第6話 趣味

「ふぅ…今日はこの辺で勉強は終わりにして本でも読むか」

 帰宅後、自室で授業の予習復習を終えた大河は手を組んでぐーっと伸びをする。

 引っ越してから間もない部屋には勉強机の他にベッドと腰ほどの高さのタンスくらいしかなく、まだまだスペースに余白があった。

 生徒の少ない田舎の頃と違い、多人数を対象にした授業のペースは自分に合わせてはくれない。

 毎日の予習復習を行うことで、授業についていけるよう机に向かうのは、幼い頃からの習慣であった。

 その後、残された時間を費やして趣味の一つである読書に耽るのがここ最近の日課となっていた。

 幼い頃から大河は読書を趣味としていた。田舎育ちの大河にとって読書は自分と外の広い世界とをつないでくれるものだったからだ。

 田舎では見たことのない風景、触れることのなかった価値観、人の感情、読書はたくさんのものを教えてくれる。

 好奇心の塊であった少年大河にとってそれは刺激的で最高の娯楽だった。

 机から一台のタブレットを取り出すと読書アプリを起動させる。

「これは昨日読み終わったから今日からは何を読もうかな」

 もともとは紙の本で読書することの多かった大河であるがここ最近はもっぱら電子書籍での読書がメインとなっていた。

 田舎の本屋は品揃えが悪く、読みたい本や興味のある本があっても店頭に並んでいることのほうが少ない。

 その点電子書籍であればすぐその場で買うことができるし、スマホにもアプリを入れれば持ち運びの手間もなくなり、かさばることもない。いつしか携帯端末で読むことが増えていた。

 読むジャンルにもこだわりはなく、小説、新書、エンタメ、歴史とおもしろそうなものがあれば偏見なく手探り次第読み漁った。

 また、本を読み終われば読書管理アプリで記録し、感想を投稿して同好の士との交流を図った。

 村で読書趣味の友人がいなかった大河にとって、読んだ本について本音で語り合える場が居心地がよくますます読書に傾倒するきっかけとなった。

 そういった点では田舎生活であっても都会の人間とさほどないネットワーク社会の恩恵をうけていたのかもしれない。

 今日もアプリを起動すると、掲示板にはすでに活発な書き込みで満ち溢れていた。

 読んだ本の批評やお勧めの本など、匿名ならでは誰もが本音で書きこみをする。

 そこではまだ見ぬ本との出会いの場として非常に有益な情報を得ることができた。

 しばらく掲示板をスクロールしながら眺めていると「ポンッ」という軽い音が端末から響いた。

 それはチャットルームへの招待メッセージだった。

 送り主を確認すると『黄昏』というハンドルネームを確認することができた。

 大河がアプリを使いはじめて数年の間、年代問わずたくさんの人達と交流した。

 嗜好がいまいちかみ合わず疎遠になった人もいれば、その逆もあった。

 黄昏氏はその中でも後者に該当する。

 不思議と互いの趣味嗜好が似通っており、互いに本を進めあい、そのほとんどを互いが楽しむことができた。

 それから交流は盛んになり、時々チャットで読書記録について語り合うことが増えた。

 顔の見えないバーチャル親友、黄昏は大河にとってそんな存在になっていた。

 すぐにパスワードを入力し誘われたチャットルームに入ると挨拶を送る。


 虎徹:こんばんは

 黄昏:おっす虎っち('ω')ノ最近ログインしてなかったじゃん。なんかあった?(。´・ω・)?

 虎徹:最近身の回りの環境に変化があって忙しくて…。もう落ち着いたからこれからはログイン増えるとおもう。

 黄昏:そかそっかそれはよかった(*'ω'*)じゃあ最近あまり本読む時間もなかったんじゃない?


 虎徹というのは大河のハンドルネームである。

 特にひねりはなく、大河をもじりタイガー、虎と派生し、そこからたまたまテレビに映っていた刀剣のドキュメンタリー番組にでてきた虎徹という言葉と重ね合わせた。

 自分と同じように黄昏もきっと名前か環境かなにかをもじってつけられた名前なのだろう。大河はひそかにそう推察していた。


 虎徹:そうでもないよ、携帯があれば読めるから移動なんかの合間の時間でこつこつ読んでた。

 黄昏:虎っちはもう完全に電子書籍派になっちゃったねー、電子書籍も便利とはいえ僕はやっぱり紙で読んでこそだよ(;´・ω・)

 す虎徹:紙で読むこともあるけどここ最近はめっきり減ったなぁ…。ところで…。


 軽口をたたきながらもお互いが最近読んだ本について語り合った。

 ここ最近同年代との会話がなくなり、コミュニケーションに飢えていた大河にとって時間を忘れるほどに楽しい時間だった。

 共通の話題でここまで盛り上がることのできる黄昏となら直接会って話せばより一層会話に花を咲かせることできるだろう。

 そう思うほどに黄昏との関係性は非常に心地よく、楽しいものであった。

 けれど、いわゆるオフ会なるものを企画するようなことは考えてもいなかった。

 そもそも、相手がどこに住んでいるのかもわからない。

 それに、互いに顔も年齢もわからないからこそ対等な関係となりストレートな気持ちを相手に伝えあうことができ、今の関係性があるのだと大河は考えていたからだ。

 時折会話の節々から見え隠れする黄昏の人柄からどういった境遇の人なのか思いを巡らすこともあったけれど、その度に無粋だと思い思考を進めるのを止めた。

 時間はあっというまに過ぎ去り、まもなく時刻は0時を迎えるところだった。



 黄昏:あらら、もうこんな時間じゃん、じゃあ僕はそろそろ寝ようかな(´Д⊂ヽ虎っちはまだ起きてんの?

 虎徹:いや、もう俺ももう寝るよ。明日も朝早いし。

 黄昏:そっか。じゃあまたタイミングが合えば話そうよ。虎っちも電子だけじゃなくたまには本屋にいってみなよ。本棚見てるだけで新しい本との出会いがあったりするよ。

 虎徹:それもそうだね、次の休みにでも行ってみるよ。なにか見つけたら報告するね。

 黄昏:おっけー、楽しみにしてる。それじゃあ今度こそ寝るよ。おつおつー(つ∀-)オヤスミー

 虎徹:おやすみなさい

 簡単に挨拶を書き込むと黄昏がチャットルームから退室した旨を伝えるログが流れた。


 大河はアプリを閉じるとその大柄な体がすっぽり収まるベッドに身を投げだすように横たわった。、

(確かに引っ越してから本屋なんていってなかったな。都会の本屋っていったいどんな感じなんだろう)

 黄昏との会話を振り返り、せっかく都会に引っ越してきたのにも関わらず、その恩恵を享受していないことに気づいた。

(特にやることもないし、参考書もほしいしせっかくだし街にでてみるか)

 週末の予定が決まると、大河は瞼を閉じた。その意識は次第にまどろみの中に沈んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る