第32話 優斗の変心
「お前ら。楽しいか?」
俺は陽キャ連中に言い放った。そしてさらに言葉を続ける。
「俺は楽しくない」
え? という反応だった。俺が声を挟むのが予想外だという面持ち。
「優斗?」
陽キャ連中は未だに状況を掴めていない。それはそうだろう。俺が彼らたちに文句を言ったり反論した事は今まで一度もない。いつもにこやかに、陽キャたちの機嫌に合わせて動いてきたからだ。
でももう我慢できなかった。自分の感情を制御できない。コントロールできない。そして制御、コントロールしようとも思わない。ずっと計算と打算だけで『仮面リア充』を演じていた俺だったが、今初めて、自分の感情を陽キャ連中にぶつけたいと思っていた。
「舞依を……泣かせたよな……。日奈を……苦しめたよな……」
「え?」
ずっと忘れていた感覚だった。「まどか」との失敗で一度は折れてしまった心。人との接触をさけて、痛みを伴う交流を怖がって、ずっと表層の付き合いだけで人を受け流していた。でももうそれもどうでもよくなった。痛さも、怖さも、もはや関係ない。それを越えた怒りという感情だけが俺を支配して突き動かしていた。
「ユリカを……馬鹿にしたよな……」
「え? え?」
陽キャ連中はまだ状況を理解していない様子。理解してもらわなくてもいい。表面上の、上辺だけの付き合いだけで、心と心で交わってぶつかって何かを生み出した事のない連中にわかるとも思えない。そして俺は止めるつもりはないし止まらない。心の奥底から湧き出る奔流を浴びせたいというはっきりとした意志があった。
「はっきり言うと、お前ら全員ぶっ飛ばしたいって、俺はいま思ってる」
この段階で、陽キャたちも俺が怒っていて舞依の味方をしようとしている事を理解する。俺の反撃に対して、度惑いを見せつつも攻撃を仕掛けてきた。
「優斗も……そっちにつくんだ? へえ~」
「なんか、セイギに目覚めちゃったの優斗君?」
「いつもヘラヘラって女子の顔色うかがっている優斗が……カッコイイ」
くすくすと俺の事を小馬鹿にする笑いが連中から起こった。
「カッコイイんだよ、俺は」
その笑いを押しつぶす。そうだ。カッコイイのだ、俺も、日奈も、ユリカも舞依も。そして昔交わって失敗したまどかも。みんなこいつらなんか目じゃないほど一生懸命生きていて、目標があって、挫けたりもして、でも諦めもしないで。
そんなみんなに比べると、こいつらは他人を嗤うだけで何もしていない。何をしようともしていない。そしてそれをわかってもいない。それで自分たちは他人より優れていると高みから見下ろしている。
「というか、もやは我慢できないってところが正直な気持ちなんだが」
女性陣の一人が俺に言葉の刃を向けてきた。
「優斗もハブでいいんだね? 陽キャグループから除名ね。ぼっちで陰キャな学園生活、送れば自分のしたことの重大さがわかるってもんよ」
ぼっちで陰キャな学園生活。それがどうだというのだ。ぼっちの生徒もいるし、陰キャと言われる学生もいる。でもみんな自分の足であるいていて、自分の意志を持っていて、笑ったり怒ったり悲しんだり状況から脱しようとしていたりする。ただただ徒党を組んで他人を嗤っている連中とぼっちや陰キャを比べることすらおこがましい。ぼっちだって陰キャだってカッコイイのだ。
指摘してきた女子に対して、俺は言い放つ。
「そんなんで……いいのかよ、お前ら?」
「そんなんでって……?」
女子の顔に戸惑いが生まれる。
「他人の顔色うかがって。自分の地位を守ることだけに執着して。表面上だけのトモダチ付き合い。そんなことに価値があるって、思ってるのかよ、お前ら?」
俺の本心だった。今までは心の壁の中にしまい込んで押しつぶしていた感情。でももう隠すつもりもないし意味もない。
『仮面リア充』だった俺だからこそわかる。舞依たちを付き合って、舞依たちと『友達』になったからこそわかる。嘘偽りのない、心からの問いかけだった。
「ハブにされたからって……逆恨み? いつも通りの平穏穏やかなキャラやってれば、こうはならなかった……のにね?」
その女子の、混乱を含んだ言葉は今の俺の心にかすり傷すらつけることはできない。空虚な抑揚が場に響いて消える。
「俺も、そう『思ってた』」
「なんだ、優斗、そう思ってんじゃん。ならそうしとけばよかったのに。でももう遅いけど」
「そう『思ってた』。舞依と出逢う前までは」
「……?」
「うまくリア充やって、他人と深くかかわらずに、平穏無事に生きて行けばいいって思ってた」
「ならそうやれば……」
「でもっ!」
俺が叫ぶ。
「それじゃあ、埋め切れない心の渇きがあったんだよっ! 心の傷が消えないでズキズキと痛むんだよっ! 舞依と、日奈と、ユリカと『友達』になってそれがわかった。俺は怖がっていただけなんだって、それがわかった!」
「こいつ、何言って……?」
「お前らにはわからないだろうな、他人の顔色をうかがうだけの生き方をしている奴にはっ!相手とわかり合おうとしたこともない、そして分かり合えずに傷つけ合ったこともない連中にはっ!」
もう、止まらなかった。心の中から奔流の様に感情が湧き出してきた。
「舞依は俺の『友達』なんだよっ! まどかと恋人になって友達同盟一緒に創って、そして失敗した! 俺は地に落ちた! その俺に再び飛び立つ翼くれたんだよっ! その舞依をただただ気に入らないという理由だけでよってたかって虐めやがってっ!」
日奈を見る。舞依を見る。ユリカを見る。三人とも、言葉を忘れて、息を止めて俺を見つめていた。
「こいつらみんな真剣なんだよっ! 友達作りに命かけてんだよっ! それを馬鹿にするやつは、相手が誰であろうと許さないっ!」
素直な、心の叫びだった。
「ああああああっーーーーーー!!」
っと、俺は吠えた。
もう何もかも関係ない。舞依を守りたかった。日奈を守りたかった。ユリカを守りたかった。ただそれだけ。俺の地位とかリア充グループ内の位置とか、もうどうでもいい。
周囲は、舞依も日奈も女子連中も。そして集まっている野次馬共も、到着したタクヤ達も、俺の事を呆けたように見つめている。
俺は、心の中の過去の傷が癒されてゆくのを感じていた。
まどかと出会って、友達同盟を創って、そして別れて。仮面リア充として高校デビューして、まいっちとオフして。
ずっと挫けていた。まどかとは出逢わなければよかったと後悔してた。全部失敗で、俺の人生は間違いだらけで、何の意味もないことなんだと思ってた。でも今は違うと断言できる。意味があると確信できる。まどかと出逢って、擦れ違って傷つけあって別れて。心折れて『仮面リア充』になって。そして今度は舞依に出逢って、友達になって。
それらが全て無駄じゃなかったと、繋がっていたんだと今では思える。
俺の中に信念が芽生えたと、今、実感できていた。
「まどかも舞依も日奈もユリカも俺の『友達』なんだよっ! 正義とか地位とか陽キャとかリア充とかそんなことはもうどうでもいいことなんだよっ! こいつら、俺の人生の一部なんだよっ!」
陽キャ連中は呆気に取られている。
気が違っている男が叫んでいるという顔をしている。
俺に対する応答もないし反応もない。
でもそんな事は俺にとってはもはやどうでもいい。
わかったことがある。
そしてまだわからないこともある。
わからないことだらけだ。
でもそれもわかった。
「ああああああっーーーーーー!!」
俺は再び吠える。
舞依も日奈もユリカも、言葉を忘れて。女子連中も立ち尽くして。昼休みのカフェテリアでの時間が、ただただ過ぎてゆく。
空間には、俺の咆哮が轟いている。
場面は、俺を中心にして過ぎてゆく。
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