第10話 休日(1)
本日は土曜日。新堂大河の朝は早い。大河は休日は普段よりも早く起きるよう心掛けている。
かつての友人達は週末になれば夜更かしして、昼近く眠ってしまうといっていた。
両親や妹でさえ休日はいつもより起きてくるのが遅かった。
しかし、大河は田舎に住む祖父母の教育の影響なのか、早朝に起きる生活をおくるようになっていた。
村にいた頃は週末になれば農作業の手伝いに駆り出されていたこともあって、平日よりも休日のほうが早起きせざるを得なかったのだ。
その習慣が農作業のない今もなお続いていた。何年も続いていた習慣をいきなりやめるのは違和感というか不思議な気持ち悪さが残り、今でもその生活リズムを刻んでいた。
本日も朝六時前に起床すると、朝食の準備を始める。
キッチンに立つと食材を確認する。
今日はカウンターの上に食パンが置いてあった。一枚を袋から取り出しケチャップをかける。
その上からハムとチーズをのせるとなんちゃってピザの準備完了だ。
トースターにセットし、メモリを動かす。焼きあがる前にインスタントコーヒーを入れる。
てきぱきとした食事の段取りを見れば、それが今日だけの特別なものではなく、日ごろからの慣れ親しんだ習慣であることがわかった。
食事ができあがると家族もまだ起きていない静かなリビングでニュースをみながら食べる。
いつもどおりスーツ姿のキャスターが立ち、モニターをバックにパネラーに向かってニュースを解説していく。
○○市で傷害事件が発生した。△△市で火事が発生し3棟が全焼した。
痛ましいニュースが流れる度に大河は胸を痛くした。
ニュース番組がヘッドラインを消化していくなか、大河は数あるニュースのうちの一つが気になった。
それは大河の暮らす天晴市で女性を狙ったひったくり事件が横行しているというものだった。
これまでに何件もの事件が発生しており、被害者の年齢には共通点はみられないが、犯人は女性のみを無差別に狙っている。もみ合いの末転倒したことで大怪我をした人もいるらしい。キャスターは液晶にに表示された情報を読み上げながらも視聴者への注意喚起を促した。
大河は自分の家の近隣でまさかこんなにも悪質な事件が発生しているとは思わず、画面を凝視する。犯人はどうやら30歳から40歳前後の男らしく、今も尚つかまっていないようだった。
けれどそこまでの情報が公開されているのあれば、警察もある程度の情報をつかんでいるのだろう。早期の解決を祈るばかりだった。
(それにしても女ばっかりを狙うなんて男の風上にもおけねぇな。許せねえ)
大河は義憤の炎をメラメラと燃やすのだった。
腹ごしらえを終え、少しの休憩をすると自室へと戻る。
そこからは勉強の時間が始まる。
早朝のすっきりした頭で行う勉強は、覚えがいいように感じ、いつしかルーティン化されていた。
幼い頃から、両親から「都会の子たちは大河よりも勉強ができる。田舎に住んでいたって負けないように頑張りなさい」と粉をかけられ、付きっ切りの教育を受けてきたことで平均どころか全国的模試を受ければ上位に食い込めるほど優秀な成績を収めていた。
しかし、模擬試験を受けたことがない大河は自分の学力はそれでも並み程度であると思っており、周りに負けないために勉強を続けているのだった。
特に、市内屈指の進学校である天晴高校に転校してからは顕著であり、同級生たちに置いて行かれてはまずいと今まで以上に勉強の時間を増やしている。
次の定期試験では間違いなく上位に食い込むだろう。そのことがわかるのはまだしばらく先のことだった。
教科書を広げて机に向かう。教科書は進学校だけあって各教科とも質のいいものが使われていた。
大河はとりわけ歴史の授業が好きだった。日本史も世界史も実際に起こった事実が書いてあるのにも関わらず、その背景には物語のような出来事が積み重なっているからだ。
もともと読書が趣味である大河からしたら、ある種、小説を読んでいるような感覚で勉強することができた。
本日も決めていた範囲まで勉強を済ませると手を止めて時計をみる。
時刻はまもなく朝の9時を指すところだった。
今日の大河には予定があった。以前読書仲間である黄昏氏から勧められていた実店舗の本屋とやらを見に行ってみることにしていたのだ。
村の本屋といえば、一つしかなく村の住人が趣味娯楽の一環として経営しているものしかなかった。
店内は住宅の一角を使用していることもありお世辞にも広いとはいえず、小汚い。同様に品揃えもいいとは言えなかった。
加えて、管理が行き届いていないのか、いつからおいてあるかもわからないような本が棚にならんでおり、どれも日に焼けて色落ちしていた。。
人口の少ない村では売れるかわからないような本を入荷することはなく、読書趣味の人間は欲しい本があれば取り寄せを頼むかネット通販で買うのが普通だった。
どちらの方法を選んでも配送に時間がかかることを不便に感じた大河はいつしか電子書籍派へとなったのだった。
そんな生活をしていたから、目的もなく本屋にいって本棚を眺めるということをしたことがなく、期待に胸を膨らませてまだ見ぬ本屋に様々な思いをはせていた。
駅前の本屋は自宅からさほど離れていないこともあり、あれこれ迷った末にランニングで向かうことにした。
手際よく全身をジャージに着替えるとフードをかぶり家をでる。
空は晴れ渡っており、少しまだ冬の名残を感じさせるひやりとした空気はランニングするのにはよさそうだった。
大河は全身を一通り伸ばし終わると走り出す。今日は体の調子もよく次第にペースはあがった。
傍から見れば体格のいい男がそれなりの速度でランニングをしている姿は、ボクサーのロードワークのようにも見えただろう。それくらい様になったランニング姿だった。
目的地までは30分ほど走ると到着することができた。
大河は下調べしていた書店が入居するビルを目の前にして、開いた口がふさがらなかった。
書店の入っているビルは駅前の一等地に構えていることもあり、その土地に恥じないほどの洗練されたデザインだった。
設計者がどういったコンセプトをもとにこのビルを設計したかを理解することは難しい。けれど、えてして芸術とはそういうもので、人はその「曖昧さ」に神秘や荘厳さを感じ、意味を見出すものなのかもしれない。
外装は全面ガラス張り。ガラスでできた立方体が外壁に千鳥配置で並べられ、市松模様にも見えた。
大河は今までにそんなビルをみたことがなく、なんと形容していいのかわからず、昔つかってた消しゴムみたいだなと、過去に自分がつかっていた角がたくさんついていることを売りにした消しゴムを思い出していたのだった。
ビルに入ると外観とは逆にシンプルな内装とひらけた空間が広がっていた。
メインホールの壁には案内板がとりつけられており、ざっと見ると目当ての書店は数フロアに跨いで店を構えていることがわかる。
内訳をみると取り扱っている本の分野によってフロア分けされているようだった。
大河はその規模感に驚きつつも手始めに小説を扱うフロアに向かってみることにした。
エスカレーターに乗り目的階につくとそこでも感動の連続だった。
小説エリアだけでも大河のしっている村の本屋が何件分入るかわからないほどの広さを有していた。
流行りの小説や一昔前の文学作品、はたまた海外文学から英字小説。はたしてどういった層に需要があるのかわからない書籍までがそこにはたくさん並んでいた。
(こんなにたくさん本が並んでいるなんてみたことねぇ。都会ってすごいな!)
そう思うと休日だけあってそれなりに混雑している店内をぐるぐると回り始めたのだった。
店内の品揃えの豊富さやレイアウトはどれも大河にとって衝撃的で飽きさせることがなかった。
統一感のある本棚に並べられた書籍はそれだけで興味を引いたし、店員が書いた派手なポップ広告を前にすれば、どんな本でも面白そうに見えた。
書店の販売戦略のほとんどにことごとく乗せられた大河は、まるで蛍光灯に引き付けられる虫の様に店内を回るのだった。
(これが黄昏の言っていた実店舗の本屋か。本当に見てるだけで全然飽きないな)
彼は一つ一つの棚を舐めるように眺め、1フロアを見て回るだけでもかなりの時間を要するほどに満喫していた。
このペースで見て回っていてはとてもじゃないが今日一日で全部のフロアを見て回るなんてことはできそうになかった。
大河はまるで遊園地で遊んでいる子どものように目を輝かせながら東奔西走するのだった。
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