第2話 挨拶(1)

 大河が転校先である天晴高校2年1組に編入してから早1週間が経過した。

 同級生たちとの明るく楽しい高校生活。

 休み時間にはお互いの席から身を乗り出しようにして談笑、昼休みには学食でテーブルを囲い笑いあう。

 授業の難しさに愚痴をこぼしながらもお互いのわからないところを教えあう。

 一日の時間割を終え、放課後になれば仲のいいメンバーで近隣の商業施設に赴き買い食いしながらまた談笑する。

 好きな音楽や部活動、家のこと。

 多種多様なテーマについて駄弁りながら互いの近況について語り合う。

 村の学校では同級生のいなかった大河が転校してやってみたいことはこんなありふれた高校生活だった。

 しかし現実はというと…。

 休み時間になれば大河の席の周囲からは人が消え、閑散としていた。

 ぽつんと着座した彼に話しかける者は誰一人いない。

 終礼を兼ねるホームルームが終わり放課後になれば、我先にとみんながみんな教室からでていくため大河は一人教室に残されることが多かった。

 時折その日の日直が業務のために声をかけてくることがあれども、クラスメイトと会話するうれしさのあまり勢いよく振り返ると、顔色を変えてプリントを押し付けるようにして立ち去ってしまう。

 転校してから同級生たちとまともに会話したことはなく、友人とよべる関係のクラスメイトは未だ作れていなかった。

 田舎への思い入れはあるものの、せっかく転校したのだから都会生活を満喫し、リア充生活を送るつもりだった大河の身の回りには早くも黄色信号が点灯しはじめていた。。

(なんでみんなこんなに静かなんだ。都会の進学校ってそんな感じなのか。郷に入っては郷に従えっていうし。みんなが静かにしてんだし俺も静かに座っとくか)

 当の本人はというとクラスが静まり返っている理由がまさか自分の容姿だとは思いいたらず、静かな人が多い学校なんだと見当違いの思い込みをしていた。

 それでいてそそくさと出ていくクラスメイトを引き留めてまで話しかけるきっかけがみつからず、状況を静観することを決めたのだった。

 見た目の割に積極性に欠けるのが村では見つけられなかった大河の欠点だった。


 なぜこういった状況に陥ったか。

 話は一週間前の転校初日のあたりまでさかのぼる。

 いつの時代も転校生がやってくると聞けばその学年の生徒は盛り上がる。

 こと天晴高校においてもそれは同じだった。

 どこのクラスに編入するのかというところから始まり、性別や容姿、経験スポーツは何か、どこから引っ越してきたのかなど憶測が飛び交い転校生に対するハードルはあがっていく。

 とりわけ今回は高校2年というイレギュラーなタイミングでの転校生だ。

 小中学校の頃と違って高校生の中途転校は比較的珍しい。、在校生は沸きに沸き、憶測が飛び交った。

 一部の生徒の中にはけしからんことに転校生の情報にたいしてオッズを設定しギャンブルするものまで現れた。

 転校先のクラスはどこか。

 性別はは男か女か。

 転校生の所属クラブは。

 容姿はイケメンか否か。等々

 どんなささいな情報であっても賭けの対象となった。

 大河が転校してくるという噂が流れてからは、その当日まで学年中がその転校生の動向に注目していた。

 ついに転校当日、担任の教師がホームルームの時間を用いた事務連絡をつつがなくおえると、扉の外に待つ転校生に入室するよう指示を出した。

 教室内からスライド式のドアをみると、ドアにはめ込まれた曇りガラスの向こうぼんやりと人の姿が見えた。

 思いのほか大きく映る影に生徒達は転校生の性別が男であることを察した。

 女子に飢えた男子達が残念に思う一方、女子生徒は心が高鳴る。

 ――いよいよか!

 クラスの大半はさほど興味ない風を装いつつも、内心そわそわしていた。

(イケメンなら仲良くなって、転校生をエサにワンチャンおこぼれゲットできるかもな)

(前評判どおり運動神経がよさそうなら誰よりもさきにバスケ部に勧誘だ!目指すぞ全国!)

(イケメンこい!イケメンこい!私の目の保養のために王子様のような絶世のイケメンが登場して!)

(どれだけ勉強ができても某が守る学年一位の座は譲りませんぞ…)

 と、それぞれが各々の思惑を心にひそめ、扉の開放する瞬間を凝視したのだった。

 そして、ガラリと扉が開き転校生が姿をあらわした。

 皆が期待のまなざしを向けると、その瞬間に教室の温度が数度さがったのではないかというほどシンと静まり返った。。

 そこにはとても高校生には見えない大柄の男が立っていた。

 180以上はあろうかという高身長、装いはなぜか学校指定のベージュ色のブレザーではなく、第一ボタンから首元のフックまでしっかりと閉じられた学ラン。

 その上から一目でわかる体の起伏は鍛え上げられた筋肉なのだろう。

 髪型はツッパリにしか見えない角刈り。今の時代、都会の高校生からしたらこれほど見事な角刈りは人気笑い芸人の髪型か漫画くらいでしかみることがない。

 色気づきはじめた高校生たちの中でおしゃれな髪型がはやっている昨今、街中で「ザ・角刈り高校生」を見つけるか、天然記念物を見つけるかならばもしかしたら後者のほうが容易かもしれない。

 ぎょろりとしたつり目は見つめられると心の中を見透かされているのではないかというほどナイフのように鋭いものだった。

 そして右眉の上には謎の古傷がついており、目つきの悪さをさらに悪い方向に強調した。

 自己紹介どころか「今日からこの学校の番をしめさせてもらう」といきなりの番長宣言をされても信じてしまいそうな凄みがそこにはあった。

(((なんだこの転校生!怖すぎるだろ!?)))

 進級してクラス替え間もないにも関わらず、2年1組の生徒達の心が一つになった瞬間だった。

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