第12話 休日(3)~山瀬サイド~

「はぁ…はぁ…」

 山瀬は自分の大切なかばんを取り返すために犯人めがけて走り出した大河を探していた。


 逃げる犯人の姿を伝えるや否やすぐに走り去った大河のスピードは並ではなく、とてもではないが女性の体力で追いつくことはできなかった。


 途中までは前を走る大きな背中を目印に追うことができていたものの、次第に距離は開いていき、ついにその姿は見えなくなった。。


 自分が図書室であれだけ邪険にした大河が、まさかそんな自分のために献身的に犯人を追いかけてくれるとは思ってもおらず、彼女は自身の過去の振る舞いを申し訳なく思っていた。


「私は新堂君に何かされたわけでもないのに冷たくしてしまって…。それなのに彼はそんな私を…。彼に謝らないと。」


 見た目や噂で彼の評価をうのみにしていた自分を恥じるとともに、彼の人間性をしっかりと自分の目で知りたいと思うのだった。


 鞄を探すのはもちろんのことだが、これまでの非礼を詫びるため大河の姿を探す。

 その姿は普段の凛とすました彼女らしくない、しおらしいものだった。


 連絡先もわからないため合流は容易にはできず、彼の走り去った方向からあたりをつけて周囲を探した。


 しかし、それは広い街でかくれんぼをしているようなもので、見つけることは容易ではなかった。


 それなりの距離を走り回った足はすでに回り棒のようになっており、両膝に手をついて呼吸を整える。


「一体どこまでいったのよ…。さすがに手がかりがないと厳しいわね。週明けに学校で会うしかないのかしら…。こんなことなら連絡先だけでも聞いておけばよかったわ。」


 とこれからどうするか悩み頭を抱えたタイミングだった。

 けたたまくサイレンを鳴らす数台のパトカーが山瀬の横を通りすぎると、ここから少しだけ先に進んだ場所で停車したのかそれまで鳴り響いていたサイレンが鳴動を止めた。


 もしかしてひったくりと関係あるんじゃ、と山瀬はパトカーが走り去った方向に足早に向かう。


 するとそこにはパトカーから降りた警察官の様子をうかがう人だかりができており、道を壁のようにふさいでいた。


「ニュースでやってたひったくりが捕まったらしいぜ。これで一安心だな」

「凶悪犯って感じの顔してるわね。まだ若そうだけど怖いわねぇ。」

「動画撮っといたらテレビ局に買い取ってもらえるっしょ。みんなも撮ったほうがいいぜ」


 警察官と犯人のやり取りを目撃したのか野次馬たちが口々に言う。どうやらそこにはひったくり犯がいるのは間違いないようだった。


 もしかしたら大河もそこにいるかもしれない、山瀬はそう思うと人だかりに近づいた。


「こら、ようやく捕まえたぞひったくり犯。おとなしく観念しろよ」

 警察官が犯人に向かって叫ぶ声が人の輪の外まで響いた。


 なんだ、やっぱりあの後犯人つかまったんじゃない。きっと新堂君が犯人を捕まえてくれたんだわ。


 そう思うと山瀬は安心して胸をなでおろし、大河の姿と鞄の行方を確認するため、周囲に謝りながら人込みをかきわけて最前列にでた。


 すると、目の前には警察官に取り押さえられた一人の男がいた。


「いや、俺は犯人じゃなくて、通報者です。そこのおじさんが犯人なんですって!信じてくださいよお巡りさん。」


「そんな凶悪な面して何言ってんだ。冗談が言いたいならいくらでも署で聞くから早く車に乗りなさい」


 なんとそれは自分が探し求めていた大河だった。


 なにやら事情を弁解をしているようであったが、警察官は話を聞く気もなく自主的にパトカーに乗るように促すのだった。


 その姿はまさに凶悪犯がベージュのジャケットをきたベテラン刑事につかまり連行される、ドラマのような光景だった。


「ええええええええええええええ、なんで新堂くんが!?」


 さすがの山瀬もその光景には驚き、普段の彼女の姿からは想像できないほどの声を上げた。


 その声は空を突き抜けるようにあたり一面に響き渡り、街行く人たちが振り返るほどのものだった。

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