……」

「わたしも……すき、ですぅ……」 

 お父さん、お母さん、私もう大丈夫だよ。私にはこんなにも愛を教えてくれる恋人ができたから。

「ぅは……ね、凛。もっと、恋人みたいなこと、したい……」

 荒い息遣いととろんとした目線を送り懇願する。

「分かりました……」

 凛は私の脇に手を入れて、立ち上がらせた。既に脱力しかけている私をしっかりとエスコートしてくれる。

 そしてそのまま大胆にベッドへ押し倒した。

「あっ!」

 間髪入れずに私に跨った凛はブレザーを脱がしにかかる。

 私は腕を投げ出して、されるがままだ。

「あれ、先輩……」

 一枚目の壁を取り除き、二枚目に取り掛かろうかというとき、凛は気づいてくれた。

 私が身につけたブラウス。それはありのままの起伏を表していた。さらに興奮の証である先端もちゃんとかたどっている。

「ブラ……」

「外してきたの、さっき……凛に触って欲しいから……」

 こんな状態とはいえども、私は恥じらいを消しきれなく、投げ出した自分の右手を目のやり場にした。

「いいよ……開けて……」

「……すっごくえっち」

「ゃん……」

 私の敏感な萌芽ほうがが布の上からさわさわと撫でられる。

「可愛い声……」

 白い手は私の襟のボタン、一番上から外し始めた。一つ外されるごとに肌と服の間に空気が入り込んでくる。

「や、優しくしてね……自分以外……初めてだから……」

「私だって初めてなんですから、加減できないかもしれません」

 全てのボタンが外され、ブラウスに地割れのように柔肌やわはだが垣間見える状態。

 私の中で火種が燻り始めた。

 しかし凛はそこから動かない。にこやかにぽおっと私を見つめるだけだ。

「ど、どうしたの……?」

 恥ずかしい気持ちと今すぐ欲しい気持ちがせめぎ合う今、この間は何とも居心地が悪い。私はもうまな板の上の鯉。いっそ早く淫らに仕上げて欲しいのに、何もされず破廉恥な姿を晒し続ける。

 そんな見てるってことはどっか汚れてる⁉︎ 私の体変なとこないよね⁉︎ 魅力もなくてもしかして萎えちゃったとか⁉︎ ちゃんと確認してきたし……

「どどどどこかおかしい?」

「ん? おかしくないです。先輩はとっても可愛いですよ」

 小動物みたいに首を傾げるそういう凛の方が可愛いけども。

「じゃあ……?」

「いやぁ、このまま何もしないでただ見つめ続けたら、先輩どんな反応するかなと思って。ほんのいたずらです」

 凛は裸一歩手前の女の子を股下に艶かしく唇の端を上げた。可愛らしいといってもその実は、獲物をどう料理するか考えてる狩人の猫だったのだ。

「そんな心配しなくていいのに。こんなにそそってくるスタイルしといて」

「うう……凛! そりゃ不安にもなっちゃうよ!」

「あらあら、そうなんですか」

「そっちは愉快かもだけど、こっちは恥ずかしいんだからね! こう、微妙な状態で放置されるのが——」

 言葉は最後まで出ていかなかった。大好きな柔らかい感触が塞いでいた。

「……ん、きゃんきゃん鳴く先輩を静かにさせるにはこれが一番ですね」

「ふぁ……」

 悔しいけど言う通りだった。たった一度の接吻だけで抵抗する気力はゼロ。私は強制的にエッチなスイッチが入れられてしまったのだ。

「まぁお預けプレイするのもいいですけど、折角の二人の初めてですから、しましょっか」

「ぅん……」

「先輩大丈夫?」

 コクコクと頷くけども、大丈夫じゃないかもしれない。この数分で興奮度合いは高揚しまくっている。今日はなりふり構わず吹っ飛んでしまいそうだが、それが凛相手なら幸せなことだと、ぼんやり思った。

 ブラウスがバッとはだけさせられ、いよいよ上半身があらわになる。

「わぁ、綺麗な身体。ふふ、もうとろけてる先輩と違ってこの子たちはまだ元気ですよ」

「変なこと言わなっ——!」

 思わず声が迸る。感電した。そう思ってしまうほどに刺激は私を貫いていた。

「あっ、ん!」

「見た目通りしっかり硬くなってます」

 凛は色気に染まった乳首を指で転がした。

 こりこり。くるくる。

 その度に嬌声が私の口を押し開ける。自慰のときには得られない受け身の快感。それは予測不可能な強弱で攻めたてる。

 やば、すごい!

「はぁ……はぁ……もっとぉ……」

「もう、欲しがりさん」

「んんぁ!」

 柔らかくて硬い、左の乳頭に爪が立てられ、刺さるような刺激に身を焦がす。

 痛いはずなのに、きもちいい!

 さらに右側は親指と人差し指で摘まれ、激しくこねられる。両胸の快感信号は脊髄を通って私の意識を明滅させながら襲いかかる。頭をベッドにグッと押しつけ、私は自分を手放さないよう全身に力をいれて耐え忍んだ。

 快感を糧に内なる火種が桃色の大火に成長する。

「今度はお口で……」

 ひどく魅惑的にのそのそと後退して私の胸を見据える。そしてはむっとぷるぷるの唇が突起を咥え込んだ。

「はっぁ……」

 口とは違うマッサージのような心地良さに脱力した声が漏れてしまう。チロチロと円を描く舌の軌道も鮮明に知覚できる。

「すごぉい……気持ちい……」

「ふふっ、先輩とのエッチのためにいろいろ調べたんですよ」

「わたしのため……?」

 凛が部屋で一人、エッチなことを調べてる。それを想像するだけで興奮してくるほど、私の脳内はピンク色に照らされていた。

「はい、だから、存分に気持ちよくなってくださいね……」

 ぢゅっ、ぢゅっ、ちゅぷ。

「うぁんん!」

 凛の可愛い唇がすぼみ、吸いつき攻撃を始め、バキューム音が部屋を満たす。さらに手を使って空いているほうの乳房も弄り始めた。

 肉を揉み、指でなぞる。神経が詰まった肉芽が吸われ、蠢く舌で弾かれる。

「気持ちひぃ、やぁ……!」

 バキューム音に引けを取らないくらい大きい嬌声が室内に響き渡った。

「せんぱい? お隣りさんとかに聞こえちゃいますよ……」

 口ではそう言ってるものの憂える様子などこれっぽっちも無い。

「りんがっ! 上手、過ぎるの!」

 頭のてっぺんからつま先まで、刺衝ししょうを撒き散らしながら蛇のようにのたうち回る躍動を孕みながら、抵抗しろというほうが無理な話だ。口を閉じようとしても喘ぎ声が無理やりこじ開けて出ていくのだから。

「静かにできないなら、黙らせるしかないですね」

 黙らせる……?

 胸をベロンと一舐めした後、凛は身体を起こすと私の唇を見下ろす。キスしてもらえる、といつもの温もりを予知したが今回は違かった。いたずらっ子の笑みで猛禽もうきんのように覆い被さってくる。唇と唇が繋がった。

「んん〜。っはぁむ」

「ん! っぁ!」

 激しいっ!

 凛は貪るように私の口唇を求めてくる。それはいつものまったりイチャつくキスではない。ただ欲望に身を任せて相手を求め、気持ちよくなる淫らなキスだ。

 口を口で覆うように食らいてくる。その勢いと密着で恍惚とするあまり口の締まりが甘くなる。凛はその隙を見逃さない。

 ぐにゅ。

「んんあむ!」

 何かが私の中に入ってきた。何かが口腔を動き回り、いたるところにぶつかる度、電撃が走る。

 これって舌⁉︎

 ほんの数センチ先の瞳を見ると、どうだと言わんばかりに笑っていた。そして舌の勢いはヒートアップする。まるでそれ自体が生物かのように蠢き、私の中を闊歩かっぽしていく。内壁や歯茎、天井を執拗になぞって摩擦を起こす。舌の苛烈な動きに合わせて嬌声が上がるが、残さず全て凛が飲み込んでしまっていた。

 あたま……とけりゅ……

 ほうける思考。さらなる刺激が意識を無理矢理繋ぎ止めた。舌と舌が巡り合い、凛の舌が私の舌を犯すように襲いかかる。

「ぅむ、んぁ!」

 ディープキスなんてしたことないのに、私の舌も自然と凛を迎え絡みあった。ざらざらとした表面から生まれる感触は未知のもので確かに気持ちいい。しかしそれは私を狂わせる危険なものであるとも分かる。

 思わず両腕で背中を抱き寄せた。私が自分を見失わないように。凛から離れないように。

 口の端から唾液が垂れることもいとわず私たちは互いの触手を絡ませ合った。どちらのとも判別つかないくぐもった乱れ声で部屋が満ちる。いつも落ち着いていることが多い凛も、やはりこれまでにないくらい興奮しているようで、顔にかかる鼻息が荒く熱かった。しかしそれと同様に、否それ以上に私の炎はメラメラ燃え盛っており、その限界も見え始めている。

 あぅっ……

 桃炎がパチっと弾けた。

 自分の秘部から愛蜜がこぼれたようだ。

 ヤバい、これ以上は!

「凛! ちょ、ストップぅ」

 ぐりゅぐりゅする凛を叩いて押し止める。

「一回! きゅっ、休憩しよっ!」

「うーん?」

 必死な形相を見て取った凛は不承不承ながらも全ての愛撫を止めてくれた。

 尋常ではない荒い息遣いが自分でもよく聞こえる。身体の所々には脂汗が浮かんでいた。

 あ、危なかったぁ。

 あのまま一気に絶頂を迎えても良かったと思う。事実、あと少し遅かったら確実に爆ぜていた。だけどこのぶっ飛ぶか、ぶっ飛ばないかの狭間を凛と一緒にもう少し味わいたいと望んでしまった。こんな淫乱なことを考えるなんてつくづく自分は変態だなって思う。

 胸の中の炎は無事に弱火に変わった。

「では、デザートにしますか?」

「ふぅ……デザート?」

「あ、その前に服脱いじゃお。いいですよね?」

「え⁉︎ え、うん、いいよ」

 脈略ない脱衣宣言に私は面食らって瞬きが速くなる。自分は既に上半身をはだけさせているのに。

「先輩、男子でいう童貞ムーブになってる」

「どどどどど童貞ちゃ……です……てか処女です、はい。て、てか凛こそ前々から思ってたけど、上手いし堂々としてるし経験者なの?」

「元々の素質ですね、多分。さっきも言った通り初めてですよ。でも先輩いじめるの楽しいです」

 ぺろっと舌を出しておどけでみせた。何気ない小悪魔的な仕草とセリフにドキリとしてしまうほど私は凛に恋している。

 そして凛は自分の制服をおおっぴらに脱ぎ始めた。その躊躇の無さに清々しささえ感じる。

「ま、えっちな漫画とか読んで勉強したおかげもっ、ありますけどね。役作りくらい頑張りましたよ」

 そう喋ってる間に一枚、一枚と離れ、すっかり下着姿になってしまっていた。演劇活かすとこ違うよね⁉︎ というツッコミも忘れるくらいに視線が吸い寄せられる。

 薄桃色のブラジャーとパンツが凛の身体を引き立てる。更衣室で横目にすることはあったがこうまじまじと見るのは初めてで新たな事実に気づかされた。いくら男役が多いといってもその中身はちゃんとした女の子なのだ。谷間は私の視線を奪うほどに形成されているし、滑らかな曲線を描くくびれも麗しい。清潔な縦に長いへそはチャームポイントとなっており、私よりも女の子で羨ましい。

「そんなじろじろ見ちゃって。気になります?」

「あ、え、や」

「後でいっぱい触らせてあげますよ」

 下着しか身につけていないが、凛はそんなこと気にせず、自分の部屋にいるかのようにベッドから軽やかに降りた。テーブルの天然水をぐいっと一飲みしてから、カカオが香るお菓子を手に取る。

「……板チョコ?」

 デザートってそれのこと?

 私も最早肌を隠すことができないブレザーとブラウスを脱ぎながら尋ねる。凛があれなんだから私も構わないだろう。

 スカートはまだちょっと……うん。

 下半身の衣を取るのは上半身よりも数倍の勇気がいることを私は今初めて知った。もちろん勇気は足りていない。

 茶色の薄板をパキパキッと割り、いくつか口に放り込む。そして降りたときと同じような軽やかさでベッドに戻ってきた。

 ま、まさか。

「うふっ、召・し・上・が・れ」

 口にものが入ってる故のくぐもった声とともに私に食らいついてきた。案の定、凛の口の中から甘い液体が流される。体温で溶け、唾液と混ざり合ったどろどろのチョコだ。

「んんっ! んむ!」

 流し込むだけでは飽き足らず、チョコで湿らせた舌で味わえと言わんばかりに塗りたくり、味蕾に押し揉む。

「ぁまい、おぃひぃ、んぅ……」

 甘い。チョコと凛の味が溶け合う液体。甘美すぎておかしくなる麻薬のごとき甘さだ。それに加えて与えられる刺激。身も心も溶かす甘さと痺れるような快感が私をなぶる。

 チョコも唾液も吐息も喘ぎ声も体温も、そしてなにより凛が与えてくれる愛を一滴も逃さぬよう吸引し、貪る。

 はぁぅ、なにもかも、おいしい……

 凛にも……

 私は口内に残るチョコに今度は自分の唾液を混ぜ合わせる。そうして調合された液体を凛にびゅっと送り返した。

 私のも飲んで……

 これまたお返しと言わんばかりに舌を差し込む。さっきされた責めをリバースして凛の中で暴れる。

「うぅんむ、あぅ!」

 凛が今日で一番大きな嬌声を上げた。

 くっちゅ、くちゅくちゅ。

 卑猥な水音が二人の間に響く。

 歯茎を這い回り、舌小帯をくすぐり、小刻みに震える。濃厚なキスのやり方は知らない。でも先程施してくれた凛の愛を思い出して凛に返せるだけ返す。たどたどしい愛撫かもしれないがその度に凛は気持ち良さそうな声とともに受け入れてくれた。

 彼女の中で蠢く花弁は相手と同じくらいに快感を受け取り、私の心も猛々しく燃え上がっている。それに合わせて下腹部が脈打つように疼きだした。一線を越えてしまわないよう足の指を丸め、内股に力を込める。

 まだ早い……まだぁ……

 ごっくん。

 そうして凛が最後の一滴を喉を鳴らしながら飲み干すと、チョコは無くなってしまった。

「はふぅ……」

 緩い息を吹きかけながら火照った顔が目の前から離れていく。凛の唇と私の唇に架かる細く長い糸がしっかりと目に映った。

「先輩の、すっごく甘くておかしくなっちゃう……」

 妖艶な魔女がそうするように凛は口の周りのチョコをペロリと舐めとった。

「あ、先輩も口の周り、キレイにしましょうね〜」

「うぅん、くすぐったい……」

 お掃除とかたった愛撫。祖母の家で飼っていた犬の既視感を覚えながら、内腿を擦り合わせて耐えた。

「もうそろそろ、欲しいんですか?」

「な、何を?」

 私は頬をベッドに押し当て目を合わせない。きっと自分の顔は熟れたリンゴのように今真っ赤だろう。そして実際そこは熟れていることに間違いはない。

「またまたとぼけちゃって。自分が一番分かってるでしょう?」

 その言葉は確実に私の忙しない脚を見て言っているのだろう。

「このスカート脱がせちゃいますねぇ」

「え、あっ」

 抵抗する隙を幾分も与えない早業で私のスカートは宙を舞った。風により汗が急速に身体の熱の奪っていくような、そんな寒気に襲われる。

「ブラは自分で外しちゃうのにこっちは恥ずかしいんですか? 変ですね」

「うっ」

 凛はイジワルな目とともに正論をぶつけてくる。

 確かに自分でもそう思うけど。

「こっちはと、特別だし、心の準備が……」

「じゃあ私が特別を頂いちゃうってことで……わぁ、先輩、ぐっしょぐしょに濡れてますね!」

「わ、分かってるから、自分でも。あんま言わないでよ」

 それが恥ずいっていうのもあるんだから。

 恋人みたいなことがしたいと言っておいてとんだ矛盾だ。きっと私の真っ白なパンツは灰色に広く浸食されつつあるだろう。

「でも、スカート取って良かったですね。もう少しで沁みちゃうところでしたよ」

「だ、だから言わないでってば」

「ふぅー」

「ひゃっ!」

 凛がぐしょ濡れパンツに息を吹きかけ、先程と同じ寒気が秘部を走った。つい甲高い声とともに腰を跳ね上げる。桃炎もちょうど酸素が送られたかのように猛りだした。

「ふふふ」

 続いて湿ったクロッチを爪でカリカリと引っ掻く。

「んあっ、あっ」

 鋭利な刺激だが布地を挟むことで緩和され何ともむず痒いものに変換される。気持ちいいけど物足りない。

 微妙な匙加減の刺衝に膝小僧をもじもじしながら享受する。

「こらこら、脚閉じちゃ弄りづらいですよ。ちゃんと開いて」

「やっ」

 私の陰部が丸見えになるのも構わず、凛は私の脚をガバッと左右に割った。おかげでなんとも淫乱な開脚ポーズにさせられてしまった。そして追い撃ちのようにより大きなストロークでもって愛撫を行う。

 しかし相変わらず脳に届くのは鈍い信号のみ。

 気持ちいいけど、けど!

「布越しなのにこんなに敏感なんですねぇ」

 指の腹で撫で回される。

「ね、もっと! もっと! 生で!」

「生?」

 凛はきょとんとした顔でその動きを止めた。

 我ながらひどい言葉選びだと思う。語彙力の低下が著しい。

「その〜ちょ、直接触って欲しいっていうか」

「あ〜先輩は布よりも直接が好きと、分かりました、覚えておきますね」

「いや、う、うん、ありがと?」

 好きな責め方を記憶してくれるとは複雑な心境だ。だがここは今後もエッチしていいという意思表示と考え、素直に喜ぼう。

「ほら、脱がせますから」

 そう言いながら私のパンツに指をかける。

「それくらいは自分でっ」

「ダメです、私が脱がせたいんですから」

「うぅ……」

 自分の『したい』を叶えてもらっている身の上、凛の『したい』を断る権利はない。観念してパンツが丸まりながら下ろされるのを受け入れた。

 何故こういうときには羞恥心が浮かんでくるんだろう。キスとかではあんまり湧かったのに。

 そのせいで今は凛を直視できない。

「先輩、ちゃんと手入れしてるんですね」

 凛が私の下半身を見詰めながら口を開く。

「昨日、クリームで処理したから」

「もしかして、本当は今日を見越してたり?」

 いたずらっぽく口を吊り上げた凛は右隣に移動してベッドを沈ませた。

「いや、ひ、日頃からやってるから……」

「ふぅん、気使ってるからですね、綺麗ですよ」

「そこを褒められても……」

 凛は私の手のひらを持ち上げると、自らの双丘の間に優しく押し当てた。

「私がこんなに興奮しちゃうくらい綺麗です」

「え、心臓……速い……」

 ドクンドクンドクン。

 今日の本番前に抱きしめたときよりとは段違いに速い心拍だった。それは凛の心臓が私との時間を全身に刻み込もうとしているからかもしれない。

 私の存在が演劇よりも強く凛のハートに働きかけている。その事実が私に充足感と喜びを与えてくれた。

 心の炎が準備万端というように最後の火柱を燃やし始める。

 私の性感帯の一つである首に凛の人差し指が立つと氷上を踊るが如く滑り出した。

 首筋から鎖骨、乳房、脇腹、おへそ。

「んん」

 胸の先端でスピンをかまし、お腹の上で軽やかなステップを刻んで、鼠径そけい部に流れる。

 そのおかげで、腰が少し跳ねた。

 そうして今度は太ももへ。

 指は縦横無尽に滑るが肝心なところには一向に触ってくれない。再びあのもどかしさに襲われる。

「ねぇ、触ってよぉ」

 縋るような目と声で訴えかける。

「お願いしますは?」

「お願いします」

 即答。自分でも驚く速さ。

 凛はため息と苦笑混じりに「先輩って堪え性がないっていうか」と首を傾げる。

「私は焦らすのとか屈服させるのが好きなんですが」

「でも凛は甘えていいって言ってたよ」

 あの土曜日の凛の言葉を思い出した会心の一撃を繰り出した。さらに追撃。

「それに私の彼女になるってこういうことだもん、受け入れてね」

「……いやはや、これは一本取られましたね」

「凛の好みはちゃんと覚えておくからさ」

「じゃ今日は恋人の甘えを聞くことにしましょう。気持ちよすぎてどうなっても知りませんから」

 発言の後半はねっとりと私を包み込むような感じがした。そして言うが早いか強引に脚を開かれその指が淫裂に触れた。

「あうっ!」

 割れ目をなぞって下から上までを大きく撫で上げる。

 自分でやるときとは全然違くてビリビリする!

「ほらほら、欲しがってたものですよ、感じて!」

 彼女の左手が花園を開門させ、初めて他人を招き入れた。フルオープンになったところが逆撫でられるようにほじくり回される。

 背筋がゾクゾクする悪寒が走り息が詰まる。快感のあまり呼吸が危うい。

「んんっ! あぁぅんやっ!」

 火柱がパチパチッと弾け、光を振りまいた。

 その瞬間、失禁にも似た解放感が現れ、身を焦がした。内心焦りを覚えるも快楽に溺れることしかできない。

「あらあら」

 そして案の定、聞こえてくるのは水音。指の動きに合わせてぴちゃぴちゃと、私の下半身から鳴った。

「せんぱい、いっぱい。ね、聞こえるでしょう」

 しかし絶えず刺激の暴風に晒されている今の私に会話する余裕などある訳もない。しかし凛は意地悪く、わざわざ私の耳を湿らせるような距離で囁く。

「ぐちょぐちょ……えっち……」

 それはただの言葉にしか過ぎないはず。だが今は確かにざらついた質量を伴い、耳奥に滑り込んで思考を愛撫する。

「ほら、せんぱいの、アソコから、出てるんですよ」

「やぁ……」

 ちゅく、ちゅく。

「天然の、ローションですね。これを指に纏わせて……」

 指がすーっと上に。そこにはぷくっと膨れる核。

「えい」

 敏感な核から流れる快感が私の腰を高く跳ね上げさせ、それに伴う淫らな叫びが口を押しあけた。

「あぁっ! んんぁっ!」

 小刻みに不規則に。充血した宝石は、丁寧に磨いて魅力を引き出すが如く指で可愛がられる。自前の潤滑油が滑りをよくし、ペッティングはまだ知らぬ高揚へと誘う。生じた電流が脊髄から脳までを真っ直ぐ貫き背中を仰け反らせずにはいられない。

 むり! すご、すぎ……

「先輩のクリちゃん嬉しそう。でも他の部分をほったらかしてたら可愛そうですよね」

 今感じ取れる刺激はとっくにキャパオーバーしているはずなのに私は別のものを感じ取る。その出どころは私の蜜壺だった。凛の親指は肉芽をさすり、中指はクレバスをほじくって同時に狂わせてくる。

「やあぁん! だめ、らめぇ!」

「その『だめ』っていうのはもちろん『もっと』って意味ですよね。そういうのめっちゃそそられちゃいます」

「ち、違っ……ぉおかしくなっちゃうぅぅっ!」

 内部に直接叩き込む攻撃と弱点を集中的に狙う攻撃。身体の中に蓄積され滞留し続ける悦びをシーツを必死に握ることで外部へ発散する。こうでもしないと内側の圧力から私が壊れてしまうような気がした。

「もう先輩可愛すぎる。好き。もっと犯したい」

「っは、いいよ、好きなだけ! 凛のものにして!」

 凛がのしかかる。はしたない声が流れる口は桜唇おうしんで塞がれ、胸は胸で潰された。

 口とおっぱいでキスしてる……気持ちひぃ……

「「きゃあっ」」

 ゆっさゆっさと身体を擦らせると鋭敏な先端同士が巡り会い火花を散らす。凛はとても硬くなっていた。

 りんもきもちいんだ……

 それが嬉しくて嬉しくて。肩に腕を回して高まる密着度。愛する人と肌を重ねて想いを伝え合うこの瞬間、私はこの身に余るような、太陽のように暖かくて宇宙みたいに大きい、そんな幸せを噛み締めていた。

「り、ん……」

「っん、なに?」

「すきぃ」

「くるみせんぱい……私も」

 絡み合う二人の視線。それが合図だった。

 愛撫する手の動きはヒートアップし、脈打つ舌の責めは苛烈を極める。凛は私にトドメを刺さんとしていた。

「ああもう! だめ! わたし!」

 さらに奏でられる水音。

「いいですよ! ほら!」 

 小刻みに擦れ、痺れる胸。

「あぁっ! んんぅ!」

 耳を犯さんばかりの嬌声。

「ほら! さあ! イッて!」

 快感のボルテージが一気に跳ね上がり、許容量を今にも突き破る。過呼吸にも似た息継ぎと定まらない焦点。

 桃色の火炎がその中身を猛り狂わせながら膨張していく。

「りん! 手っ! 握ってぇ!」

 すぐに私の指と凛の指が絡み合いがっちりと繋がる。

「んあぁぁっ、だめ、だめ、だめだめだめ!」

 繋がった右手に力を込める。

 そして。

「あぁっ! イッ——!」

 身体の内側、はち切れるほど膨らんだ桃炎が熱波とともに大きく爆ぜた。

 凛の手を潰すかのように強く握りながらグッと高く、天に向かって腰を突き出して仰け反る。

 爆発的な絶頂は私の五感を数秒間尽く奪ってしまった。まるで白熱電球が眼前で切れたかのように瞼が真っ白に焼けつき、耳が聞こえなくなる。口内のチョコのほのかな甘みも消え失せ、部屋を対流する汗ばんだセックスの香りも嗅ぎとれない。私の秘部に触れている指はどうなったのだろうか。

 けれどこの右手。この右手だけは五感を越えて今も握り合っているとはっきり認識できる。

 

 凛、ずっと、一緒……

 

「クぅぅぅぅ……」

 絶頂が過ぎ去り、その残滓ざんしがじんわりと隅々に広がり始めたころ、私はようやく全身をベッドに横たえた。心地よい脱力感と疲労感に包まれた身体は重たい。

「先輩」

 くるりと丸い一対の瞳が覗き込んできた。

「お疲れ様です、いいイキっぷりでしたよ」

「うん……」

 ゆっくりとした深い呼吸とともに声を絞り出す。

「すぐ起きるのは大変でしょうし、少し横になってましょうか。私も側にいますから」

 そう言うと凛は私のすぐ横に裸体のまま寝転んだ。脱力のあまり私はずっと天井を見ているため、隣の凛を見ることはできない。だがもちろんその間には繋がれた私たちの手がある。

 静かだ……

 これからどんなことがあっても私はこの手と同じように凛を離さないし離れない。凛は両親がいない私にとって心の拠り所で何より大好きだ。

 凛も同じこと思ってくれてたら……

 そんなことを奥底から願ったわけではないが、右手指を痙攣のようにピクッと動かすと、凛は暖かく握りしめてくれた。

 嬉しさのあまり笑みが溢れる。

 幸せ……

「何が面白いんです? 先輩」

「……何でもないよ」

「えぇ、隠し事ですか」

「ふふっ。ね、それより」

 ずっしり重たい身体を四苦八苦しながら横向きになる。

「もっかい、キス」

 すると凛も私にならって体勢を変えた。

「甘えん坊さん」

 その言葉を合図に私達は互いに抱き合いながら唇を重ねた。

 労わるような甘く、甘く優しいキスだった。

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