第2話 スナック

 俺には10代の同居人(男)がいる。その子がいるせいで、俺は最近外出を控えるようになっている。俺が出かけると、一緒に行くのがどんな人でも嫉妬するからだ。毎晩夕飯を作ってくれるのだが、あまりおいしくない。女性にも会えなくなってしまった。

 だから、そろそろ俺にはストレス発散が必要だった。


「俺、今度の金曜日スナック行くから。夕飯いらないよ」俺は同居人に告げる。

「うん。誰と行くの?」

「会社の掃除のおじさん」

「そう」

「そのスナックは、幽霊が出るんだって」

「へぇ」

「君には幽霊なんて珍しくないだろうけど」

 同居人は幽霊が見える子だ。幻覚の可能性もあるけど。今のところは幻視だけだから、あまり深刻には受け止めていない。

「浮気しないでよ」

「場末のスナックにきれいなホステスさんなんていないよ」


 俺は笑う。実はきれいな人がいたら、ワンナイトなんてことにならないかなぁ、と期待していた。2万くらい払ってとも・・・思う。買春するなんて、我ながら落ちぶれたと思う。スナックにいるほとんどのホステスさんは、真面目な人ばかりだろうけど、中には売春に応じてくれる人もいると聞いたことがある。都市伝説レベルなのか、ガチなのかわからない。


 だから俺は幽霊よりも、店のホステスさんたちの方が気になっていた。添田さんにもしつこく聞いていた。

「かわいい子いる?」

「どうかなぁ。江田さん目が肥えてるからぁ」

「通うにはちょっと遠いけど、せっかく行くんだから、かわいい子がいるといいなぁ・・・」


 金曜日が待ち遠しくて仕方なかった。もし、ダメなら、帰りに近場の風俗にでも・・・と思ってリサーチまでしていた。恥ずかしながら、今まで風俗を利用したことがないから、ちょっと恥ずかしいし、怖い。


 しかし、スナックに行ってあまりにギラギラしてると、出禁になってしまう。そんなのは、添田さんの顔を潰すようなものだし、絶対ダメだ。


 俺は指折り数えてその日を待った。そんな気持ちになるのは記憶にないくらいだ。早朝、添田さんが俺のフロアにやって来た。

「添田さん、おはよう。今日はよろしく!」

 俺は声をかけた。

「じゃあ、7時に〇〇駅で」

 そこは、添田さんの家の隣の駅だそうだ。


 朝からずっとソワソワしていた。きれいな子がいますように。きれいじゃなくても普通ならいい。それで、その子を誘ってアフターにホテルに行くことばかり考えていた。

 今考えてみると、地方ならともかく、都内で一見の客とホテルに行く人なんていないだろう。俺は店を早めに出て風俗に行こうか考え始めていた。


 指定された駅は、すごい下町感のある所だった。俺も昔は下町に住んでたけど、今きれいな街に住んでるから、思いのほか汚くさびれていて、自分を甘やかしすぎたと反省した。道端に痰が落ちている。歩いていてるとヤンキーと高齢者が多い。

 そんなこんなで、取り合えずスナックに到着した。


「いらっしゃーい」

 中からママの声がする。派手なおばさんで、店の中はタバコ臭い。俺はタバコの匂いが苦手だから、吐きそうになる。いつのように、会社のリュックは駅のロッカーに預けて正解だったと思う。


「こんばんは。今日は混んでるね」添田さんは店を見回していった。

「金曜日だからね~でも、席取ってあるから、ゆっくりしてってね。あら、いらっしゃい」ママは俺を見て言った。なぜかほっとする。

 店は満席だった。貸し切りかと思うほどだった。

 常連さんで盛り上がっていて、添田さんも先に来た人たちに挨拶をしていた。


 俺たちが座ると、女の子が3人も隣に座った。しかも、みんなそれなりにかわいい。「いいの?みんなこっちに集まって来ちゃって?」添田さんが笑う。

「今日は添田さんがイケメン連れて来るっていうから、普段は金曜日入ってないけど来ちゃった」

 女の子が笑った。お世辞だけど照れくさい。

「イケメンって言っても、絶対、大したことないと思ってたら、本当だった」

「だろ?いい男だろ?」

「今更、何言ってんだよ。毎日会ってるのに」

 俺は意外だった。そんな風に思ってたんだってことに。

「ディーン・フジオカに似てる」

「あ、似てる!」

 他の子も言った。

「ディーン・フジオカはスナックなんか来ないよ」添田さんは笑った。

「いいよ、もう」

「イケメンはもてていいなぁ」

「あんまりおだてると、俺が全部払わないといけなくなるだろ?」

「江田さんは、しかもまだ独身」

「え~。もったいない!バツイチ?」

「いや。まだ、俺、結婚したことないから」

「え~。ゲイなの?」冗談で女の子が言った。

「ま、まあ・・・」俺は全否定できなかった。

「うそ、うそ。この人女好きだから」

「まあ、人並みには」

「彼女はいるんでしょ?」

「いや、いない・・・」

「え、ほんとに?付き合いたい」

 ワンナイトだったらありかなという感じの見た目だった。まあまあ美人。年齢は30代半ばくらい。俺は口説き始める。

「でも、男がいるんじゃないの?きれいだし」

「やだ!本当にいない」

 女の子が俺の肩をたたく。

「この子、バツイチだから」

「あ、そうなんだ。子どもいる?」

「うん。男の子一人」

「俺、そういうの気にしないから」

「じゃ、つきあっちゃう?」その子は嬉しそうだった。完全に詐欺だ。俺がそんな人と付き合うわけがない。ひどい店だなと思う。そして、俺も最低だった。


「いいなぁ。イケメンは話が早くて」

「添田さんも独身じゃない」

「俺、もう年金ももらってるから。この人より安定してるよ」

 みんなが笑う。

「いいなぁ。俺も早く年金もらいたいよ」

「またまた・・・江田さん、高給取りのくせに」

「仕事何やってるの?」

「サラリーマン」

「大きい会社の部長」

「え~。すごい。素敵!どんどん飲んで」

「俺、酒ダメで・・・」

「外に女待たせてるから」と、添田さん。

「うそ、うそ。体質的にダメだから・・・添田さんに飲んでもらって。みんなも好きなの飲んでいいよ」

 と、結局、俺がおごることになっていた。


 隣に座って来たママとも話す。

「添田さんの働いている会社の部長さんなの?」

 そんなわけない。掃除のおじさんというのは隠しているかもしれないから、俺は話を合わせる。

「うん。そうだけど、管理職って言っても、まあ、権限はあってないようなもんだけどね。結局、誰かがやらないといけないから」

「部長にまでなんてなかなかなれないわよ。大変だったでしょう」

「うん。大変だった・・・わかる?」俺は笑った。

「酒が飲めないなんて、いいじゃない?奥さんはその方が絶対いい」

 スナックなのに俺を肯定してくれるのが嬉しい。

「でも、奥さんになってくれる人がいないんだよね」

「そろそろ焦んなさいよ。もう、いい年でしょ?」

「うん。でも、家で子どもを預かってるんだけど、その子が嫉妬深くて・・・」

 俺はほぼ初めてくらいに、他人に同居人の存在を愚痴を言った。その子が中学生の男子で、親とうまくいっていなくて俺が預かっていること。

「寂しいんだろうね。難しい年ごろだし」

 俺は迷う。早く結婚したい。彼女が欲しい。セックスがしたい。

 でも、子どものことがすごく心配でたまらない。


 さっきの女の子をアフターに誘いたい・・・。俺はその子の隣に座って、この後、付き合えるか探りを入れた。


「子どもは誰が見てるの?」

「家でお留守番」ひどいなと思う。

「年、いくつ?」

「中学生」

「男?」

「うん」

「じゃあ、うちと一緒だ」俺はびっくりした。

「あ、子どもいるの?本当は結婚してるんじゃない?」

「俺の子じゃないんだけど、親せきの子を預かってて」

 絶対嘘だろうという顔をしていた。

「え~どうして?」

「その子が家族とうまく行ってなくて・・・預かってるんだよ。中学生って難しい時期だから」

 でも、俺が既婚者のくせに嘘をついていると思っているようだった。

「そうだよね。わかる。私も”死ね。クソババア”って毎日言われてる」

 そんなの大したことないと俺は思う。俺なんかもっと大変だ。


「そういうのは、甘えの裏返しだよ。お母さんが好きなんだよ」

「そうかなぁ・・・でも、たまに優しい時もあるんだけどね」

「それが本当の姿・・・たぶん」女の人ははっとした顔をしていた。

「え~。江田さん、結婚したことがないとは思えない。子どもいるんじゃないの?私のことだましてない?」

「騙してないよ。本当にいないんだよね」

「彼女もいないの?」

「うん。子どもが嫉妬深くて、デートする時間もないんだよ」

「あ、わかる。うちも絶対ダメって言われてる。ママは男を見る目がないからって」

「はは・・・絶対マザコンだよ。その子」

「そうかなぁ」

「じゃあ、彼氏もいないの?」

「うん」

 俺はそのホステスさんに親近感を覚えた。

「じゃあ、セックスもしてない?」

「してない」笑いながら言った。

「俺も・・・」

「大変だよね~。子供と一緒だと」

 あ、そっちの方に行っちゃったか・・・。今晩はさすがに無理そうだなと思った。何回か会えばやらしてくれそうだけど、今晩じゃないと意味がない。俺はしばらくその人と喋っていたけど、脈はなさそうだった。


 他にいないかな・・・俺は物色し始めた。


 すると、お客さんとして飲みに来ている女性がいた。一人で座っている。最近、スナック女子という人たちがいるらしい。一人でスナックに来て、雰囲気を楽しむ人たちだ。時々、ママと喋っているけど、暇そうだった。


「お隣いいですか?」

 俺は声を掛けた。

「どうぞ」

 すごく感じがいい。これはいけるかも。俺はその瞬間に思った。

「常連さん?」

「けっこう来てる方かも」

「スナックが好きなの?」

「うん。昭和な雰囲気が好きで」

「そうかも。俺も昭和生まれだから。80年代?」

「うん」

 ということは・・・30代だ。

「家が近いの?」

「すぐそこ」

「よし・・・」

「え?」

「いや・・・何でもない。いいね。行きつけの店があると」

「うん。仕事終わりにふらっと寄っちゃうの。ママに話を聞いてもらいたくて」

「へえ。人生相談?」

「そんな感じ」

「俺も聞くよ・・・悩みがあるんだったら」

 俺は口説き始める。彼女は見ず知らずの男に、複雑な胸の内を語り出した。よしよし・・・。俺は手ごたえを感じた。

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