第13話 休日(4)

「いやー、助かったわ。ははっ、山瀬さんが説明してくれなかったら多分警察署まで連れていかれてたんじゃねーかな」


 山瀬の事情説明によって、なんとか事なきを得て解放された大河は隣を歩く山瀬に笑いながら礼を言った。


 思いのほか警察による事実確認が長くなったこともあり、時刻はすでに19時近く。街には暗がりが広がり、等間隔に設置された街路灯が二人を照らす。


 当初、警察官は山瀬からことの経緯を聞いたとき、顔を真っ青にして平謝りした。

 事件解決の功労者を犯人扱いしてしまうなんて、警察官としてはとんでもない不祥事でしかない。


 本来であれば、本件に関係する警察官に一定の処分がくだっていてもおかしくなかった。


 しかし、大河が快く謝罪を受け入れ、ことを大きくしなかったことで警察官達はは最悪の事態をまのがれることができたのだった。


 二人は家路につきながら先ほどまでの出来事を振り返っていた。


「でも新堂君、せっかくの表彰してもらえるところだったのに、本当にもらわなくてもよかったの?」


「確かにありがたい話だけど、困ってる人を助けるなんて当たり前のことだしな。別にいらねーかな」


 大河は今回の事件の解決へ協力したこともあり、警察側は功労者として大河を市民表彰の対象として推薦したいとの提案をしていた。


 それは自分たちのやらかしに対して悪印象を抱くだろう二人への、お詫びと埋め合わせを兼ねているものだった。


 しかし、大河は当然のことをしただけだからという理由でそれを謹んで固辞したのであった。


 大河のそんな一言に山瀬は急に真面目な顔になると、歩みを止め、大河に向かってお辞儀をした。


「新堂君、鞄を取り返してくれて本当にありがとう。大切にしていたものだったからうれしいわ」


 大河が取り返した鞄をなでながら山瀬はお礼をいった。


 山瀬は山瀬で今日一日自分の目で見た大河の姿からなにかしら感じるものがあったのだろう。


「そんなに気にしないでくれよ。大体それこそ困ってるクラスメイトを助けることなんて当たり前のことなんだ。礼を言われるようなことじゃねーだろ」


 頭の後ろで手を組んでニコリと笑ってそう言った。口調とはうらはらに念願であったクラスメイトとの会話には大河も喜びを隠せていなかった。


 山瀬は大河のその表情がこれまでと違い、とても自然で優しいものに見えたのだった。


 噂話をうのみにしていたころはどこか大河の顔が恐ろしいものに見えていたが、今は年相応の男の子の柔らかいものにしか見えない。


「それでもお礼くらいはさせてちょうだい?困ってることがあれば少しは助けになれると思うわ」


「うーん、でも、お礼なんてされるようなことしてないしなぁ」


 山瀬からの言葉に腕をくんで首をかしげながら考えるものの、なかなかいいアイディアがでてこなかった。


 さんざん考えたうえで大河は一つのことをひらめいた。


 真面目な顔をして山瀬のほうを向く。


「そうか!山瀬さん、一つこっちから希望があるんだけどいいか…?」


「もちろんよ!なにかしら?」


 大河からの言葉に思わず山瀬も前のめりになって話をきく。


「俺と…友達になってくれねーか?まだこっちにきてから友達がいなくてよ」


 思いがけてもいなかった大河からの提案を一瞬理解できずに山瀬は思わず目をぱちくりとして固まってしまう。


 まさか、こんなコワモテの大男から子どものようなお願いをされると思っていなかったのだ。


 そして、それを理解するとともに、こみ上げてきた笑いをおさえることができなかった。


「ふふふふふ、まさかそんな難しい顔をしてそんなことを言われるとは思っていなかったわ。意外だったけどあなたって本当に噂と違ってただの普通の人なのね。ええ、こちらこそよかったら友達になって」


 目元ににじんだ涙をぬぐうと、山瀬は手を前に出した。


 その意味がわからず、大河が首をかしげていると、「握手しましょう」と付け加えるようにそういった。


「…あぁ!これからよろしくな!山瀬さん」


 その意味を理解すると大河の顔は途端に笑顔になり、両手で山瀬の手をとってぶんぶんと上下に振るうのだった。


「ちょっと新堂君、恥ずかしいからやめてちょうだい」


「わ、悪い!」


 これまで、孤立を深めまともに話すこともできなかった大河が心のうちで夢見ていた友人第一号が満を持して誕生した瞬間だった。


 空には星々が煌々と輝き、満点の月は二人を照らしていた。星夜の空はどこまでも遠く果てしなく続くように見えた。


 大河はこの時にみえた空の美しさをきっと忘れることはないだろう。

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無自覚コワモテ聖人高校生が見た目で誤解をうけ、孤立しながらも頑張って人気者になるまで 白米王子 @hakmaiman

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