第31話 舞依の決意
「いい加減に、しなさい!!」
舞依が上げた声だった。
驚いてその舞依を見やる。
両手でテーブルをたたくような姿勢で、舞依も席から立ち上がっていた。
タイミングは俺が口を挟もうとしていた時と同時だった。他人に対しては未だに弱い舞依が、圧倒的な勢力の陽キャグループに対して声を上げたのが素直な驚きであった。
「よってたかって、ひ、日奈とユリカを攻撃して! 日奈たちが何か悪いことでも、し、したのっ! 私たちと食事するのが、そんなに、悪いことなのっ!」
一瞬、陽キャグループに沈黙が落ちた。舞依の抵抗が予想外だったのだろう。しかし、一拍の隙間を置いた後、連中の顔に邪悪な笑みが広がった。火中に新たな獲物が飛び込んできたという、愉悦の笑み。
その獲物は他でもない、学園で異色の地位を誇る『孤高の氷姫』早瀬舞依。俺たちにとっては既に『元氷姫』なのだが、学園内や連中にとっては絶好の獲物であることに変わりはない。
「これはこれは。『氷姫』様……」
女子一人が日奈から舞依に触手を移す。
「最近、孤高を止めて友達作ったようで……」
「それが日奈への攻撃と、な、何か、関係があるのっ!」
「氷姫様はヒナっちをかばうんだ。ふーん。もうそういう関係なんだ……」
女子連中がにやにやとした歪んだ笑みを舞依に注ぐ。
「日奈とは、と、友達だわっ! 貴女たちにどうこういわれる筋合いは、ないわっ!」
「そのヒナっち、私たちを捨てて氷姫様を選んだんだけど」
「捨てたとか、捨てないとか、そういうことじゃない、わっ!」
「でもさ」
と、陽キャ女子達は続ける。
「もし日奈が氷姫様を捨てて別の誰かと付き合い始めたら、え? って思わない?」
「それは、ひ、日奈が、選ぶことだわ」
「でも、日奈には一言欲しいよね」
「ショウジキ、傷付くよね」
「氷姫様的にはそれでいいかもだけど、ウチラはそうじゃないから」
「それは……」
舞依が押し黙った。
「ヒナっち、もう私たちとお昼食べないで、氷姫様たちとだけ食べてるし。ヒナっちから何の説明もないし。これって流石にヒドくない?」
「………………」
舞依が唇を噛みしめる。陽キャ連中の言う事には一理ある。でも彼女等はそれを主張したいのではなくて、理由はどうでもよいから日奈を貶めたいだけなのは舞依も理解している。それがなんとも悔しくて口惜しい。
――と、くすくすと周囲から舞依に向けての、含み笑いの声が聞こえてくる。
「氷姫様って……」
「な、なに……」
「言葉、きょどってますよね」
「そ、それは……」
「それって、私たちがそんなに怖いんですか? それとも……」
一拍置いた後、
「何か『問題』でもあるんですか?」
ぎゃははっと、周りから高笑が起こった。舞依が唇を噛みしめる。こぶしを握り締めて耐えているのがわかった。
綺麗な漆黒の瞳に、涙を浮かべている。舞依がきつく目をつむると、頬を雫が零れ落ちた。
「ないちゃった!」
あははっと、舞依に突っかかっている陽キャ連中が馬鹿にした笑いを上げる。
「あーあっ。ともみっち、やりすぎじゃない。氷姫様、泣いちゃったよ。でも、すっごくレアな絵面じゃない! 氷姫様が泣くなんてっ! 画像、友動に上げようよ。みんな、食いつくよっ!」
舞依はこらえきれないという様子で嗚咽を始めた。押さえようとして抑えきれず、ひっくひっくと声を漏らす。目から涙をこぼし落として、顔をぐしゃぐしゃに歪めている。
俺は、心の中に熱いたぎりが沸き起こっているのを感じていた。
早瀬舞依。
ポンコツで孤独で、でもしっかりと自分の意志で友達を作ろうと決意してここまで歩いてきた女の子。
俺にリア充大作戦の手伝いを頼み、日奈と友達になり、ユリカとも親しくになった女の子。
怒って、わめいて、ワガママで、そのくせ素直なところがあって、夜布団の中で俺を優しく抱きしめてくれた女の子。
もう我慢しようとは思わなかった。『仮面リア充』で生きて行くつもりだったが、それももうどうでもよくなった。舞依の泣いている顔を見るのが辛かった。ただただ辛かった。それだけだが……俺にとっては十分な理由だった。
「お前ら。楽しいか?」
俺はゆらりとしたまなこを陽キャ連中に向ける。
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