第8話 図書室(2)
数人が入室に気づきちらりと視線を向ける。しかし、続きが気になるのか人に興味がないのか、一瞥しただけですぐに視線を手元の本へもどした。
大河は無表情の視線にさらされると、何か悪いことしたわけでないにも関わらず居心地の悪さを覚えた。
周りの目から逃げるように静かに入室するとカウンターから近い窓際の席を確保し、通学用の手提げかばんを置くと室内をぐるりと回った。
図書室の蔵書は思いのほか丁寧にに整備されているようだった。
少し痛んだ木製の本棚には相当な年数をそこで過ごしているであろう図書が並んでいる。背表紙に貼られているラベルはつい最近張り替えられたのかきれいなものだった。きっと図書委員が施した仕事の成果なのだろう。
一角にはリクエストコーナーが設けられており、購入希望の本があれば用紙に記入し、脇にある目安箱に入れれば希望をあげることもできるらしい。
壁面には図書新聞と題された、図書委員が作成した広報誌がはりだされている。
そこには図書委員のおすすめ本や、購入希望図書のリクエスト結果などが記事として掲載されていた。
感想記事の中には大河が読んだことのある本のタイトルもいくつか見つけることができた。
図書新聞は学内の広報誌にしてはカラフルで手の込んだ作りになっており、飽きを感じることなく読むことができた。
室内をぐるりと一周し席に戻る。
窓から外をみるとすでに外は大粒の雨が地面をたたいていた。
図書室から見える通学路には制服の数人の男女が突然の雨に濡れ、頭をかばんで隠し走り去る姿が見えた。
(やっぱ帰らなくてよかったな)
そう思うと大河は椅子に腰かける。
何も考えずにそのまま帰っていれば今頃大雨に打たれて全身水浸しだっただろう。
もしかしたら鞄の中の教科書も軒並み濡れてダメになっていたかもしれない。
机に置いた鞄をごそごそとあさりスマホを取り出す。
(予定通り、雨脚が弱まるまで本を読んで時間をつぶそう)
勉強をするか本を読むか少しまよったものの、今日は後者を選ぶことにした。
不規則なテンポで窓や地面を打ち付ける軽快な雨音は不思議と心地よく、読書するのにいい環境音になりそうだった。
(ここでジャズでも流れていればおしゃれな喫茶店みたいで最高なのにな)
そんなことを考えながら画面をタッチし、作品を選択するのだった。
「……っと!…ぇ、…う君!聞いてるの!?」
どれだけの時間が経過しただろうか、もしかしたら思っている以上の時間が経過しているのかもしれない。。
突然声をかけられたことで、物語の世界の奥底に沈んでいた大河の意識は覚醒する。
きょろきょろ周りを見回し声の出どころに探すと、先ほどまでカウンターに座っていた山瀬が腰に手を当て目元のくっきりした琥珀色の瞳でじっとこちらをみていた。
すでに教室には自分と山瀬のほかに人影はなかった。
「新堂君聞いてる?ここは図書室なの。携帯で遊ぶ場所じゃないわ」
そういうと、大河の手元にあるスマホを指さした。
「いや、これは遊んでたわけじゃなくて…」
大河は確かにスマホを触っていた。しかし、ゲームをしていたわけではなく正真正銘読書をしていたのだ。
何やら誤解を招いていそうな気配を感じたため慌てて弁解する。
しかし、山瀬は大河のスマホの画面を覗いたわけではなく、画面を触っている姿しかみていなかった。
電子書籍になじみのない人間にとっては、そうと知らなければ大河の姿は図書室内で携帯電話で遊んでいる不真面目な生徒にしか見えなかった。
「遊びじゃないならメールかしら?そんな屁理屈は必要ないわ、あなたのうわさは話半分程度にきいていたけど、その言いぐさじゃそれなりに信憑性はありそうね」
上品なイメージからは想像できないような気の強さを持ち合わせているようだった。。
彼女の言う噂話が何のことかは理解できないが、なにやら話がよくない方向へと進んでいるのを山瀬の雰囲気で察し、あらためて誤解を解こうと立ち上がる。
「いや、確かにスマホは触っていたけどこれは…」
しかし山瀬は大河の説明には聞く耳を持たないようだった。さえぎるようにして言葉を続ける。
「私を脅かそうとしてもこれ以上の言い訳を聞くつもりはないわ。どうせたまり場にするつもりで図書室を偵察にきたんでしょう?
それなら認めるわけにいかないしお引き取り願えるかしら。ここへは本当に本を読みたくなったらその時に来て頂戴。私もこれから図書室の閉館作業をしないといけないの」
取り付くしまもなく、退出勧告を受けるのだった。
弁解する機会をうかがっていたものの、山瀬はこちらの返答をまたず戸締り作業をはじめ、とてもじゃないが声をかけられる雰囲気ではなかった。
大河は理由がなんなのかはともかくとして相手を怒らせてしまったことに申し訳のない気持ちを抱きつつも、行き場なく握っていたスマホをポケットにしまうとおとなしく教室からでた。
廊下から窓の外をみると先ほどまで雨が降っていたとは思えないほどきれいな夕焼け空が一面に広がっており、廊下には赤橙色の絨毯が引かれていた。
透き通った黄昏色のグラデーションに染まる空模様には野鳥の黒影が投影されており、大河はその風景の美しさに目を奪われ、しばらくその場から動けなかった。
その理由がせわしい都会生活の中で一瞬垣間見えた風景の美しさからくるものなのか、自由に空を翔ける鳥が郷愁を誘った故なのかは大河自身にもわからなかった。
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