第4話 孤立(1)

 転校から一週間の間に、話題の転校生に関する噂話は学校中広がりに広がった。

 曰く、少年院に入っていた喧嘩無敗の番長である。

 曰く、スポーツが得意というのは格闘技もとい喧嘩のことだ。

 曰く、勉強が得意というのは優等生を脅してテスト中にカンニングしていたからである。

 曰く、転校はそれまでの悪事が露見し、学校を追い出されたからである。

 曰く、曰く、曰く。多種多様な噂話が校内に流れたものの、その全てがマイナスイメージによるものであった。

 悪事千里を行くという言葉があるように、悪い噂は広がるのも早く、尾ひれを付けながら学校中へと知れ渡った。

 1のうわさが100にも1000にも誇張され、中には「転校生は未来から少年を守るためタイムスリップしてきた」なんていう悪ふざけのような話までが拡散していた。

 うわさが大きなものになるにつれて関わり合いになろうとするものはいなくなった。

 興味本位で手を出した結果、もし数多ある噂の一つでも事実であった場合にリスクが大きすぎる。

 舎弟にでもされていいように使われたらたまったものじゃない。

 その結果が大河の孤立であった。

 大河本人は話をする相手もいないことからまさか自分にまつわるそんな噂話が広がっているとはしらず、真面目に授業をうければ、帰宅し、予習復習の勉学に励む日々だった。

 みんなの口数が少ないのも、進学校ならではでみんな勉強に必死で余裕がないのだと考え、邪推すらしなかった。


 それでもはじめは大河に話しかけようとする者もいた。

 転校初日の放課後のことだった。

 大河不在の教室では、一部のクラスメイトにより緊急会議が行われていた。

 議題は『転校生とどう接するべきか』である。

 転校初日にして、すでに大河の過去にまつわるうわさが流れてはじめており、多くの生徒がその噂におびえていた。

 噂話も手伝って転校生との距離感がつかめないクラスメイトは、どうすれば彼と無難な関係性を築き、平和な学生生活を送ることができるかを徹底討論した。

「もう新堂のことはいないものとして取り扱ったほうがいいっしょ」

「いや、それだと軽視されたって思われて目を付けられね?」

「もういっそのことよそのクラスにいってくれないかしら」

「誰だよ、かわいい女の子がくるとかいってたやつ」

 大半が噂を前評判や噂を鵜吞みにした話ばかりで、大河と距離を詰めるという意見をだすものはいなかった。

 誰もが思い思いに自分の意見を言い始め、まともに話し合いがすすまなくなったタイミングだった。

 クラスの中心人物であり、スクールカースト上位に君臨する男「真田信長」が口をひらいた。

「でも、噂って全然あてにならないじゃん?新堂だって話してみると意外といいやつかもしれなくね?」

 真田はクラスの誰に対しても分け隔てなく話す人間であり、陽キャから陰キャまで幅広い層から支持のある男だった。

 人付き合いがよく、話題の引き出しもファッションやスポーツ勉強だけじゃなく、漫画やゲームにも造詣がふかく、大半の人間と楽しく話ができる。

 今回のようにクラスの誰かが孤立していれば見て見ぬふりのできない正義漢であった。

 部活はサッカー部に所属しており、そのリーダー性は次期キャプテンは彼になるであろうと言われるほど輝いたものだった。

 フェードカットを七三分けにしたヘアスタイルで校則違反にならない程度に着崩したコーディネートはきまっており、一部の生徒達は彼のファッションを後追いした。

 そんなカリスマ性をもった彼が発信してもクラスメイトの顔が渋い。

「いや、でもいくら真田の言葉でも今回ばかりはちょっと…」

「うんうん、もし話しかけて本当にやばいやつだったらもう後戻りできないよ」

 いつしか膨れ上がった彼のうわさは皆の心にくさびを打っていた。

 いつもならば彼が発言すれば誰もが彼に同意し、意見を翻していただろう。

 しかし、今回に限ってはそうはならなかった。

 真田はクラスメイト達がそれでも代わる代わるに不安を口にする姿を目の当たりにし、1つの提案をした。

「じゃあ、俺が明日の体育の授業で話しかけてみるよ!ちょうどサッカーの授業だし俺が適任っしょ!噂が本当かどうかみんなみてなよ!」

 笑顔でみんなにそう提案すると、クラスメイトの顔はそれまでと一転してパァッと明るくなり、彼をもてはやすのだった。

「さすが真田!頼りになりすぎだろ!」

「あれみてびびらねーとか信長マジはんぱねえって!」

「真田君、素敵!」

「真田になら掘られてもいいよな。いや、掘りてぇ」

 一部おかしな声が聞こえたものの、クラスメイトに囲まれてもてはやされるのもまんざらではなく、照れ隠しに頭を掻きながらも笑顔でこたえるのだった。


 日は変わり翌日、1限目には体育の授業が組まれていた。

 前日のこともあってか、出席者のほとんどが大河と真田の動向に注目していた。

 大河はそんな視線の理由をしっているわけもなく、今日はよく人と目が合うなくらいにしか考えていなかった。

 目が合ったと言っても、相手はすぐにそらし、去っていくのだが。

 更衣室で体操着へと着替え、グラウンドにでる。

 そこにはすでに着替えを終えたクラスメイトをちらほら見かけることができた。

 全員が学年カラーである朱色で校章のデザインが入った体操服に、同じく朱一色のハーフパンツを着ている。

 対する大河は制服と同様、学校指定の運動着ではなく、前の学校で長年着用していた市販の運動着を身にまとっている。

 体形にあってないことが一目でわかるほどぴちぴちな上衣に、ローライズなのではないかというほど丈のあっていない半ズボン。

 運動靴はサイズがこれしかなかったからという理由だけで買った海外製の有名ブランドの靴だった。

 貧乏性とまではいかないが、物を大切にしすぎる大河の性格の上に成り立つアンバランスな着こなしになっていた。

 その着こなしから垣間見える均整のとれた全身の筋肉は、まるで古代ギリシャの彫刻を思わせるほどの神々しい重厚な印象をあたえた。


 始業を告げるチャイムが校庭に鳴り響くと、生徒は自然と整列し準備運動を始める。

 体育委員の号令に従って体をほぐし終わると、体育教師が体育教官室よりあらわれカリキュラムの説明をすすめていく。

 本日の授業は予定通りサッカーが行われるという。

 初日から試合をしても初心者は楽しめないため、まずは基礎的な部分である「ボールになれる」ところから始めようというのが体育教師の意向であった。

「みんな一人一個ボールとれよー!今日は簡単なことからやっていこう」

 全員にボールがいきわたると、各自でドリブルやリフティングとボール感覚を養う練習をおこなうよう指示をだした。

 大河も周囲にならって、同じようにボールをつかい基礎メニューにとりくむ。

 村では人数がたりず試合こそしたことはなかったが、幼い頃から仲間たちとボール回しなどの遊びをしていたし、持ち前の運動センスでボールタッチはお手の物だった。

 これだけの生徒がいればいずれは授業で紅白戦もする日もくるのだろう。今から胸が躍る。

(村じゃスポーツできるやつはヒーローだったからな!ここでもそれは同じだろ!)

 そういって張り切ると、ドリブルの練習では一人だけイキって障害物もなにもない場でマルセイユルーレットを披露したり、リフティング練習では曲芸のようなボールコントロールをして周囲にアピールした。

 ――スポーツでいいところを見せればもしかしたら一人くらい話かけてくれるかもしれない

 そんな下心を抱きながら、これ見よがしにテクニックをお披露目する。

 残像が見えるほどの俊敏な動きに、クラスメイトも開いた口がふさがらなかった。

 しかしそれはあこがれなんかではなく、並々ならぬ動きをする大河に対する恐怖からくるものだった。

 授業はすすみ、ついにその時がやってきた。

「じゃあ、次は二人一組でパス回しの練習しようか」

 各生徒の進捗具合を確認しつつ、適当タイミングで体育教師が切り出した。

 クラス替え直後の希薄な人間関係に関係に気遣ってた気をきかしたつもりの教師側からの提案であった。

 しかし二人組をつくるという行為は友達をつくることが苦手なものにとっては、余計なお世話以外のなんでもない。

 最終的にあまってしまい、先生と二人組をつくるなんてことになってしえば、

 それは友達いないやつ、友達作れないやつのレッテルをはられることにほかならないからだ。

「仲いいやつとやるんじゃなくて、しゃべったことない人と組むように」

 さらに余計な一言を追加すると、教師はチーム分けのスタートをしらせるように両の手をたたいた。

 その瞬間、生徒達は自分の相方を求めて動き出した。

 教師の言葉には大河も内心思わず笑みをうかべる。これがきっかけで友人ができるかもしれない。

 そう思い、周囲をきょろきょろと見回すとすでにかなりの数のペアができあがりつつあった。

 二人組のできあがる速度は「二人組つくって」の歴史上最速だったかもしれない。

 それもそのはず、誰もが大河と二人組になるのを避けるため、己の生存本能にしたがって積極的に動いた結果であったのだ。

 いつのまにか、周囲は2人組で埋め尽くされていき、大河は一人所在なさそうにボールかたてにグラウンドに立ちすくんだ。

(ど、どうしよう気づいたときにはほとんどの人が二人組になってる…)

 さすがの大河も自分の計画が台無しになることに焦りを覚えた。

 すると、唐突に背後から声がかけられる。

「よう、新堂。俺は真田信長。サッカー部に入ってるんだ。もし空いてたら一緒にパス練しねーか」

 その男こそクラスの中心、真田信長だった。

 授業の始まりから大河に話しかけるタイミングをうかがっていた真田は大河の匠なボールさばきをみてサッカー部として無視できなかった。

 大河の動きは一朝一夕にできるような動きではなく、習得するためには相当な年月を費やし、努力の上に成り立つ技術だったのだ。

(こんな技が身につくほど練習できるやつに悪いやつなんかいねえよ!やっぱり新堂はいいやつなんじゃねえかな)

 自身の経験則から大河の善性をよみとり、少しばかり恐怖をおぼえつつもわくわくしながら話しかける決意をしたのだった。

 一方大河は転校後初めてまともに声をかけられた喜びから思わずにやにやとした笑みを浮かべて、すこしばかりフレンドリーな返答をしてしまった。

「あぁ。やろうぜ…。こっちは真田がくたびれるまでいくらでも付き合うからよぉ…」

 本人としては気安い雰囲気をアピールしたつもりでの返事だった。

 しかし、それが逆の結果となった。こわもての男の中途半端なニヤケ顔ほど恐怖を与えるものはないのだ。

 その印象はまるでチンピラがよからぬことをたくらむような、そんな印象を真田にあたえた。

 目の前の男の不気味なニヤケ顔を前にして、真田は思わず固まってしまう。

(な…なんだこの表情!?ただ声をかけただけでまるでかかった獲物に舌なめずりする肉食獣かよ…。もしかして、噂は本当で俺はやっちまったのか)

 真田は真田で170代後半程度の身長があり、数字だけで言えば大きさは大河とさほど変わりがない。

 しかし、身長の差以上の重圧感をだし、ポケットに手を突っ込み顔を突き出すようによってくる大河を前にしておもわず後ずさる。それでもここまできたらもう進むしかなかった。

「じゃ…じゃあ、すこし向こうでやろうか」

 真田は恐怖にすくむ体を鼓舞し、なんとか声ひねり出すと少し開けた場所をゆびさした。

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