第7話 図書室(1)
本日例にもれず言葉を発することはなかった。
大河のほうから声をかけようと視線を向けたらみんなが目をそらす。
立ち上がり声をかけようと近づくと進行方向にいる生徒は足早に教室からでていった。
大河本人は自分が避けられているとはつゆしらず、積極的に行動しているのだが、その行動がかえって周囲に恐怖心を植え付け、ますます孤立化を進めていた。
どうみても不良にしか見えない人間がその場にいたら、誰もが極力関係を持たずに過ごしたいと思うだろう。
「はぁ……」
今日も友人関係になんの進展もなかったことにため息をつく。
(みんなこんなに私語すらしないなんて前の学校じゃありえねーだろ。いくら進学校とはいえ、ちょっとばかしみんな真面目すぎるんじゃねェか?)
放課後をむかると、大河自身もまとはずれなことを考えながら教室をあとにするのだった。
大河はその日、授業が終わってもすぐには帰路につかず、ある目的のため校内をふらふらと歩いていた。
目的の教室は最上階である4階の一番奥、一見わかりにくい場所に位置する教室だった。
本日は今にも雨が降りそうな分厚い曇り空が広がっており、わずかな日差しもさしていない。
なにかこの世のものではないものが今にも出てくるのではないかという薄暗い廊下を進み、教室の前につくと、扉の上部に吊り下げられた標識をちらりとみる。
「ここか…えらくわかりにくい場所にあるんだな…」
そこには『図書室』と書いてあった。校内の散策がてらふらふら校内をさまよったが、なんとか目的地にたどり着けたようだった。
図書室に来た理由は2つあった。
一つ目は昨夜の黄昏とのチャットで読書に対するモチベーションがあがったことだ。
週末に書店に行く予定をたてた大河であったが、土曜日を明日に控えた本日、自校の蔵書量を確認してみることにしたのだ。
これだけの規模の学校にある図書室ならばきっと、田舎のものと比べてバリエーション豊かな蔵書を有しているだろう。
それに借出カードを作っておけば、今後借りたい作品が見つかった時にカードをつくる手間も省ける。
そう思ってのことだった。
発売から多少のラグがあるにしても人気作から古典まで無料で読むことができる図書室はまるで宝の山のようにも見える。
その蔵書を無料で借りられるのに、利用しないなんて在学生の特権を破棄しているといっても過言ではないと思ってのことでだった。
2つ目の目的は雨宿りを兼ねて読書をすることにあった。
帰宅前に空模様を確認すると、今にも雨が降り出しそうな重たい雲が空を覆っていた。
スマホをとりだし天気アプリで確認すると、これから一時間の間に相当量の雨雲が通過することがわかった。
自転車通学をしていた大河は、まさか今日通り雨が通過するとは思っておらず雨具の持ち合わせがなかった。。
鞄にはいったまだ受け取ったばかりの教科書が雨に濡れるのを避けるため、読書しならが雨雲が通り過ぎるのを待つことにしたのだった。
扉を開けて入り口から室内を見回すとカウンターに座る図書委員らしき女性の他に、まばらなの人影を見つけることができた。
教室はどうもその広さを持て余しているようだった。
図書室はお世辞にも生徒たちから人気のある空間ではないのだろう。
カウンター席に座って凛とした表情で読書している女性は大河のクラスメイトだった。
ピンと背筋を伸ばし、文庫本を片手にお手本のようにきれいな姿勢で本を読んでいる。 程よい肉づきの肢体はあまりにも自然で、まるで絵画からでてきたのではないかと思うほど均整のとれたものだった。可愛いというよりは綺麗というカテゴリに分類されるような姿で、女の子というよりお姉さまといった表現がふさわしい。
腰のあたりまでまで伸びた黒髪は瑞々しく、右肩流すようにしてまとめられている。髪質はみるからに櫛の通りがよさそうで、女性が見ればうらやむこと間違いないだろう。 前髪に着けられたフラワーモチーフのヘアピンは彼女の気品さに一層のアクセントを加える。
目の前に自然体で座る文学少女、いや文学お嬢様を前にして、あいまいな記憶を振り絞って名前を思い出そうとする。
(確か…一番廊下側の席の山瀬さんだったかな)
話したことはなくとも、さすがに数日たてばなんとかクラスメイトの顔と名前くらいは一致するくらいにはクラスの状況を把握していた。
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