第3話 挨拶(2)


「それじゃあ、新堂くん、簡単にでいいからみんなに挨拶してくれる?」

 担任の山田先生は震える生徒の気持ちを意に介さず、ぶっきらぼうに大河に自己紹介を促した。

 山田は20代後半の女性教師で、教育に対する熱い心をもって教師になったいうわけではなく、安定した給料のための仕事として割り切って公務員を選んだ教師だった。

 とりわけ生徒に興味はなく、転校生の心境や在校生のメンタルを気にするよりは、さっさとホームルームを終わらせて他クラスで行われる自分の授業の準備にとりかかりたかったのだ。

 それゆえに大河の特異な部分にも気が付いていなかった。

 ただしその仕事っぷりはよくも悪くも手持ちの仕事をきちんとこなすタイプで、生徒や保護者からは可もなく不可もない評価を得ていた。

 大雑把に話を振られた大河は教卓の前に進み、ぐるりととクラスメイトを見回した。

 そこまで落ち着いていた大河の胸中であったが、ここで一つの誤算が生じた。

 大河にとって、これだけの大勢の同級生に囲まれた経験がなかったのだ。

 天晴高校は1クラス40人程度の8クラスで1学年が構成されており、大河が編入した2年1組も例にもれない規模のクラスだった。

 村では年長者、クラスの代表として話す場面が多く緊張したことはなかった。

 しかしそれはその場にいる全員が毎日のように顔を合わす身内のようなもので、それも少数であったからにほかならなかった。

 ここにきて彼の本来の気質である、人見知りであがり症の一面が顔を出してしまったのだ。

 本日欠席のためか空席も見られるがそれでも初対面の人間が約40人、しかも同い年、そんな衆人環視の中で話す機会がこれまでなかったため、緊張した大河は頭が真っ白になり言葉がでてこなかった。

(自己紹介の時ってどんな挨拶したら受けがいいんだ。敬語がいいのか、それともフレンドリーにため口がいいのか?わかんねぇ…)

 そんなことを考えていても、いたずらに時間は過ぎてしまう。

 すこしの間をおいたのち、なんとか必死に考えて簡単な言葉を振り絞った。

「あー、木漏れ日村から転校してきた新堂大河っつーもんだ…。その…なんだ…よろしく頼む」

 緊張からか声と体はわずかに震える。

 その様は傍から見ればどうみても怒りを抑えているようにしか見えず、持ち前の体格や顔つきも相まってクラスメイト達は大河の背後に憤怒の鬼神が重ねて見えた。

 内容そのものは当たり障りのない自己紹介のはずだったが、それを目の当たりにしたクラスメイトは彼から放たれるプレッシャーに

(いやいや、怖すぎだろ。めちゃくちゃ怒ってるじゃねーか)

(カツアゲとかされないかな…。関わらないでおこう)

(ゴーレムだよゴーレム!クラスにゴーレムきちゃったよ)

(例えどんな悪いやつだったとしても、私に迷惑さえかけなければいいわ)

(木漏れ日村なんて聞いたことないけどどこの山奥からきたんだよ)

 などと考え、誰一人として彼の自己紹介にポジティブなイメージを持つものはいなかった。

「自己紹介はもう終わりでいい?それじゃあ、新堂君は窓際の一番後ろの席に座ってくれるかしら」

 案内された席を確認すると、横8席、縦5列に並べられた勉強机の配列から一個ぽつんとはみ出た位置に空席があった。

 一番窓際の席で風通しもよくクラスを見渡すことができる、高校生の誰もが熱望する人気席を獲得することができたのだった。

 山田先生の案内に従い机の間をぬって席へとついた。

(自然とクラスメイトの事が見える席だし、名前も覚えやすそうだな。自己紹介はうまくできなかったけど、まぁそれはこれから挽回すればいいか)

 のんきにそんなことを考える大河とは反して、背後をとられたクラスメイトはたまったもんじゃなかった。

 まず、大河の大柄な体は机に収まっていなかった。

 下半身は机の下に入らないため股を開くように椅子に座り、上半身は机の幅にまったくといっていいほど収まっていない。

 それに加え腕をくみながらうんうんとうなり何かを考えている様子は重々しい雰囲気を周囲に振りまいていたのだ。

 後ろから放たれる重圧は銃口を突き付けられているような緊張感をあたえ、誰も容易に振り向くことができなくなっていた。

 結果として生徒間の会話も減り、お通夜のように雑談の少ないクラスとなった。

 地獄のような環境(ただしクラスメイトにとって)の中大河の高校生活は始まった。

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