第5話 孤立(2)

 そこは他に生徒がおらず、思う存分練習ができそうなほどに開けていた場所だった。

 たどり着くまでの間、背後に張り付くようにしてついてくる大河の前で真田は生きた心地がしなかった。

「この辺でダイレクトパスの練習でもしようか。新堂もそれくらいはできるんだろ?」

 不安を振り払うようにして声をかける。

 先ほどの大河のボールさばきをみていて、これくらいであればできるだろうと踏んでの提案だった。

 大河もこくりと返事の代わりにうなずいた。

 いざパス回しを始めようかという時のことだった。

 グラウンドの奥では別の学年がソフトボールの授業が行っており、バッティング練習を行っていた打者の放つ大飛球がこちらに向かってとんできたのだ。

 よその授業の状況まで確認しているものはおらず、ボールを行方を警戒している人間など誰もいなかった。

 大河は対面にいる真田の背後行われているソフトボールの授業が目に入る。そんな位置関係にいただけに、偶然その打球に気づくことができた。

 はじめはこちらに向かって飛んできたな、程度にしか考えていなかったもののボールの落下点がわかるにつれて大河には焦りが生まれた。

 ボールの描く放物線の先には、背中を向けた真田が立っているのだ。このままボールがぶつかれば大きなケガにつながりかねない。

 意識外からの衝撃でさらに後頭部なんかに当たればそれこそ彼の日常生活にも影響する可能性もある。

(せっかく俺に声かけてくれた友人候補第一号なんだ!。ケガなんかさせられねェ!)

 そう思うと、体はすでに動き出していた。

「ボールが落下するよりも早く」真田に向かってとっさに全力で走り出す。彼の自黒の肌も相まっては真田からすると真っ黒な弾丸がはじけ飛んできたように見えた。

 そして、真田の前で急停止すると、彼の頭上にむかってハイキックを叩き込んだ。

「おあああああああああああああああああぶねええええええ」

 謎の怒号とともに蹴り上げられた右足は熟練の格闘家が放つ蹴りのように目標にむかって鋭く伸びあがった。

 足の甲は今まさに頭に直撃せんとするソフトボールをとらると、見事打ち返すことがに成功した。

 ドスッと鈍い音をたててはじかれたボールは明後日の方向へと飛んで行ったのだった。

 蹴りの勢いをそのままにくるりと一回転し、地に足をつける。

 おそらく大丈夫だとは思っていても、万が一がある。

 念のためケガをしていないかを確認するため真田に目を向けると、そこには尻もちをつくようにして座り込む震える真田の姿があった。

「おい真田…ケガはねー…」

「ご、ごめんなさい。新堂さんは俺なんかが話しかけていい方じゃありませんでした。許してください。うわああああああああああ」

 真田は恐怖におびえるような目で大河を遮るようにして早口でしゃべると、生まれたての小鹿のような足取りで走り出し、その場をさったのだった。

 完全な善意で真田を助けに入った大河であったが、状況が理解できず、全力で走り去った真田を追いかけることができない。

 呼び止めるように伸ばした手を下ろせないまま固まってしまった。

 背後のボールの存在に気づいていなかった真田からすれば、怖いと噂の転校生が、すこし向こうでで顔を顰めたかと思えば、全力で自分にむかって走りこんできては頭をかすめるようにハイキックを放ってきたのだ。

 恐怖以外のなにものでもない出来事でしかなかった。

 後に漏らさなかっただけでも自分をほめてやりたいと語るまでに真田は恐怖を感じた。。

 それにこれ以上大河と関われば今まで自分が築き上げてきた地位が台無しになるのではないかと思い、自身の前言を撤回し、逃げ出したのだった。

 さらには、突然聞こえた大きな音とその出どころ確認するためにやってきたクラスメイトは「倒れこむ真田を上から見下ろす大河」という光景の目撃者となった。

 直後には真田が悲鳴を上げながら大河のもとから逃げ出す姿まで確認している。

 当然、クラスメイト達はただならぬ自体が発生したことを察した。

 週刊芸能誌なんかがが巧みに映像や過去の発言を断片的に切り抜き、悪意あふれた報道をするように、真田を助ける光景ではなく、彼が逃げ出す瞬間を目の当たりに効果は非常に大きく、

 クラスメイト達の大河への印象はますますストップ安へと向かい、孤立化をすすめたのだった。



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